青果市場勤務 依田幸一さんの話
これな、俺の実家のある町の神社の話なんだよ。いやいや、大きなとこ
じゃなく、ほんと、どこにでもあるような小さい神社だよ。
社務所は脇にあるけど閉まってることが多くて、神主がずっと
いるわけじゃない。え、御祭神は何かって? それは・・・
そういうの俺は苦手でよくわからん。あ、ただ、鳥居は赤くないし、
参道にも狐の像はないから、お稲荷さんではないと思う。
でな、この神社、巫女さんがいるんだよ。変なことを言うと思っただろ。
神社に巫女さんがいるのはあたり前なんだが、その巫女さん、
実在する人間じゃないんだ。目に見えない・・・っていうか、
特定の人にしか見えないんだよ。何ていうかなあ、あ、そうだ、
きっと神様のお使いなんだな。え、どんな姿かたちをしてるかって?

そりゃ巫女さんの衣装だよ。あの上が白くて赤い袴をはいた。
けど、大きさが変わるんだ。いや、衣装ごと巫女さんの大きさが。
ま、こう言っても理解できないだろうから、今から説明していくよ。
最初にその巫女さんを見たのは、俺が小学校3年か4年のときだな。
家から小学校へ行く通学路の途中にあるんだ。俺は神社とかに
何の関心もなかったんで、いつも素通りしてたんだが、初詣のときは
一家してそこの神社に行ってたから、どんな様子かは知ってた。
でな、そんとき俺、学校で返されたテストを持ってたんだよ。
うちの母親がけっこうな教育ママで、テストはちゃんと見せないと
怒られた。で、そのテストの中に、たしか算数だったと思うが、
18点ってのがあったんだよ。まあな、確実に怒られる点数だ。

気が重く、とぼとぼ歩いて神社の前を通りかかったとき、
ふっとあることを思いついたんだよ。そこの神社、前の年の御札とか
そういうのを入れる箱みたいなのがあってな。それは知ってたから、
その18点のテストだけ、あそこに入れようって。・・・まあな、
今から考えれば、丸めて橋の上から川にでも捨てればよかったんだろうが、
そのときは何故かそう考えた。境内に入っていくと、参詣者はいない。
しめしめと思い、その回収箱の前でランドセル下ろしてテスト用紙を出し、
きちきちにたたんで投入口から入れ、心が軽くなって帰ろうとしたとき、
後ろから膝の裏を何かでトーンと突かれたんだよ。後ろに転んだ・・・
っても、手をついたから尻もち程度だけどな。で、見上げると
小さい巫女さんがいたんだよ。体の大きさは4歳児くらいかなあ。

でもな、顔は子どもには思えなかった。当時は女の人の歳なんて
わかんなかったけど、高校生くらいだったと思う。前髪を眉のすぐ上で
切りそろえ、後ろは一つに結んで垂らしてある。手には白い孫の手
みたいなのを持ってて、それで俺の足を突いたんだと思った。いや、
頭にきたというか、ただびっくりしてたな。その小さい巫女さんは俺に、
「不浄なものを捨てるでない」みたいなことを言った・・・これもな、
小学生が「不浄」なんて言葉がわかるわけないから、直接意味が頭の中に
入ってきたという感じ。立ち上がって、走って家に戻ったよ。それで
捨てたはずのテスト用紙は、ランドセルの中にあったんだ。俺が
きちきちにたたんだ状態で。もちろん母親に見つけられ怒られたよ。
それから10年以上たって、俺は大阪の私立大学を卒業し、ブラックな

会社に就職した。3流大学で成績も悪かったし、そこしか就職口が
なかったんだ。一人暮らしの年寄りとか相手に、浄水器やら布団乾燥機を
売る会社なんだ。給料は歩合制。こう言えばどんなとこかわかるだろ。
けど、大阪市内の家を回っても警戒されてて なかなか契約が取れない。
それで、電車で地元に戻ってきた。1時間くらいなんだ。地元なら、
高校の同級生とかがいるから、そいつらの家を回ろうと思って。でな、
十数軒回ったが、契約はさっぱりだったよ。やっぱ胡散臭かったんだろうな。
もう夕方近くなったんで、一回実家に顔を出そうとして、その神社の前を
通ったとき、ふとお参りしていこうって気になったんだ。やっぱ
自分なりに将来に不安を感じてたんだろうな。参道にはちらほら
参拝者はいた。で、あの回収箱の前を通りかかったとき、

急に小学生のときのことを思い出したんだ。そういえばここで、
変な巫女さんに転ばされたなあって。立ち止まって回収箱を見てたら、
後ろの植え込みがガサガサっとなって、でかい巫女さんが現れたんだ。
いやあ、そうだな、俺も背は高いほうだけど、頭が巫女さんの
肩までもなかったから、身長は2m以上だろ。顔は子どもの頃に
見たのと同じだと思った。前髪を揃えてて、切れ長の目の十代の巫女さん。
でな、巨大な白い孫の手を持ってたんだ。シャベルより大きいくらいの。
巫女さんはじっと俺の顔を見据え「不浄な なりわいをするでない」そういう
意味が頭の中に響いてきて、その孫の手で脳天を一撃されたんだよ。衝撃で
思わずその場にへたり込んだが、周囲の人は誰も驚いたりしてなかったんで、
俺にしか見えなかったんだと思う。まあそれで、会社辞めて地元に戻ったわけ。

印刷会社経営 駒田洋平さんの話
私の番ですね。20年ほど前のことです。小さな印刷会社をやっておりまして。
けど、印刷業にとっては苦しい時代だったんです。ほら、ワープロソフトと
家庭用のプリンターが出回って、簡単な印刷なら自分とこでできてしまいます。
その数年前から経営が苦しくなってきてたんですが、いよいよ行き詰まって、
従業員を1人、2人と解雇して。でも、それでもダメで、もう運転資金も
出てこない。廃業しようとも考えたんですが、その先食っていくあてがない。
それでね、困ったときの神頼みって言いますでしょ。早朝に、
近くの神社にお参りに行ったんです。いや、小さいとこです。白山神社の
末社で、たしか御祭神は 白山比咩大神。これ、調べたんですけど、
菊理姫命って神様の別名らしいですね。で、お参りして窮状を訴え、
助けてくださいって願いました。お賽銭も1万円・・・

でね、その日の夢の中に巫女さんが出てきたんです。15、6歳かなあ。
髪を額のとこで揃えて、切れ長の目をした、美人というより
整いすぎて怖いような感じの顔立ちでしたね。その巫女さんが私に、
「お前の願いはわかったが、あの程度の供物では足りない。
お前が手ずから屠った鹿の首を捧げれば、かなえてやらぬでもない」
こんな意味のことを言ったと思いました。まあ、夢なんですけど、
覚めたときにすごい現実感があったんです。神様のお使いが現れたのだと
思いました。けど、これ大変ですよね。鹿の首を入手するだけなら、そこまで
難しくはないでしょう。当時から、鹿肉を扱ってる業者はありましたし、
鹿は害獣でもありますから、猟友会の人にお金を払って撃ち留めて
もらうこともっできます。でも、「手ずから屠った」ってねえ。

私が殺した鹿って意味でしょう。そんなこと無理じゃないですか。
もちろん狩猟免許なんて持ってないし、そもそも動物を殺したことなんて
一度もありません。どうしたものか考えてましたが、だんだん強迫観念
みたいになってきて、鹿を殺して首を取ることだけが頭の中を占めて
しまったんです。今から考えれば、おかしくなてったのかもしれません。
でほら、家は大坂ですから、鹿は昔、大阪城公園にもいましたけど、
奈良公園まで足を伸ばせば、たくさん鹿がいますよね。あの中の一匹
ぐらいなら殺してもわからんだろうと思ったんです。そんなことできる
はずはないんですけどね。やはり強迫観念だったんでしょう。
金物屋で刺身包丁を何本か買い込んで、午後に奈良に行き、夜中に
公園内に忍び込みました。今は鹿はみな夜、泊り場にいるみたいですが、

当時は樹の下で寝たりしてるのもいたんです。暴れられたらたいへんなので、
とにかく小さい仔鹿を探してうろうろしてました。懐中電灯の光を
あてると、起きてこちらを向いた鹿の目が青く光るんですよね。
それで、当歳らしき鹿を見つけ、包丁を握りしめて近寄っていったんです。
いきなり首を取るのは無理だから、まずは胸を一刺ししよう・・・
でね、1mくらいまで仔鹿に近づいたとき、その後ろから白いものが
立ち上がったんです。巫女さんでした、夢に出てきた。巫女さんは、
「お前の覚悟はあいわかった。これは神鹿ゆえ殺すのはならん。しかし、
お前が尽力すれば、手助けはしてやらぬでもない。その胆気を今の
なりわいに向けよ」こんな言葉が頭に入ってきてました。それからは、
少しずつですが業績が上向き始め、なんとか会社は続いていますよ。