うちの町にあった休耕田の話だけど。場所は他の田んぼに

囲まれた日当たりのいいところで、何でその一枚だけずっと、

水張ったままほうって置かれているのか不思議と言えば不思議だった。
戦後の食糧不足の頃からずっとそうだって言ってたから。
ああ、うちのジイサンが言ってたんだよ。
うちらの町は小中学校と、町営の幼稚園がまとまった場所にあって、
その休耕田は近くだったんで、
町の住人のほとんどは子どもの頃から目にしてるはずだよ。
で、気味の悪い噂ってのは特になかったと思うんだ。だけどあることがあって、
そのせいかわかんないけど、ううちのジイサンが死んじまった。
確か秋口のことだったと思うが、今からその話をするよ。

俺の弟・・・俺とは年が離れてて、俺が中学のときに幼稚園の年長だったが、
その日は迎えに行くものが家にいなくて、一人で帰ってきたんだよ。
それで夕飯のときになっておかしな話をし始めた。
「あの水を張った田んぼのところで人が泳いでた」って。
俺が興味を引かれて、「どんな人だった?」って聞いたら、
「泥で顔もどこも真っ黒になってたよ。
それと、ぴょんぴよん跳ねるミズスマシみたいな泳ぎ方だった」
手を体の横で、左右同調させてぐるぐる回してみせたんだ。
「それバタフライか。でもな、あそこ水なんて30cmくらいしかないだろ」
俺がそう言うと、「だっていたもん」弟が泣きそうになったので。
ジイサンが話を引き取って、「じゃあジイちゃんが明日見て来てやるから」

これでそんときは話が終わったんだ。翌日は日曜で休みだった。
朝になって、ジイサンが出て行って小一時間ほどで戻ってきたが、
なんだか元気がなかった。当時70歳を過ぎてたけど、病気したこともなく、
かくしゃくとしてたんだが、がっくりと力が抜けた感じだった・
でな、朝飯のときに変なことを言い出したんだよ。
「わしは死ぬかもしれん」って。俺が「ジイサンどうした?」って聞いたら、
「朝に、休耕田を見にいったら、泳いでる人が確かにいたんだ。
びょん、びょんって跳びながら泥まみれになって。
それでわしの前まできて泥から首だけ出して、

ジイサン俺が見えるか?子どもなら見えてもかまわないが、

大人が見ると死ぬぞ、こう言ったんだよ」

 

俺は気味の悪い話だなーと感じたが、聞いてた親父とおふくろは

そうも思わなかったようで、「ふざけたやつがいるな。

消防団で話してきたほうがいかな」親父がこう真顔で言った。ジイサンは

首を振っただけで、その日はずっと仏壇に向かってて早くに寝たんだ。
そして次の日起きてこなかった。布団の中で死んでたんだよ。
医者も原因がわからず困ってたみたいだったな。
まさか老衰とするには、それまであまりに元気がよかったし、

心臓麻痺の突然死ってことになった。それ以来、

俺は中学を卒業するまで、あその休耕田が見える道を通らなかったし、

両親も弟を通らせなかった。でも、他の子どもらは

普通に通ってたし、ずっとおかしなこともなかったんだ。


それから、俺は高校を卒業して大きな市で就職し、結婚もしたが、
リストラされて女房と子どもを連れて実家に戻ってきた。

つてがあって、地元の建設会社に就職できたんだよ。で、長男は

こっちの小学校に転校した。両親は健在だったが、弟は都会の大学に出てた。

始めて学校に連れてった日に見たら、その休耕田がまだあったんだよ。
まわりの田んぼはだいぶなくなって、住宅に変わってたが、
そこだけ水をたたえて、コケのようなのが広がってってね。
ジイサンが死んだときのことを思い出して、イヤーな気持ちになった。
だから息子もそこを通らせないようにしたんだよ。

それから数年過ぎて仕事にも慣れて生活が安定し、

次男が生まれた。長男のほうは4年生になったんだ。


その次男が、あるとき家に帰ってきてこんな話をした。

「学校の近くにある米を植えてない田んぼ、あそこに大きな

ミズスマシがいるって、学校で話題になってる」

ああ、あの休耕田のことだなと思ったが、黙って話を聞いた。
むろん女房にも息子にもジイサンのときの話はしていない。
「ミズスマシは、見た子の話だと、人間くらいあるって言うんだよ。
遠くから見ると、びょんびょんって水の上を跳ねてて、その田んぼ一枚、

数回跳んだだけで渡ってしまうんだって。でも近くにいくと

いなくなってるらしいよ。この話が学校で出たら、理科専科の先生が、

そんなのあるはずない、って言ってたよ」ますます嫌な気がした。
ジイサンのときと似ているだろ。だから息子には、かかわらないように話した。

でね、それから3日後に息子の学校の先生が事故死したんだ。
話に出てきた理科専科の先生だよ。夜に自転車であぜ道を通ってるときに、
休耕田の泥に転落し、そのまま溺死してしまったんだ。
警察の調べでは、酔っていたとかそういうことはなく、

夏場だから水も10cmちょっとしかなかった。おそらく泥に

腕や足を突っ込んで抜けなくなってしまったんだろうってことだった。

な-、気味悪いだろ。だから息子には「絶対近づくな」って、前よりも

きつく話をした。・・・ここの地域もご多分に漏れず過疎化が進んでてね。

俺は町会の役員にさせられてしまった。仕事が忙しいから名前だけだけどな。
その集まりの飲み会で、あの休耕田の話がちらっと出たんだよ。
いや、怖い噂ってより奇妙な話だった。

戦後すぐ、まだ日本に占領軍がいた頃の話だな。
田舎だけども、軍需工場があった関係でアメリカ軍が来てたらしいんだ。

で、そいつらが町の娘に乱暴しようとした。それを止めた

若い町の男がいたんだが、集団で暴行されてあの休耕田に落とされた。

・・・それで、そいつが死んだってのなら、変なことの説明もつきそうだが、

そうではなかったんだ。そいつは東京に出て、闇物資の流通で儲けて

キャバレーを経営し、大金持ちになったってことだったんだ。

な、わけわかんねえだろ。縁起の悪い話ってわけじゃないんだ。俺が思いきって、

「あの休耕田に大きいミズスマシがいるって話を聞いたんですが」って、

みなに言ったら、「そりゃいるだろうけど、どうかしたのか」 「いやあ、

人間ぐらい大きいのが」  「いくらなんでも、それはない」笑われてしまったよ。

 

それから2年後だな。その年は雨が降らず、町内を流れる川も

人が飛び越えられそうなほどに涸れた年だった。休耕田も干上がってね。

そしたら、中央付近に石の塔の先っぽみたいなのが見えてきた。
それで、地方史を研究してる人が少し掘ってしらべたところ、
古い時代の仏塔じゃないかってことになった。町役場に連絡して、
いちおう調査することになった。そんときに休耕田の持ち主にも連絡をとったけど、
その一家は地元を離れていて、土地だけ持ってるってことだったな。

俺が勤めてるのとは別の建設会社に話が行って、重機が入った。そしたら、

たいした仕事とは思えないのに重機がひっくり返ってね、作業員が一人死んだ。

それでも続行したら、2mほどの石の仏塔と、木を粗く彫った人型、

それがほとんど腐りもしてない状態で、まわりから十数体出てきたんだ。