これ、最初は俺が子ども時代の思い出話みたいなもんなんだが、それで

よければ聞いてくれや。俺の同級生に真鍋ってやつがいたんだ。今、

同級生って言ったけど、同じクラスになったのは5年生のときだけなんだよ。
家はあんまり近くじゃなかった。2kmくらいは離れてたと思う。
でな、こいつの家って金持ちだったんだよ。当時はゲームなんて
まだなかったが、ラジコン車とか高価なおもちゃをいろいろと持ってた。
で、たしか1回、こいつに、「お前の家、何の仕事をしてるんだ?」
って聞いたことがあるんだ。そしたら、真鍋は口をもごもごさせてたが、
「犬を育ててる」って答えたんだよ。俺はそれ聞いて不思議に思った。
当時は今みたいなペットブームなんてなくて、ペット屋とかも町には
なかった。だから犬を育てるってのが どういうことなのかわからなかったんだ。

まあでも、そんな気にするようなことでもなかったから、話はそれきりに
なってた。それから2年経って、俺らの小学校はほとんど同じ中学校に
進むから、中1のときにまた同じクラスになったんだよ。で、4月のはじめから
いろいろ話すようになって、お互い共通の趣味があることがわかったんだ。
ゴム動力で飛ばす模型飛行機づくりだよ。あの頃は、駄菓子屋でも
外国製のキットとかを売ってたんだ。で、2人で自分の作った模型飛行機を
人のいないグランドに持ち寄って飛ばしたりしたんだ。でな、このとき
真鍋のやつ、特殊な技術を持ってることがわかった。模型飛行機ってのは、
バルサ材を組んでつくった羽根に軽量の紙をはるんだが、真鍋は紙の
代わりに台所で使うような透明なラップをはってて、それと動力のゴム紐も
外国製のだったから、俺の作った飛行機よりもずっとよく飛んだんだよ。

それでな、動力はともかく、羽根にラップをはるやり方を教えてくれって
俺がせがんだんで、真鍋はしぶしぶって感じで承知したんだよ。で、次の
土曜日、午後から真鍋の家に行くことになった。でな、その日の2時頃、
学校の近くで待ち合わせて自転車で出かけたんだ。真鍋の家は町外れに
あって、20分近くかかった。その家・・・あんまり金持ちって感じじゃ
なかったんだよ。造りは立派だったけど、平屋だしせまいように見えた。
それに、家の中には入らせてもらえなかったんだ。真鍋は俺を家の前に待たせて、
自分だけ中に入って、模型飛行機のキットを箱に入れて持ってきた。で、
作りかけの羽根にラップをはるやり方を教えてくれたんだ。でな、真鍋の
家の後に何倍もでかい2階建ての白いプレハブの建物があった。俺が
「あれ、何だよ?」と聞くと、真鍋は「ああ、うちの工場だよ」って

答えたんだ。「工場って何の?」 「お犬様だよ」最初は冗談だと思ったが、
そういえば前にそんなことを聞いたことがある気がした。「へえ、犬!
見たいな」 「ダメだよ。工場の中には入れないことになってる」
「どのくらいの数がいるの?」 「さあ・・・200匹くらいかなあ。
でも、仕上がって出荷できるのは10匹かそこらだけどな」仕上がるというのが
どういうことかよくわからなかった。「工場には入らないよ。けど、どうにかして
見たいなあ」真鍋は少し黙ってたが、何か決心したように「じゃあ、見せて
やるけど、そのかわり絶対誰にも言っちゃダメだぞ」真鍋は建物に近づいて、
横に回ったんだが、そのとき、建物の中からウワーンというこもった
音がしてた。でも、それが何なのか聞き取ることはできなかった。
「あの屋根のすぐ下、穴が空いてるだろ。明かり取りの穴なんだ。

空気の入れ換えもしてる。山に登れば、あそこからのぞくことはできるけど、
ちょっとしか見えないよ。それでもいいなら来いよ」工場の横手は裏山に
登る坂道になってて、舗装してない道が続いてた。それを3mほど行くと、
ちょうど穴から中が見える位置になった。けど、角度が悪くて、ほんの
少しだけだったんだ。中は明るいっていうか、ぼんやりした暖かいオレンジの
光が灯ってた。「あの音はなんだい?」 「あれは呪言って言ってた。お経みたい
だけど、もっと古い昔の日本の言葉だって」 「ふーん」だんだん目が慣れて

きたのか、小さな檻が並んでるのが見えた。檻は縦にも何段も積み重なってる

ようだった。「あんなに犬がいてうるさくないか」 「いや、声帯は生まれて

すぐに切られてるんだ」で、中に・・・子犬がいた。いや、もともと小さい

種類の犬なのかもしれんが、そこまではわからんかった。犬はみな檻から首だけ

 

出してて、それは引っ込めることはできないみたいだった。首の前には皿が

あったが、中に何が入ってるかは見えなかった。そのうち真鍋が俺の袖を

強く引っぱり「もういいだろ。ここにいると怒られるんだ。ものすごく」

「・・・わかったよ。あの犬の前の皿、餌か何か入ってるのか?」 「そうだよ。

ただ、今はおあずけされてるんだ。夜になったら食わせるよ。そうしないと

餓死しちまうからな」真鍋が何度もうながすんで、俺はその場を離れたんだが、

ますます疑問は大きくなるばかりだった。この後も真鍋とは何度か遊んだが、

家に行ったのはこれ1回きりだったんだ。2年になってクラス替えがあり、

俺は入ってたバスケ部が忙しくなって、真鍋とは疎遠になったんだよ。

それにしても、このときに見たのものは不思議だった。普通、犬って子犬のうちに

売るもんだろ。大きくなったらそれだけ値段が安くなるはずだ。そんときは

 

そう思ったんだ。でな、話はここから一気に15年くらい進むんだよ。

そんとき俺は28歳だった。俺は高校を卒業しその町から出て、
大阪で就職したんだが、何度か職を転々として、そんときは無職で

アパートも追い出されてたんで、実家に帰ってたんだよ。実家では親父が死んで、

俺の部屋ももうなくなってたな。しばらく母親に食わせてもらってたんだが、

都会で食い詰めたあぶれもんって目で近所で見られてたな。まあでも、

次の仕事が決まるまで、ちょっとの期間だけやっかいになるつもりだった。

でな、町は過疎化が進んだだけで、様子はあんまり変わっちゃいなかった。

むしろどんどん寂しくなってる印象。コンビニはできたが商店街はなくなって、

大手チェーンのけばけばしい看板ばかりが目についた。そんな、死んだような

町だったが、一気に活気づいたんだ。選挙だよ。町長の選挙。現職の自民党と、

最近できた土建屋の会長の対決。うわさでは現職が優勢だが、その差は

 

わずかってことっだった。せまい町中を選挙カーが大声で走り回ってたな。

まあ、俺の選挙権はもうその町にはなかったし、どうでもいいと思ってた。

ただ、選挙まであと10日を切ったってときから、町におかしなことが

起こり始めたんだよ。まず、夜中に犬の遠吠えがあちこちで聞こえる。

この町にこんなに犬がいたのかっていうくらい。それだけじゃなく、夜になると

野犬の姿を見かけるようになったんだ。特に誰かをおそうわけじゃないが、
先頭の一匹を追いかけるようにして、犬が10数匹群れて、声も立てずに

走り回ってる。たまたま飲み屋の帰りに目撃したんだけどな。あと、

飼い犬に被害が出てるって話もあった。元気だったのが、朝に見たら倒れて

死んでたり、鎖を外して逃げ出したり。家の近所の犬も死んだよ。

でな、いよいよ投票日の前日。現職の候補が昼、駅前通りで最後のお願い

 

ってのをやったんだよ。街頭演説ってやつ。でな、田舎の選挙だから、候補が

表に出てきた人一人ひとりと握手してたんだ。俺は直接見たわけじゃないが、そしたらだよ。かなりよぼよぼの、80歳過ぎのジイさんと握手したとき、突然握手

しながらジイさんは上を向き、ウオーンと犬みたいに吠えたらしい。毎晩聞いてる

遠吠えにそっくりだったそうだ。そして握手してる手をぐいと引っ張り、

候補者の喉に歯のない口で噛みついたんだよ。バッ血しぶきがあがったが、

あのジイさんのどこにそんな力があるのかと思えるほどだったそうだ。

・・・で、この候補者はすぐに病院に運び込まれたが、その晩のうちに亡くなって、

選挙は辞退ってことになったんだ。これを母親から聞いた俺は、なんか頭に

引っかかることがあって、中学校のときの真鍋のことを思い出したんだ。

それで次の日、自転車でうろおぼえながら真鍋の家に行ってみたんだよ。

 

かなり道に迷ったが、真鍋の家があったあたりにたどり着き、そしたらそこ、

でかい工場になってたんだ。食肉加工の工場だよ。ハムとかを作ってるんだ。今は

町の中心産業らしい。俺は中学校のときのことを思い出し、どうつながりが

あるかわからんかったが、なんだかゾッとした気持ちになったんだよ。