今回はひさびさの妖怪談義です。とりあげる妖怪は『今昔画図続百鬼』から
大禿(おおかむろ・おおかぶろ)です。まずは絵を見てみましょう。
屏風の陰から、手燭を持って振り袖を着た子ども半身をのぞかせています。

これだけ見ると女の子のようでが、おそらくそうではないでしょう。
禿とは遊里で働いている遊女見習いの少女のことですが、
男なのに女の格好をさせられ、男色の相手をさせられる子どももいました。
こちらは陰間茶屋で働いていることが多かった。

詞書は「伝へ聞く、彭祖は七百余歳にして猶(なほ)慈童と称す。
是(これ)大禿にあらずや。日本にても那智高野には頭(かうべ)禿(かぶろ)
にて歯豁(はあばら)なる大禿ありと云う。しからば男禿ならんか」です。

 

彭祖 頭がハゲています



これは解読が必要ですね。まず彭祖とは、wikiの記述では、「中国の神話の
中で長寿の仙人であり、伝説の中では南極老人の化身とされており、
八百歳の寿命を保ったことで有名である」と出てきます。

彭祖は、「慈童」または「菊慈童」の名で広く知られている仙人で、
菊の露を飲んで不老不死となったとされます。一般的には八百歳と
されることが多いですが、

能の『菊慈童』では「七百歳」という語句が用いられており、石燕は
こちらを採用したのでしょう。七百歳を超えているのに、
自分で「菊慈童」と名のったわけですが、

 

吉原の禿たち 遊女見習い



ここから禿には「ハゲ」の意味もかけてあるのだろうと思います。
年取って頭がハゲているのに子どもを名のっている。このことは、絵の中の

屏風絵が、中国ふうの水墨画になっていることで象徴されています。

このことは次の言葉でもわかります。「日本にても那智高野には頭(かうべ)
禿(かぶろ)にて歯豁(はあばら)なる大禿ありあり」の部分です。
これは「高野六十那智八十」という言葉を意味しています。

どういうことかというと、高野山や熊野那智などの仏教修行地には、
僧の間で男色が流行っていて、歯は抜けて、頭はハゲになっても、

男色の相手をさせられている僧がいる。この絵でも、

屏風の中は寝床なんでしょう。

 

現代の高野山の僧侶



高野山では齢60歳、熊野那智では80歳だそうだ、ということです。
このあたりは、仏教界にはびこる男色文化を皮肉っている
のだろうと思います。

このあたりで全体像が見えてきましたね。石燕の妖怪画は、図鑑的な

ものではなく、文人仲間に対する謎掛けです。
「これがわかるか?」と楽しんでいるわけです。

さて、ではその回答は、「齢をとって頭がハゲてしまったオカマ」
と読み解きます。これでまず間違いはないでしょう。
そのことは、この子どもの着ている着物の柄でもわかります。

 

「菊花の契」の挿絵



これは菊の花ですよね。菊は肛門の隠語であり、また、上田秋成の
『雨月物語』にも「菊花の契」という話が出てきています。
つまり男色の隠語でもあったわけです。

ということで、上記のような読み解きになったんですが、最後に、
子どもが持っている手燭は、梅毒を表している可能性があります。
梅毒はロウソク病とも言われた、遊郭に流行る性病で、

生殖器や鼻が溶けていく症状が特徴的でした。

これは自分の深読みのしすぎかもしれません。ただし、石燕は
絵の中に意味のないものは基本的には入れないんですよね。
ということで、今回はこのへんで。