あの、私、吉田といって、美容師をしてます。
高卒で美容学校に入り、そこを卒業してから、しばらく
見習いをして技術を身につけました。それから今の店に。
あ、はい、現在勤めてるのは、都内のある駅前にある
チェーンの格安美容室なんです。ですから、お客さんも近所の
おばさんばっかりで、有名な芸能人なんて絶対来ないんです。
美容師にもキャリアアップというのがあって、自分の技術に
自信がついたら、だんだんに高級な店に移っていく。
最終的には自分の美容室を持つのが夢なんですが、
そこまでたどりつくのに、あとどのくらいかかるか。
あ、すみません、変な、身の上話みたいなことをしちゃって。

でも、美容って怖いところもあるんですよね。若いお客さんなら
もっと美しくなりたいって気持ちがあって、それは女の人だったら
誰でも持ってると思うんですけど、ある年齢を過ぎると、
年を取りたくないって気持ちに変わっていくんです。
はい、年配のお客さんには、最初に大鏡に映る自分の顔を見て、
ため息をつく人が多いんです。ある意味、女の執念みたいなものが
こもってる場所です。ですから、怖いことが起きたりもするんですね。
1ヶ月ほど前のことです。その日、私は午後のシフトでした。
お店は、午前中は忙しいですが、午後はそれほどでもありません。
夕方の5時頃に来られたお客さんです。私が担当したんですが、
年齢は50代後半くらいに見えました。

その方、真っ黒な髪を腰のあたりまで垂らしてられたんです。
ふつうはその年令なら、髪は染めているはずですが、そんな
感じはしませんでした。それで私が、「素晴らしい髪ですね。
染めておられるんですよね」と思わす聞いてしまったら、
「いえ、地髪です」という答え。たしかに、染色で傷んだ様子は
まったくありませんでした。さらに驚いたことに、そのお客さん、
「この髪、全部切って、剃髪してほしい」って言われたんです。
剃髪、つまり丸坊主ってことです。もしかして宗教関係の人
なんだろうかと思いましたが、そんな雰囲気でもない。
でも、剃髪ってすごく難しいんです。というのは、
頭の地肌ですね。それが柔らかいので、カミソリをあてると

傷がついちゃうんです。ですから、最初はまず ごく短く切って、
一定期間 地肌を慣らしてから剃るのがふつうです。
私がそのことを言うと、「いえ、傷がついてもかまいませんから、
今やってください」ということだったんです。
このやりとりを店長が聞いてて、「お客さん、代わりましょうか」
と言ってくれたんですが、それを聞いて、お客さんはすごく
強い語調で「いいです、この人にやってもらいますから」と
言ったんです。今考えたら変ですよね。でも、しかたがないので
ハサミを持ち「バッサリいきますよ」と言ってからカットし始めた
んです。それで、その髪、うまく表現できないんですけど、
すごく重かったんです。ふんわりした柔らかい髪質で、

クシ通りもいいのに、手で持つとずっしりと重い。
床にどんどんその髪が落ちていき、地肌が見えてきました。
生え際にも白髪はまったくなかったです。カットしてる間、
お客さんにいろいろ話しかけたんですが、ずっと無言でした。
美容師は、お客さんが興味を持ちそうな話題を出すのも仕事のうち
なんですが。床に落ちる髪の量が多いので、手が空いてた
同僚がほうきで髪をかたずけはじめたんですが、その子、
ちりとりを持ったまま転んじゃったんです。後で聞いたところ、
やはり私と同じように、ありえないくらい重く感じたと
言ってましたね。ある程度までカットし、バリカンでさらに短くし、
それからレザーを持って、慎重に慎重に剃っていきました。

少し赤くなったところはありましたが、幸い血がにじむということは
なかったです。全部剃り終わると、お客さんは「ああ、これで
一回りが終わった」と言われましたが、意味がわかりませんでした。
それから私に「ありがとうね、とてもよくやってくれた」と
言われ、帰っていかれたんです。これだけなら、
変わったお客さんだったで済む話ですが、その後、お店で次々と
変なことが起きるようになって。あ、まず私なんですが、アパートの
部屋に書留が来たんです。それには50万円入ってました。
差出人は女性名でしたが、まったく心あたりのない人。
でも、なんとなく、この前のあのお客さんじゃないかって思ったんです。
しばらく使わずに置いといたんですけど、そのうちつい、

バッグや洋服を買っちゃったんです。それで、お店で起きた異変ですが、
お客さんの中で、鏡に変なものが映るって人が出てきて。
はい、黒い長い蛇のようなもの。長さは1m以上で、宙を飛んできて
お客さんのイスの背中にまとわりつく。中には「キャッ!」と
悲鳴を上げられた方もいました。で、その黒いものが見えたっていう
お客さんは、どの人も、うちの店では多くない若い人だったんです。
でも、店のスタッフで、店長もふくめて、その黒いものが見えたって
子はいなかったんです。はい、私だけでした。そのときは、
やはり10代後半の若いお客さんのカットをしてたんですが、
ちらっと見た鏡で、天井から黒いものが下がってる。「え?」と
手を止めて後ろをふり返っても何もなし。

けど、お客さんが「あ、今なんか背中にあたった」って言ったんです。
あと、カットやカラーリング、パーマがが終わってからの
苦情がすごく多くなったんです。最初に言ったのと違ってるとか、
髪を切りすぎだとか、色が変だとか・・・
でも、やってることは普段と同じだし、私が見ても、失敗してるとは
思えなかったんです。店長が平謝りして、かり直しなどもしたんですが、
不満タラタラで帰っていかれる。それも、やっぱり若いお客さんばかり。
何か変なことが起きてる、そう思わずにはいられませんでした。
たぶん、あの頭を剃ったお客さんのせい。でも、店長に言おうとは
思わなかったんです。だって、因果関係がないっていうか、意味不明
じゃないですか。で、店の中はギスギスした雰囲気になっていって。

それから1週間後くらいですね。その日、私は休日で、ブティックを
回って買い物をしてたんです。はい・・・お金はこのあいだの
50万円でした。それで、原宿に来てましたので、お店で起きてる
ことを考えて、近くの明治神宮にお参りしていこうと思ったんです。
平日の午後でしたので、参拝客は多くなかったです。
長い参道を通ってると、向こうからすごくきれいな人が一人で
歩いて来たんです。そうですね、年は20代前半くらい。お化粧は
ほとんどしてなくて、モデルのようなすらりとした体型。
髪は、流行りの明るい金色でしたが、かつらのように見えました。
仕事柄、そのあたりはわかるんです。その人は私を見ると立ち止まり、
笑いながら かつらを取り、深々とお辞儀をしたんですよ・・・

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