これな、俺が小学校6年の頃だから、もう20年前くらいになるかな。
親父が信用金庫に勤めてて、けっこう転勤が多かったんだよ。
それも全国規模でだ。ええと、仙台、鎌倉、金沢・・・まあ、今考えれば
全部東日本だけどな。で、どの街も3年で引っ越すことになってた。
俺が小6のときは・・・ああ、都市名は言わないほうがいいか。
たぶんその家はまだあるんだよ。だから、そのあたりのことは ぼかさせてもらう。
まあ、家族持ちの転勤者用に会社で借りてるんだろうが、
あんな不思議なことがあったのはあの家でだけだ。1軒家だが、古いし
せまかったのよ。間取りとかは今でもよく覚えてるよ。
1階が台所と居間、両親の寝室。それに風呂とトイレ。2階は一部屋だけで、
俺と弟の部屋だ。下よりも新しかったから、たぶん後から増築したんじゃないか。

まあでも、それでも1軒家だから、たいがいのマンションよりは広い。
文句を言うのはぜいたくかもしれねえな。ただ、そんときは俺、
弟と一緒じゃなく、自分一人の部屋が欲しかったのよ。翌年から中学生に
なるわけだし。あ、弟は俺とは4つ違いで、そんときは小2だった。
おとなしい性格のやつで、そんなジャマになるってわけでもなかったんだけどな。
親父には、ことあるごとに話してたよ。そしたら、おそらく次で
転勤は終わり。親父が採用された仙台に戻って、そこで家を建てるから、
そんときにお前一人の部屋もつくってやるって言われて。
でもこれは微妙だったな。そんときは転勤の2年目に入ったばかりで、
俺の部屋ができるとしても中2からってことになる。子どもの頃の2年ってのは
長いんだよ。見通すことができない、先の先って感じでな。

ああ、すまん、なかなか話が前に進まなくて。でな、その家、古いって言ったろ。
母親の話では築30年ってことだった。もちろん、ボロ家とかじゃなく、
ちゃんとした瓦屋根の家で、雨漏りなんかがすることはなかった。
けども、全体が和風のつくりで、俺と弟の部屋も畳の上にカーペット敷いて、
2段ベッドと勉強机2つを入れてたのよ。窓は一ヶ所だけだったな。
俺、洋風の家がよかったんだよ。遊びに行く友だちの家がみんなそうだったから。
明るい壁紙で床はフローリング。リビングにはソファとかがある、
そういうのに憧れてた。でな、学校の家庭科の時間に、「快適な住まい」って
勉強をした。夏とか冬をどううまく過ごすかみたいな内容だな。
その教科書に、間取り図ってのが出てきて、俺、面白えと思った。
だから、家に戻ってから、理想の部屋ってのを紙に書いてみたんだ。

もちろん俺一人の部屋だよ。四角い部屋を描いて窓を2ヶ所つけ、
ベッドを入れる。勉強机の他にもう一つ低い机があって、そこにはゲームをやる
大型テレビが載ってるんだ。いや、描いててすげえわくわくしたよ。
で、夕食が終わって2階に上がってからも、その紙をにやにやしながら眺めてた。
そしたら弟が、「兄ちゃん、それ何?」って聞いてきたから、
「俺の部屋だよ、お前のいない部屋」と答えたら、「じゃあ僕はどこへ行くん?」
そう言ったんで、「いや、お前は別に自分の部屋があるんだ」そしたら、
弟は少し考え込んで、「僕、一人で寝るのちょっと怖いかな」って。
ああ、こいつガキだ、話にならねえと思った。宿題をやって寝たが、
その夜は何も起きなかった。で、翌日の朝だよ。まず2段ベッドの下で寝てる
俺が起きて弟を起こした。自分の机を見たら、昨日の部屋の図面の上に、

黒い文鎮みたいなのが乗ってたんだ。あれ、こんなの置いたっけか。
そう思って近づくと、7~8cmで人が座った形をしてる。色は真っ黒。
つかみ上げようと手を伸ばしたら、ぽつぽつと顔のところに白いものが出てきた。
それが目を開けたんだよ。そうだなあ、今にして考えれば、
布袋様みたいな感じだった。和服を着てでっぷり太った人の黒いシルエットで、
頭は坊主。でな、その頭が今度はぱかっと横に割れた。大口を開けたんだよ。
小さい歯がずらっとあるように見えた。「うわ、何だこれ?!」
思わず手を引っ込めたが、それは墨が水に溶けるみたいに、
煙になって消えたんだよ。いや、びっくりした、びっくりしたが、
本当にあったこととも思えない。弟が自分の机でランドセルを開けてたんで、
「お前、今の見たか?」聞いても、「何を?」って首を振るだけだった。

前日に描いた図面を取り上げると、なんか紙が湿った感じがした。
それで、机の一番上の引き出しに入れて学校へ行った。あの黒い人形みたいな
やつのことは、集団登校中にも考えたがわからない。だから夢だと
思うことにした。笑われると思って誰にもしゃべらなかったよ。
で、その日の夜だ。子どもだったから、いったん寝ると朝まで起きないんだが、
そんときは夜中に目が覚めた。何でかというと、顔に光があたってたから。
縦に細長い光。目覚ましを見ると夜中の3時過ぎだった。
半身を起こすと、寝てる頭のほうにドアがあって、その開いた隙間から
光が漏れてたんだ。ありえねえ、だって2階は一部屋で、ドアは反対側だ。
ベッドに頭をぶつけないように起き、ドアに近づいてみると、
重々しい洋室のもので、丸いドアノブがあった。

隙間は細すぎて中がのぞけないんで、思い切って開けてみた。
そしたら・・・もうわかるだろ、図面に描いた俺の部屋があったんだよ。
部屋の天井はこうこうと蛍光灯がついてて、広いベッドがある。
立派な学習机と薄型テレビ、それに欲しかった最新式のゲーム機が
つないであったんだよ。机は真新しく、引き出しを開けてみると空。
・・・この時点で変だと思うのが普通だろうが、俺はもう、うれしくてな。
まず机に座ってみた。それから置いてあったリモコンでテレビの電源を入れると
ついたんだよ。友だちの家にあって操作のしかたはわかってたから、
ゲーム機を起動させたら、ソフトもちゃんと入ってた。いや、夜中だってことを
忘れて遊んだよ。そうだなあ、俺の感覚で2時間くらいはやったと思う。
さすがに疲れたんで、そこのベッドに横になった。

そしたら、固い2段ベッドと違って沈み込んでいく感触があって、
そっから記憶がなくなった。でな、気がついたら朝になってて、
もとの部屋だったんだよ。まあな、夢を見た、そう考えるしかない。
実際、隣に続くドアもなくなってたし。いつものように弟を起こしたら、
「兄ちゃん、昨日夜中にかなりうなされてたよ」って言ったんだ。
「お前、起きたのか」 「声が大きかったから」それから、
週に2回くらい夜中に目が覚めることがあり、そんときにはあのドアがあった。
俺は部屋に入り、ゲーム機で遊ぶ。ソフトは同じもののときもあったし、
違うこともあったが、どれも俺が好きなやつだった。で、遊び疲れて
その部屋のベッドで寝ると、朝にはもとにもどってるのも同じなんだが、
妙に疲れた感じがした。あるとき弟が「兄ちゃん、ゲームの夢見てたろ」って

言ったから、「何でわかる?」と聞き返したら、「口でバキューン、
ダキューンってゲームの音させてたから」って。
で、俺、その日、学校で倒れたんだよ。体育の時間だった。担任が母親に
連絡し、迎えにきて、その足で病院に行った。いくつか簡単な検査をして、
軽い貧血だろうってなった。医者は「たいしたことなさそうですが、
原因がわからないので、明日、朝からまた来てください」それから
家に帰って、だいたい午後2時ころだったが、一人で部屋で寝てたんだよ。
でな、ふっと気がつくとあの部屋だった。ドアを通ってないのに、
あの部屋のベッドにいたんだ。それはマットレスの固さですぐにわかった。
フカフカと沈んでいく感触がしてな。起きようとしたが体が動かなかった。
足のほうで、「そろそろ熟したようだなあ、さて、いただきますか」

しわがれた声が聞こえた、頭だけ少し起こして見ると、真っ黒い
太った坊さんがいたんだよ。あ、これ前に見たやつだってわかった。でも、
そんときは文鎮ぐらいだったのに、子どもの俺の3倍くらいになってた。
「うわわわ」そいつの口がパカッと開き、中に何重にも小さい鋭い歯が
生えてて銀色に光ったんだ。ああ、食われるのか? そう思うと怖くなって、
「助けてくれ~」って大声で叫んだ。そいつは意に介さず、俺の片足を
がちっとつかんで・・・「助けてくれ~、助けて~」そんとき、
目の前がびりびりと裂けた。そうとしか言いようがない。背中が固く、
いつもの2段ベッドにいるってわかった。弟がいて、俺の机を開け、
あの図面を出して ものさしで押さえてた。「・・・どうした」かろうじて声が出た。
弟は「母さんに様子を見てきてって言われて部屋に入ったら、兄ちゃんが

いなくて、兄ちゃんの机の引き出しの中から、助けて~って声が聞こえた。
開けてみたら、兄ちゃんが前に紙に描いてた部屋の絵があって、
それを大きな虫がかじってたんだ」 「大きな虫?」 「カブトのメスの
2倍くらいもある丸い黒い虫。怖かったけど、絵の中のベッドに兄ちゃんが
いるのが見えたんだよ。それで、ものさしを出して虫を叩いた。
何度も思いっきり叩いたら、黒い煙になって消えたよ。そんときに、
絵の紙が破けたんだ。ああ、兄ちゃんに怒られると思ってベッドのほうを
見たら、兄ちゃんがだんだんに浮き上がってきたんだよ」こんな話をしたんだ。
ふだんは俺の机にさわったら弟を怒るんだが、こんときは怒らなかった。
いや、内心感謝してたよ。部屋の絵の紙はトイレに流した。翌日の病院の
検査では異常なし。それからは、おかしなことは起きなかったんだけどな。