ギターが幾らか弾ける様になったと思った彼は、偉そうに事もあろうことか
ギターを持って旅に出ます。

寝袋とテント、ギターを持って約2年半

全国各地を放浪するのです。

その途中。
色んな不思議な出来事が管理人を襲うのですが、その中の一つが

幼少に離れて記憶がない本当の父との出会いです。

私は、祖母に聞き、父の居所を探します。
確か23歳位の頃だったと思います。

父の親類が明石に居ると聞きあて
その家に訪れます。
ちょうど写真のようなかっこをしていた頃です。

よく、家に入れてくれたと思います。
今だと新手の物乞いとか詐欺かと思ったことでしょうw

突然、写真のような男が玄関に立ってたら今なら間違いなく通報されるでしょうね(笑)

そこは管理人の人徳、機転?でしょうか。。

あの~あやしい者じゃありません。(←充分あやしいですw爆w)
竹西啓二の息子の○○です。(父の本名(実名)です)

その父の伯父さんと称する方が、父と連絡を取ってくれました。

電話越しの短い会話。

その伯父さんは、父の今までを語ってくれました。
3回目の結婚で今、福岡県に居る事。
3回目の結婚相手は岡山県出身の方。
仕事は昔は大工。
今は福岡県で自営業。
2回目の結婚相手は大阪の人。
その奥さんとの間に2人の娘さんが居ること。(今は消息不明)

何故実名を出したかと云うと、
もしかしてこのブログを見て、そのどこかに居る血の繋がった姉妹が見て
アクセスしてくれればとの微かな希望もあります。

そして、
父は、癌に侵されて、余命幾ばくもないこと。

・・・・。

早速、会う手はずを整えます。

何度も言いますが、私はその頃汚いかっこで全国を徘徊しておりました。
そして、ライブを岡山で企画していたのです。

何と、その日に奥さんが里帰りするという偶然が重なります。
つまり、岡山に車で来るというのです。

そして、ついに父との再会を果たします。
母もその場について来てくれました。

12年消息を絶って居た母と20年近く会っていない血縁の父
そして変わり果てた姿の息子
3人が岡山の倉敷で最期の団欒を迎えます。

そうです。

父、竹西啓二の死ぬ、ちょうど1週間前のことです。

癌で蝕まれた体は、食道と肛門、直通で繋がってるような状態。
つまり、消化器官は全て切除されています。
食事も食べてもそのまま出てくる状態。
医師にも死の宣告を受けていました。
本人は死ぬ覚悟は出来ていたのです。

死ぬ間際に父と出会えたのは本当に奇跡でした。

祖母に、死ぬ前に親孝行したね。
と言われました。

死を目の前にしている人間を見ても何の感情も生まれません。
涙も溢れません。
これが正直な感想です。
別れ際、「お体を大切に」と言葉を残した様に思います。

死を覚悟した本当の父に私は掛ける言葉が見つかりませんでした。

ちょうどお盆のこの頃だったと思います。

葬儀にも参列しませんでした。
※父をお世話してくれていた今の親族の方(さぞかし苦労をされたであろう人たち)の前に
死ぬ1週間前に突然現れた息子は会う勇気がありませんでした。

行けば温かく迎えてくれたかも知れませんが・・・。

今日はここまでに。

明日は最期の「血濃いばな 3」です。
よろしくお願いします。