あ、どうも。ここで話をすると金がもらえるって言われてやってきたんだ。
俺？俺は錦木って名前で、今は無職で金がねえんだ。だからよ、ここに
来たんだが、これ、やばい話なんだよ。下手したら命が危ない。だからよ、
ここで話したことは絶対秘密にできるか？ああ、そうか、じゃあ話すよ。
俺な、今は仕事してねえんだが、３ヶ月ほど前までは働いてたんだ。
え、何の仕事かって？特殊な仕事だよ。潜水会社だ。俺は水産高校出て、
潜水士の免許持ってるんだよ。だが・・・海に潜るのが怖くなっちまってな。
ああ、これから話すことと関係があるんだよ。え、潜水会社の給料？
よかったよ。危険手当もつくしな。以前は手取りで月５０万以上になる
こともあった。最近はそうでもねえ。ほら、水中ドローンの登場だよ。
ダムの点検なんかの仕事は全部あいつらに奪われちまった・・・
ああ、スマンな。本題に入るよ。その日、俺が会社に出たら、事務員が

社長が呼んでるって言ってきた。ははあ、何か正規じゃない仕事を受けた
んだなって、そのときピンときた。社長室に顔を出すと、デブハゲの
社長が椅子にふんぞり返ってブランデー飲んでた。まだ昼前なのにいい御身分
だと思ったね。この社長も潜水士なんだが、今は太り過ぎで現場に出ることは
滅多になくなった。で、安物のソファに座ったら、やはり仕事の話で、すごい
おいしい内容だったんだよ。地元ヤクザの〇〇興業からの依頼で、２時間程度の
簡単な仕事を引き受けてほしいって言われたんだ。ただし、水中ライトを
つけての夜間作業になる。潜る深度は１０ｍ以下・・・これ、どう思う？
簡単なような、そうでもないような内容だろ。特に夜間というのは難しい。
自分が水面に対してどっちを向いてるかわからなくなることがあるんだ。
で、俺が「ああ・・・で、報酬は？」と聞いたら、「２時間で１００万」

って言われた。つまり時給５０万だ。これは明らかに裏の仕事だと思ったが
まあそれはいい。問題は次の質問、「で、相棒は誰です？」そしたら社長は
含み笑いして自分の顔を指差したんだよ。「えー、社長、マジですか。
だって社長、ここ３年も潜ってないスよね」　「まあそうだが、
日頃ゴルフで鍛えてるからな。それに、これまで俺は２０００時間以上
潜ってるベテランだってのを忘れちゃいないか」　まあ、たしかにそうなんで
俺は黙った。この仕事では経験は何より大事だ。「どんな仕事なんです？」
「隣の県の〇〇の浜な。あそこの海岸近くの海中からコンクリの建造物に
鉄のフックを打って、鎖をかけるだけ。簡単だろ」たしかに簡単だと思った。
夜にやるんでなければ。「それからどうするんで？」　「俺らがやるのは
そこまでで、後は組でやるって言ってた。どうだ、やるよな」

「ああ、はい」ヤクザの仕事でコンクリの建造物ってのが気になったが、
金につられて引き受けてしまった。〇〇浜ってのは、車で３時間ほどかかる
海岸で、岩浜だから海水浴場じゃねえ。黒いゴツゴツした岩が重なってる
ところで、あんなとこで泳いだら体中傷だらけになってしまう。それに
遠浅の砂浜と違って、海に入るとすぐに深くなってるから、よほど泳ぎに
自信がないと無理だ。浮き輪なんてパンクしかねないからな。でな、社長の
話によると仕事は２回に分かれてて、最初は昼。岩浜のやつらが言ったとこに
潜って、そのコンクリにフックを打つ。で、夜は同じ場所で打ったフックに
鎖を引っ掛ける。これだけ。たしかに簡単だし、危険があるとは思えなかった。
でな、次の日曜、会社が休みの日に俺の運転で出かけた。乗ったのは俺、
社長、それから〇〇興業からきた酒田って若いやつの３人。でな、そこの浜は

何度か以前に潜ったことがあったが、すでにゴミだらけだった。
船から捨てたゴミ、川から運ばれてきたゴミ、異国のゴミ・・・これが
砂浜だと、ゴミは海岸全体に広がって掃除もしやすいが、岩浜だと地形や
潮の流れから、ゴミが一ヶ所に集まりやすいんだ。あとまあ、岩浜は
生物相が豊かで、カニもヤドカリもいっぱいいる。でな、車の中で
ウエットスーツに着替えたんだが、社長は腹が突き出てて着るのに苦労してた。
で、酒田に指示されたのは、ほんとに岸のすぐ近くだった。「この下に、鼓の
ような形のコンクリブロックがあるから、引き上げやすいような場所に
フックを打ってくれ。絶対に抜けないようにな」で、俺らはボンベを装着して、
潜った。そのあたりが４ｍくらいの深さで、底も黒い岩で、たくさん海藻が
茂ってた。これはたちが悪い。見つかるかなと思ったが、意外にすぐわかった。

そのコンクリブロック、でかいんだよ。１，５ｍほどの高さがある。
それとすぐわかったのは、異様に気味悪い姿をしてたからだ。びっしり貝が
ついてて、表面が見えなくなってたんだ。見たことのない貝だった。
全長は５ｃｍくらいで、アワビとかより２回りは小さい。で、貝殻の色は
薄い赤、だから水中に赤い柱が立ってるように見えたんだよ。しかも
その何千もの貝が、全部細長い舌を出したり引っ込めたりしてたんだ。
思わずゾッとする姿だったよ。まあ、フックを打って鎖をかけるって言って
たから、たぶん引き上げるんだと思って、てっぺんにかなり深くフックを
埋め込んだ。抜けそうには思えなかった。社長もいっしょに潜ってたが、
自分はあまり作業せず、俺になにかあったら助けるつもりのようだった。
でな、これは小一時間で終わって、車に戻ると酒田は、「ご苦労さんでした」

そう言って封筒を渡してよこしたんだが、中には５０万入ってた。
夜の仕事は真夜中過ぎ、２時くらいから始める。ただ、さっきのフックに
鎖をかけるだけ。暗いのをのぞけば、ガキでもできるような仕事だ。
俺と社長は飯を食ってからパチンコで時間をつぶし、夜になるのを待った。
でな、さっきの海岸に行くと、草地と岩の境に、でかい車が停まってた。
種類はわからねえがアメ車のSUVだ。で、海の方に向けてハッチが開いて
あり、でかいウインチが見えたんだ。おそらく４ｔクラスの力があるやつだ。
あのコンクリブロックはせいぜい２００ｋｇくらいだろうから、それで
引き上げるのはできる。車にのせるのは大変だろうが、酒田の他にジャージ
着た若い組員が４人来ていた。でな、目印をつけてた場所から潜って、
水中ライトの光だから見にくかったが、コンクリはさっきと同じ場所にあった。

でな、それに鎖をかけるのも難しくなかったが、そのコンクリブロックに
触ると、手が手袋越しにムズムズして、心底ゾッとした。あの貝の舌に
舐められてるんだろうと思った。そのとき社長が「急げ。ここは何か危ない」
と目で合図してきた。水の中では相棒の考えは手に取るようにわかるんだ。
でな、俺らは急いで浮上して岩場を這い上がり、長い鎖の先端を酒田に
渡した。案の定、酒田は鎖を車のワイヤーにつなぎ、コンクリを引き上げ
初めたんだよ。やがてっそれは、ゆっくり水面に出てきたが、そのままでは
どっかに引っかかって浜には上がれない。そう思ってたら、酒田たちが５人で、
引っかかりそうになるたびにブロックの向きを微調整し、強力な
ウインチの力で浜の平らなとこまで運ばれてきた。「やれやれ」酒田は
そう言って、そのコンクリの上に腰掛けてタバコを吸い始めた。ブロックを

照らしてみると、貝はまだたくさんついてて、白っぽい舌をあちこちの向きに
出して蠢かせてた。「うわあ、気味悪い。よくあんなのの上に座れるな」
そう思ったとき、水際でバシャっと音がした。磐田をはじめ、組員たちが
見に行ったが、みなあっけにとられた様子で後退ってきた。で、俺も
高い岩に駆け上って・・・自分の目を疑ったよ。裸の若い女が歩いてきたんだ。
今、海からあがったばかりのように、髪も体も濡れて、股間から雫がたってた。
白い体のあちこちに海藻がへばりついて、白黒まだらの服を着ているように
見えた。驚きで動けないでいる俺らを尻目に、女は無表情にコンクリブロックに
向かって歩いてくると、その上にゆっくりと腰掛け、そして・・・崩れるように
消えたんだよ。もうどこにもいない。「今のは・・・？」酒田がそう言ったとき、
コンクリが突然バカッと縦に２つに割れた。でな、俺、見ちまったんだよ。その

割れ口に何か白いものがあるのを。おそらくあれは人間の肋骨か何かだと思う。

酒田たちは、おっかなびっくり、そのコンクリの破片を車に積んで、そこには

長くいたくないみたいにすぐに出発した。まあ、こんな話なんだが、後日端がある。てかその夜の話だ。酒田たちが乗ったSUVが事故を起こしたんだよ。俺らの車は

後からついてったが、何でもないとこで、酒田の車はスピードを上げ、蛇行し、　　高速道路の橋脚に正面から突っ込んで、乗ってた５人、全員が重軽傷を負ったん

だよ。酒田だけが死んだ。でな、警察の調べがあって、驚愕の事実がわかったんだ。

５人とも、衝突する前から重度の中毒で、意識はなかっただろうってことだった。

SUVの中はやつらの吐瀉物でいっぱい。毒は・・・貝毒に近い自然のものだろう

という分析だったんだ。俺と社長には特に何もなかった。後になって社長に

「あいつら、どうして今、急にあのコンクリを動かそうとしたんだろ」

と聞いてみた。そしたら社長は、はげた頭をかきかき「あの組なあ。どうやら密猟で

調べられてるらしい。暴対法以降はヤクザも大変だからな。それであのコンクリも、

たぶん山の中とかに移そうとしてたんじゃないかな」って言ったんだよ。

貝毒の話