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小学校三年にクラス替えがあった。四年生まで同じクラスメイトとなった。
そこにはJ君という孤児院というかそこから通っている子と親友になったような気がする。
なぜか馬が合ったのだ。他にも個性的な子供たちがいたような覚えがある。
医者の息子や不動産会社の息子。初めて見る可愛い女の子。
ケンカをして泣くことがあったが、親にバレてしまい顔を洗って帰った記憶がある。
そこから泣くことも少なくなった。
自転車を乗ることを許されたのもこの頃だろう。
5段変速のスポーツタイプの自転車は憧れであった。
兎に角、なんでも新鮮であったような気がする。そのクラスは自分にとって心地よい空間だった。
もしかしたら、人生で一番居心地の良い時間だったかもしれない。
体育、音楽、図工なんてのは相変わらずダメだったけれど。他の教科は問題なく良い点数を取ることができた。書道というものを初めて知り、上手に書いているクラスメイトがいて親に頼んで書道教室に通わせてもらった。東京の従兄の家に一人で泊りに行ったりして結構楽しかった。お互いに行き来していた。
そういえば、初めて障がい者という存在がクラスメイトにできたのだ。
ダウン症の子だった。差別してはいけないと学校の先生に言われていたが、子供ってやっぱり残酷な存在。自分で言うのもなんだが、見下していたのだ。
ダウン症の人は結構似たような顔をしている。いじめたりすることはなかったが、特別学級なるものに連れて行ったりすることで、優越感を子供心ながら持っていたのだろうか。私にとって異なる存在であった。
そういえば、可愛い女の子については子供心ながら初恋だったのかもしれない。
告白する勇気なんて元々ないから、話すこともほぼない。
私にとって憧れであった。まあ、なんとも言えない気持ちを持っていたのを覚えている。
まともに授業を受けずに先生が泣いて職員室に行き謝りに行ったこともあった。
早退したいから、体温計をこすって熱があるふりをして早退したこともある。これはクラスメイトからの悪い入れ知恵であった。
そういえば、ニンテンドーからゲームウォッチなるものがでたような気がする。似たようなものも出始めて友達と遊んだ記憶がある。近所の子供たちと野球なんてもした。
なんだか知らないけれど楽しい時代だったのかもしれない。