王子稲荷神社　大晦日の例祭

今回はこういうお題でいきます。妖怪談義ですね。
さて、下図は鳥山石燕の「狐火」。特に判じ物にはなって
いないように思えます。小川のほとりに狐が３匹いて、手前に
何本か骨が転がっていますね。これは人骨なんでしょうか。

で、２匹が骨を口に咥え、そこから火が出ています。
ということは、石燕の解釈では狐火は骨が出す燐が燃えているもの
ということになるんでしょうか。ただ、骨から燐が出て発光する
という話は昔から伝わっているものの、実際にそういう現象が
起きることはまずないようです。

鳥山石燕「狐火」

次の絵は、安藤広重の『名所江戸百景』で、１８５６～５８年と
幕末に描かれたものです。百景となってますが、実際には絵は
１１９枚あり、その一番最後が「王子装束ゑの木大晦日の狐火」です。
『名所江戸百景』は、春夏秋冬の４部に分かれていて、
これが最後にきているのは、大晦日の風景だからでしょう。

また、広重には王子稲荷神社そのものを描いた作もあります。
さて、ここで稲荷神社について、簡単にみてみましょう。
稲荷社は稲荷神を祀る神社で、稲荷神とは、一般に「宇迦之御魂神
うかのみたまのかみ」のことで、稲を象徴する食物神、
穀霊神です。で、そのお使いの眷属が狐。

安藤広重「王子装束ゑの木大晦日の狐火」

全国の稲荷社は、判明しているだけで３万社以上あり、これに
正式ではない屋敷稲荷などを加えると膨大な数になります。
稲荷社には赤い鳥居が建てられ、狐の像が置かれることが多いですね。
江戸市中に多いものとして「火事・喧嘩・伊勢屋・稲荷に犬の糞」
と言われるとおり、江戸にもたくさんの稲荷社がありました。

この全国の稲荷社の本宮とされるのが、京都市伏見区深草にある
伏見稲荷大社ですね。なぜ、狐が稲荷社の眷属とされたかは
はっきりしないんですが、稲荷神は食物神であり、狐は穀物を
食い荒らすネズミを捕食すること、狐の色や尻尾の形が実った
稲穂に似ていることから、狐が稲荷神の使いとなったとも言われます。

また、油揚げのことをキツネと言うのは、色が似ているためでしょう。
ただし、狐は肉食獣であり、油揚げを好むわけではないようです。
で、関東では、東国三十三国稲荷の総司が、現在の東京都北区岸町
にある王子稲荷神社ということになっていました。

王子稲荷神社

王子神社の御祭神は、上記した宇迦之御魂神なんですが、
実際は「若一王子　にゃくいちおうじ」を祀っており、それが御社名に
現れていると考えます。若一王子は若王子とも言い、
熊野三社に端を発する神仏習合の神とされます。
と、こういうことを書いているとスペースがなくなるので、

広重の絵の話に戻って、これは王子神社の伝承である、関東三十三国の
狐が１年の大晦日の夜、神社に灯りをともしにくることになっていて、
王子神社近くの大榎の下で、参詣する前に装束（毛なみ）を整える。
その様子を描いたものと思われます。このときに見られる狐火の行列は
壮観で、近在の農民はその数を数えて翌年の豊凶を占ったと伝えられます。

「宇迦之御魂神　うかのみたまのかみ」

さて、ここからは狐火についてですが、よく言われるのは「火の気の
ないところに、提灯または松明のような怪火が一列になって現れ、
ついたり消えたり、一度消えた火が別の場所に現れたりするもので、
正体を突き止めに行っても必ず途中で消えてしまう」
これは狐の嫁入りと言われたりもします。

また、現れる時期は春から秋にかけてで、特に蒸し暑い夏、
どんよりした天気の変わり目に現れやすい。これははっきりと
陰火の特徴です。もとは中国の陰陽五行説から来ていて、
木、火、土、金、水にはそれぞれ陰と陽があり、陰火はさわっても
熱くない火であるとされます。現代の静電気のようなものかもしれません。

狐は夜に見ると毛並みが光ると言われますよね。では、やはり静電気の
ことなのか、うーん、何とも言いがたいです。一般的な狐火、つまり
夜、遠くに松明のような火が見える現象については、山間部から
平野部にかけての扇状地などに現れやすい光の異常屈折、天然の石油や
火山ガスの発火ではないかとする意見があります。

さて、江戸時代の王子は御府内を外れた辺鄙な田舎だったんですが、
王子稲荷神社があったため、花見や紅葉狩りに大勢の人出があった
ようです。稲荷社は商売繁盛の神とされたため、厚く信仰されたんですね。
広重の絵にある大榎は、昭和初期に道路工事にかかって伐られてしまい
ましたが、現在は地域興しとして、「大晦日狐の行列」が行われます。

安藤広重「王子稲荷神社」

最後に落語の話。「王子の狐」というのがありますね。王子神社に参拝した
熊さんが、木陰で一匹の狐が美女に化けるところを見かけます。これは
人を化かすんだなと思い、何気に「おや玉ちゃん、あんたも参拝かい」
と話しかけ、連れ立って飲み屋に入り、さんざんに飲ませて酔いつぶして
しまう。熊さんはお土産まで店につくらせ、「お代は連れの女が払う」

と言って、そのまま帰ってしまうんですね。狐は店のものに起こされ、
驚いて正体を現すと、追い回され叩かれて、なんとか巣に逃げ戻る。
後日、悪いことをしたと思った熊さんが、狐の穴の近くに土産物を
置いていく。子狐がふせっている母狐にそれを持っていくと、
「食べちゃいけないよ。馬の糞かもしれない」とサゲて終わります。

さてさて、ということで、王子稲荷神社と狐火の話でした。
これだけいろんな話があるということは、それだけ狐が人間にとって
身近な動物だったということでしょう。田畑は荒らしませんが、
人間にも馴れない。では、今回はこのへんで。

狐火と王子稲荷神社