パワースポットって聞いた事ある方、手を挙げてくださ~い。
「はい、は~い!」
って皆さん挙げそうですが、では。
「挙げてる人」に質問です。
「パワースポット」って何?
・・・・・沈黙。。。
ってことで調べると。
「パワースポットとは、エネルギースポット、気場などともいい
オカルト的なエネルギーが集中していると擬似科学的観点から見なされる場所のこと」
って・・・・。
意味が分かりません。
う~んと・・・私が理解しえる、足りない頭で思考した後、
噛み砕くと、
「心霊スポット」で例えると
「恐怖」を感じたい場所が「心霊スポット」で
「癒し」を感じたい場所が「パワースポット」?で良いのかな?
結局、見えないもの、科学では説明出来ない事象などを
感じたい、理解したいと思う心理がそんな場所を作っているのかも知れませんね~。
あ! 間違えないでくださいね。私は否定してるのではないのです。
実は、ここだけの話、パワースポットは実際に存在します。
でも今回はそんな話ではなく、もっと根底の話を。
パワースポットに行く前の心得とでも申しましょうか。
良く考えてみてください。
日常の生活の中で、実は幽霊さんなんてそこらじゅうに居るわけでして
パワースポットなんか行かなくても
不思議な事象はあっちこっちに存在します。
もちろん神経を研ぎ澄まさないと見えない場合が殆どですが。
そうです。
神様も身近に数多にいらっしゃるのです。
逆に、
パワースポットにしか存在しない、神様や幽霊さんまたは地球の気の流れなどなど、そんなものなんてありません。
地球の息づきなど気持ちの流れはどこらかしこ至るところにあるものなのです。
パワースポット固有のそこだけにしかないなんてものは存在しないのです。
と言う事はですよ~。
つまり日常で感じない、理解できない人が、いくらスポットって場所に行っても無駄だということですよ~。
もし、パワースポットで何か感じたよ~って人が居たなら
それは殆どの場合、気のせいなのではないでしょうか?
(全てが全て気のせいという訳ではありませんよ~)
「何かって何を感じたの?」
「え~っと何かこの~不思議な力というか~なんというか~」
「説明しにくいのよね~」
って(笑)
たいていの場合こんな曖昧な感じの返事が返って来ます。
霊感について以前述べました通り、どんなところで、感じているかは、説明が付きません。
つまり、同じ共感を他人と共有することは殆ど不可能に近いことなのです。
ところが、人間とは誠に心弱き生き物でして。
集団で生きることに慣れれば慣れるほどに
他人と共感や共鳴したいものでございます。
そして自分は間違ってないのだと安心したいもの。
パワースポットと呼ばれる場所に行き、同じ場所で同じ事をする事で
自分が感じてる事を誰かと共感して安心したい訳です。
他人と同じ気持ちを感じる事で疎通して自分は間違いないと実感したい。
これが人間の揺るがざる心理であろうと思います。
もちろん、パワースポットと言う場所は、他のどの場所より
日ごろ感じないものを感じれるという特殊な
感じやすい場所なのかも知れません。
その場所に行くことで、「不思議なものを感じれる様になりました~」
という人もいらっしゃる事でしょう。
だが、待ってください。
パワースポット盲信主義は、(勝手にネーミングしてしましましたが)
危険でございます。
パワースポットでしか感じれない、神様や幽霊、不思議な力なんて、まったく意味がないと思いませんか?
つまり何が言いたいのかと申しますと
もっと日常で、神様、ご先祖様、地球や世界に流れる呼吸(気)を感じる努力をして欲しいということ。
そして、自分だけしか感じない事に対しての、不安や恐れを払拭する事。
自分しか感じない。
↓
自分はおかしいのだろうか。
↓
自分にも感じれるのだから他の人もきっと感じる事が出来る筈。
↓
共感を得て安心しよう。
こんな短絡的な思考回路を捨てましょう。
自分に感じられるけど、他の人には感じない力が本当にあるのであれば
それはきっとお役目ですから、心配しなくても自ずと道は拓ける筈なのです。
安心して今を生きる事に精進しましょう。
きっと時が満ちた時に、いままでの意味が全て分かってまいりますよ。
身近に神様を感じた時、心の扉がまた一つ開くときなのです。
さて、神様と繋がる以上に同じくらい尊いものが実はもっと身近に存在します。
本当はそれを感じ、感謝と実行する事が一番の近道なのです。。。
が、その話はまた気が向いた時にでも。
ふと思ったのですが、パワースポット盲信主義者がこのまま増え続けると
「行列の出来るパワースポット」なんてのが出来たりして~。
なんか気持ち悪くないですか~?(もしかしてもうあるのかなぁ~?)
パワースポットなんかに行く前にもっと身近なものを感じて大切にしましょう。
今日の締めはこんな感じで。
あなかしこ。。。
「はい、は~い!」
って皆さん挙げそうですが、では。
「挙げてる人」に質問です。
「パワースポット」って何?
・・・・・沈黙。。。
ってことで調べると。
「パワースポットとは、エネルギースポット、気場などともいい
オカルト的なエネルギーが集中していると擬似科学的観点から見なされる場所のこと」
って・・・・。
意味が分かりません。
う~んと・・・私が理解しえる、足りない頭で思考した後、
噛み砕くと、
「心霊スポット」で例えると
「恐怖」を感じたい場所が「心霊スポット」で
「癒し」を感じたい場所が「パワースポット」?で良いのかな?
結局、見えないもの、科学では説明出来ない事象などを
感じたい、理解したいと思う心理がそんな場所を作っているのかも知れませんね~。
あ! 間違えないでくださいね。私は否定してるのではないのです。
実は、ここだけの話、パワースポットは実際に存在します。
でも今回はそんな話ではなく、もっと根底の話を。
パワースポットに行く前の心得とでも申しましょうか。
良く考えてみてください。
日常の生活の中で、実は幽霊さんなんてそこらじゅうに居るわけでして
パワースポットなんか行かなくても
不思議な事象はあっちこっちに存在します。
もちろん神経を研ぎ澄まさないと見えない場合が殆どですが。
そうです。
神様も身近に数多にいらっしゃるのです。
逆に、
パワースポットにしか存在しない、神様や幽霊さんまたは地球の気の流れなどなど、そんなものなんてありません。
地球の息づきなど気持ちの流れはどこらかしこ至るところにあるものなのです。
パワースポット固有のそこだけにしかないなんてものは存在しないのです。
と言う事はですよ~。
つまり日常で感じない、理解できない人が、いくらスポットって場所に行っても無駄だということですよ~。
もし、パワースポットで何か感じたよ~って人が居たなら
それは殆どの場合、気のせいなのではないでしょうか?
(全てが全て気のせいという訳ではありませんよ~)
「何かって何を感じたの?」
「え~っと何かこの~不思議な力というか~なんというか~」
「説明しにくいのよね~」
って(笑)
たいていの場合こんな曖昧な感じの返事が返って来ます。
霊感について以前述べました通り、どんなところで、感じているかは、説明が付きません。
つまり、同じ共感を他人と共有することは殆ど不可能に近いことなのです。
ところが、人間とは誠に心弱き生き物でして。
集団で生きることに慣れれば慣れるほどに
他人と共感や共鳴したいものでございます。
そして自分は間違ってないのだと安心したいもの。
パワースポットと呼ばれる場所に行き、同じ場所で同じ事をする事で
自分が感じてる事を誰かと共感して安心したい訳です。
他人と同じ気持ちを感じる事で疎通して自分は間違いないと実感したい。
これが人間の揺るがざる心理であろうと思います。
もちろん、パワースポットと言う場所は、他のどの場所より
日ごろ感じないものを感じれるという特殊な
感じやすい場所なのかも知れません。
その場所に行くことで、「不思議なものを感じれる様になりました~」
という人もいらっしゃる事でしょう。
だが、待ってください。
パワースポット盲信主義は、(勝手にネーミングしてしましましたが)
危険でございます。
パワースポットでしか感じれない、神様や幽霊、不思議な力なんて、まったく意味がないと思いませんか?
つまり何が言いたいのかと申しますと
もっと日常で、神様、ご先祖様、地球や世界に流れる呼吸(気)を感じる努力をして欲しいということ。
そして、自分だけしか感じない事に対しての、不安や恐れを払拭する事。
自分しか感じない。
↓
自分はおかしいのだろうか。
↓
自分にも感じれるのだから他の人もきっと感じる事が出来る筈。
↓
共感を得て安心しよう。
こんな短絡的な思考回路を捨てましょう。
自分に感じられるけど、他の人には感じない力が本当にあるのであれば
それはきっとお役目ですから、心配しなくても自ずと道は拓ける筈なのです。
安心して今を生きる事に精進しましょう。
きっと時が満ちた時に、いままでの意味が全て分かってまいりますよ。
身近に神様を感じた時、心の扉がまた一つ開くときなのです。
さて、神様と繋がる以上に同じくらい尊いものが実はもっと身近に存在します。
本当はそれを感じ、感謝と実行する事が一番の近道なのです。。。
が、その話はまた気が向いた時にでも。
ふと思ったのですが、パワースポット盲信主義者がこのまま増え続けると
「行列の出来るパワースポット」なんてのが出来たりして~。
なんか気持ち悪くないですか~?(もしかしてもうあるのかなぁ~?)
パワースポットなんかに行く前にもっと身近なものを感じて大切にしましょう。
今日の締めはこんな感じで。
あなかしこ。。。