じゃあ。さっそく話を始めさせてもらいます。僕、〇〇市の
市役所で建設部公園課に勤めてます。ですから、これから話すのは
職業上の守秘義務に関わることなんです。ですが一連の出来事が
あまりに不可解で、ここにはそういったことを専門にされてる方が
多数おられると聞いて、ご相談にうかがったんです。
上司も了承しています。そのあたりの事情をご承知おきください。
うちの課では、市の郊外にある山の麓のさほど広くはない湿原の
管理をしています。遊歩道を整備して危険箇所をチェックしたり。
あとはゴミ関係とかですね。現地に管理事務所があって、
持田さんって、定年退職して再雇用の方が毎日詰めてるんです。
で、ここ何年か、盗掘が問題になってまして。

これはどこの自然公園でも事情は同じだと思いますけど、
高山植物とか、その地にしか生息しない希少植物が盗まれる。
まあ、昔からあることですが、近年、特にひどくなって。
もちろん指定種で、盗掘は犯罪ですから警察とも連絡を
取り合ってます。それで、その植物が群生してる場所に
監視カメラをセットしたんです。24時間とはいきませんが、
日のある時間帯ずっと録画できるように。その映像は、
持田さんがチェックしてて、何か異常があれば僕らのとこに
メールで送られてくる。でね、僕の後輩に鈴木という所員がいて、
その仕事を担当してたんです。それが1ヶ月ばかり前ですね。
鈴木がパソコンを前にして考え込んでました。「どした?」と

聞くと、「いや、昨日、持田さんから湿原のビデオが
送られてきたんですけど、変なもの・・・変な人物が
映ってるんですよ」 「変って、どんな風に?」
「あ、口で説明するより見てもらったほうが早いかと」
鈴木が映像を巻き戻し、2人でパソコンを見ました。
画面は薄暗かったですね。「これ、時間はいつなんだ」
「早朝です。朝の5時少し前」カメラは遊歩道をはさんで、
希少植物の群生を映し出していて、そんなに広い範囲は撮れませんが、
盗掘者がいればわかります。「あと少しです」遊歩道に、右側から
人が出てきましたが、その歩き方が・・・
よろめいているというか、例えはあれですが、映画のゾンビみたいな。

「これ、ケガとかしてるんじゃないか」 「今、アップにします。
映りは悪くなりますけど」 「え!?」その人物の上半身が
拡大され、息を呑みました。20代に見える男性で、上半身は裸。
顔は浅黒く、横顔でしたけど、目鼻立ちが大きくて日本人には
見えなかったんです。南米から来た人じゃないかと思いました。
というのは、うちの市には中央から招聘した機械メーカーの工場があって、
ブラジルやペルーから来た人がかなりの数いるんですよ。
で、驚いたのはそのことじゃなく、体のほうです。背中の線が凸凹して
たんです。これも例えは変なんですが、怪獣のゴジラっていますよね。
背中にギザギザの突起物みたいなのが生えてる。あんな感じで。
鈴木が映像を動かすと、1分くらいでその人物は画面から消えました。

鈴木がこっちを見て「どう思いますか?」と聞いてきたので、
「どうもこうも・・・」言葉が続きませんでした。「持田さんは
何と言ってるんだ?」 「それが、管理下で荒らされた箇所がないのは
見回って確認したと」 「うーん、警察には通報した?」
「いや、特に被害はないから、まだしてないって」 「だよなあ」
でも、これはほっておけないとも思ったんです。それで、その日の午後、
鈴木と現地を見に行きました。市内ですから遠くはありません。
車で40分くらい。管理事務所に持田さんを訪ね、その日の分の
ビデオを見せてもらったんですが、パラパラと散策の人が通るだけ。
その人物は山のほうへ向かったんですけど、戻ってはきてない。
まあ、夜のうちに帰ったんだろうかと、そのときは考えました。

で、3人そろって見回りに出たんです。遊歩道を進んでいくと
30分ほどで国有林に突きあたります。そこまでも特に異常はなし。
戻ろうとしたとき、鈴木が「あ、あれ」と林の中を指差しました。
かなり離れた場所に緑色のものがあって、テントだと思いました。
3人で顔を見合わせ、行ってみることにしました。
道はないんですけど、そこまで苦労せず近づくことができたんです。
100mくらい林に入ったところに一人用のテントがあり、
上半身裸の男性がうつ伏せで倒れてました。体の色は真っ黒で、
生きてるようには見えなかったんです。それで、ビデオで
凸凹に見えた背中ですが、特に何かが生えているというわけでは
ないんですが、あちこちに丸い傷があり、血が固まってました。

すぐ警察と救急に連絡しましたよ。車は入れない場所なんで、
かなり時間がかかるだろうと到着を待ってましたが、
その間、人物はピクリとも動きませんでした。鈴木が「あ」と言い、
テントの後ろ側に回っていきました。「どした、さわるなよ」と
声をかけると、「変な植物があります」と言い、すぐ「あ痛!」と
叫んだんです。そっちへ行くと、鈴木は左手を右手で押さえながら、
「あれです」と言い、視線の先に、たしかに奇妙な植物が生えてたんです。
ひと目サボテンに見えましたが、詳しくないので種類などは
わかりませんでした。丈は低く10cm足らず。色は深緑で、
まばらに針のような棘が生えてる。それが10個以上枯葉の上に
群生してたんです。「ケガしたのか」 「大丈夫です。

さわるとつもりはなかったんですが、その棘、思った以上に長くて」
よく見ると、白い棘の先に、さらに髪の毛ほどの細さのものが伸びてました。
「ここはまかせて医者に行けよ」 「もう痛くないです」押さえてた
手をよけても、特に血が出てたりはしてなかったです。
やがて警察等が到着し、心肺停止が確認され、その人物は搬送されて
いきました。事情を聞かれ、その日はまるまるつぶれちゃったんです。
あ、もちろんその植物のことも警察に話しました。どう見ても外来種
ですから。で、その2日後、警察から連絡があり、遺体の身元は
やはり機械工場勤務のペルー人。背中にひどい皮膚病の跡があったが、
それが死因ではなく、窒息死。喉にあの植物がいくつも詰まってた
ということだったんです。大問題なのは、死後4日経過してたってこと。

じゃあ、前日のビデオに映ったのはいったい・・・ まあでも、
市の管理下で亡くなったわけではないし、僕らの仕事はこれで終わりだと
思ってたんですが・・・2日後くらいから鈴木の体調が悪くなったんです。
顔色がどす黒くなり、食欲がないって言う。明日休んで医者にいけと
強く言いました。で、翌日は病欠。電話の話では、血液検査の結果が
メチャクチャで、すぐ入院を指示されたということだったんです。
1回だけ見舞いに行きました。そのときはまだ元気そうに見えたんですが、
次の日、東京の大きな大学病院に転院したんです。地元の病院では
診断がつかなかったみたいです。東京ですからね、土日休みに入ったら
見舞いに行こうと考えてました。けど、そのうちに鈴木の奥さんから
連絡が来て、入院先の病院から抜け出して行方がつかめないってことで、

病状は命にかかわるのに、誰にも黙っていなくなった。
すごく動揺してたので、警察に捜索願いを出すように勧めました。
で、これはどうしたってあの植物との関係を考えますよね。
はい、公園に行ってみました。持田さんとビデオの話をし、
鈴木らしい姿は映ってなかったんです。これは違うかと思いましたが、
2人で山に向かいました。林に入り、あのテントがあった場所に
向かって進むと、人が倒れてたんです。鈴木だと思って走りました。
病院着にジャンバーを引っかけた姿で仰向けに倒れてたのは
やはり鈴木でした。顔はものすごい苦悶の表情を浮かべ、
両手で胸をかきむしるようにして。その頭のほうにあの植物の
群生があり、どれも真っ赤な花を咲かせてたんですよ。

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