(服装はまさしくこんな感じの兄さんじゃったが)

週末の売り専じゃが、客と飲みに行く時に面が割れておってイヤだったので、横濵に場所を移しておった。顧客も同僚もいい人ばかりじゃった。"公平" という偽名で呼ばれる事にも、ようやく慣れてきたある日のこと、電話オーダーでホテル横濱開洋亭に出張依頼が入った。ワシが客と秋田郷土料理屋の自酒で酔っ払い、店で荷物まとめて帰ろうとしておった時である。「お前しか客の好みに合うボーイがいないんだよ。もう1件、お願いっ!」って言われりゃ、世話になってる店長を断れず、、、暫く後には全身ラルフローレンに身を包んだ貴公子にドアを通して貰っておるところじゃった。「緊張したんで、ホテルバーで駆け付け2杯飲み干してきたんだよ」と言う口元からジンの匂い。ワシの秋田地酒の香りとは大違いだって思ったものじゃ。じゃが、ワシの出で立ちだってellesseの白ポロシャツにLEVISのホワイトジーンズ。見掛けだけは成城学園テニス部コーチ気取りのいけてる兄貴だった、"筈笑"。それを証拠に、貴公子は小1時間もしない内にワシに恋しておったのじゃった。

  (石畳の紅葉坂を上がればホテル横濱開洋亭じゃ)

行方不明の彼氏の影響で好きになったクラッシックとシャンペン。趣味が似ており意気投合した翌朝、2人は横浜県立音楽堂の音楽室でワーグナーを聞いておった。そしてホテル・ニューグランドのバーでシャンペンを開け、ダイニングでフレンチもご馳走してもらった。食後の昼寝はニューグランドの部屋。やってはイケない客との無料デートをし、ワシはそのままバイトへと、彼に背中を向けていた。その後も指名は続き、いつの間にかまるで恋人同士のようになってはおったが、それは束の間の恋。金は金。ワシはそれでも行方不明の彼氏の影を忘れ切れずにおった気がする。1991年の春、新学期が始まった頃の出来事じゃ。

  (タンホイザー序曲、お気に入りのカラヤン指揮)
  (港を見下すノルマンディーでブランチじゃった)

それから暫くし、珍しく部屋の留守電ランプの点灯を発見、行方不明の彼氏からじゃった。週末食事でもと言うので、ワシは金曜の夜から土曜の昼まで客と時間を過ごし、正直にその事を伝え、子供のように大泣きする6つ年上の彼の元を去った。"元の鞘に納まろう" と、心では既に決めておったのじゃった。

新宿の天麩羅屋で夕食をし、ワシは彼の話に耳を傾けた。義父の家を出て、自分の会社を立ち上げた事。ワシに心配を掛けたくなかった想い。分からなくもなかったが、あまりに時間が立ち過ぎという気もしないではなかったのぉ。
場所を変えてワシの新居で、今度はワシの話に耳を傾けて貰った。無理な引っ越し、毎晩の飲み歩き、借金苦、売り専でのバイト、、、辛そうな表情を浮かべ、うつむき加減にただ頷くだけの彼じゃった。口数の少ないせいか、時間の過ぎるのが遅くて遅くて押し潰されそうじゃった。さてラルフローレンの貴公子 VS 元の鞘、最終的にはどちらに軍配が上がることやら。