さて、路上のコンサートで迷惑をかけた少年は、ベンチで時間をつぶして

始発で一路九州へ。
友人宅で飲み明かした次の日の朝。
(なんか展開速いな~ごめんさい。)

大事件はおきました。

そうです。阪神淡路大震災です。

マグニチュード7のあの地震です。

管理人は九州でそのニュースを聞いて・・・・・

青ざめました。

つまり、もし一日遅らせて出発していたら、
今こうやってブログを書いてる管理人は居なかったかも知れません。
前の日一夜を明かしたベンチのその場所は瓦礫の山。浮浪者の少年は瓦礫の下で骸になっていたでしょう。
後日、その現場の当時の写真を見て、確実に死んでいたと実感しました。

この事実は、私を今の様に突き動かす序曲となります。
生かされたのだと、今更ながら思います。
「生きていこう」ではなく、「生かされている」のだと思わずにはいれません。
事実、迷った時にあの勘が働かなければ、死んでいたかも知れないのです。

あの勘とは。そう虫の知らせです。
私を「今日行こう!」と突き動かしたのはその虫の知らせに他なりません。

え~本当?脚色してない?と思われるかも知れませんね。

しかし残念ながら、これは事実です。

それって霊感?気のせいじゃない?と思ってる方。

はい。
これが霊感です。

人生には色々な岐路、選択が山ほどあります。
それも簡単な選択もあれば、人生を左右するだろう重大な選択の岐路もあります。
日々選択ばかりと言っても過言ではありません。
あの時の自分の「選択、勘、行動」は
おそらく私を後ろから支えてくれてる方々のお力だったのだと信じています。

生かされて、今あなたと出会いました。これも偶然かも知れません。
でもちょっと待ってください。
偶然と片付ける前に

勘を働かせてください。
そして勘に任せて思った通り実行してみてください。

勘がNO!と言うならそれに任せて。
勘がGO!と言うのなら

偶然と切り捨てずに繋げる努力を実行してみてください。
それだけで偶然は必然に変化していきます。

偶然で片付けてしまうと、いつまでも、勘(感)を磨くことが出来ません。



私は偶然死ななかっただけでしょうか?

答えは「否」なのです。