よろしくお願いします。私、村野ともうしまして、今年66歳になります。
ある知人から、こちらのことを聞いてうかがわせていただきました。
これからするのは、たいへんお恥ずかしい話なんです。いい齢をして、
ほんとうにバカなことをしてしまいました。もう無理なんだと思いますが、
もしかしたら、何とかもとに戻す方法がないかと思いまして、みなさんの
お知恵をお借りしたく、ここに来たんです。まず最初に、簡単に身の上話を
させていただきます。私、63歳で私鉄の会社を退職しまして、現在は
隠居の身です。妻は4年前、乳がんで亡くなっています。子どもは、
結婚が遅かったので息子が一人だけ。すでに社会人になっており、
2年前に結婚し、この間、初孫が生まれました。男の子でした・・・
息子一家は、同じ県内ですが別の市に住んでまして、それでも車で

30分ほどのところなので、ちょくちょく孫を連れて顔を見せに
きてくれます。ほんとうに孫はかわいい・・・ですが、私は大変な
ことをしてしまったんです。はい、どういうことなのかは
今から順を追って話させていただきます。私、大学は〇〇で、
ラグビー部に所属していました。ポジションはセンターで、
3年生のとき、関東大学リーグの2部でしたが、優勝をしたんです。
いや、優勝したはずだったんですが・・・そのときの同期生で、
ポジションはスタンドオフだった友人が、2ヶ月前に家に訪ねてきたんです。
40年以上ぶりの再開でした。いや、もちろんラグビー部のOB会は
毎年ありますが、その友人は大学卒業後、国内では就職せず、海外の
ラグビーチームに入ったんです。日本人としては大型で、誘われて

チャレンジしてみようという気になったんでしょう。そのことは、小さい
扱いでしたが、当時のニュースにもなりましたよ。けど、やはりレベルが
高かったんでしょうね。1度もレギュラーとして試合に出ることはなく、
そのままフェイドアウトしてしまったんです。そのまま日本には帰らず、
消息不明。噂で、東南アジアで現地ガイドのようなことをしてるという話は
ちらっと聞いたことがありました。名前は・・・山田ということに
させてもらいます。その山田とは、大学時代の一番の親友でした。
やつがバックスリーダーで、ともに汗を流して練習した仲だったんです。
はい、2部とは言っても練習は厳しく、ずっと遠征と合宿で、
大学生らしい遊びなんてできなかったんです。それがね、急に家に
現れたんで、そりゃびっくりしましたよ。相変わらず背は高かったですが、

かなり痩せてました。でも、ひと目で誰かはわかりました。
ホテルに滞在してるってことで、身なりもよく、生活には
困ってなさそうでした。というか、話では、タイやシンガポールで
不動産業をやってるということで、羽振りがよかったんです。
私もほら、隠居してヒマな身でしょう。それからは毎晩のように街に出て
酒を飲んだんです。山田に誘われて、オカマバーなどというところにも
初めて行きました。払いは、山田は奢ると言ったんですが、
自分の分は出しました。大学時代の思い出話やらなんやら語り合って、
楽しかったんですが、それが1ヶ月も続くと、さすがに疲れてきまして。
その頃に、山田から投資の話を持ちかけられたんです。はい、
シンガポールの医療機器会社の未公開株ということでした。私にはまったく

うとい方面の話だったんですが、酒の席でついでのように話を持ち出され、
つい信用してしまったんです。考えてみれば、外国の、それも未公開株
ですからねえ。警戒してもしすぎることのないような内容だったんですが。
必ず2倍、下手すれば3倍にもなるからと言われ、1000万円分
投資してしまったんです。バカですよねえ。こちらが金を振り込んだ
翌日から、山田はドロンです。ホテルを引き払い行方不明。
おそらく、そのまま飛行機に乗ってどこかに逃げたんでしょう。
さすがに、私も心配になって、あれこれ調べてみました。たしかに
その名前の会社はあったんですが、株式上場の計画はまるでなし。
そこでやっと騙されたことがわかったんです。1ヶ月もの時間をかけ、
私だけをターゲットにして一芝居打った・・・まあ、日々の生活は、

一人暮らしですし、年金で十分まかなえます。騙された金は退職金の
一部でしたが、今のとこは使うこともなく寝かせておくだけだったん
ですが・・・山田に対して、心底腹が立ったんです。大事にしていた
大学時代の思い出を汚されたような気になって。山田を追いかけようにも、
私は海外は1回だけ、だいぶ前に社員旅行で韓国に行ったきりです。
最寄駅のガード下の飲み屋でヤケ酒をあおって、かなり酔ってました。
だから、そのときの記憶はあいまいなんですが、一連のことを誰かに話した
気がするんです。翌朝、ひどい二日酔いで目を覚ましたんですが、上着の
ポケットにちぎった手帳の用紙が入ってて、それにこう書かれてたんです。
「返報の契約は完了した、これに連絡しろ」それと固定電話らしい番号です。
返報の契約? なんのことだろう? そうだ、山田に騙されたことを愚痴った・・・ 

けど、何か契約した??考えても頭が痛くてダメでした。ただ、後で
風呂に入ったとき、左手の親指が赤くなってるのに気がついたんです。
拇印を押したみたいに。1日後、やっと回復してきたので、その番号に
かけてみました。そしたら、機械音声のような留守電になってて、東京都内の
ある住所を指示されました。あ、住所は、〇〇○○です。新宿御苑近くでした。
行くがどうか迷ったんですが、東京まではすぐですし、様子だけ見てこよう。
そう思って、スマホに住所を入れて行ってみたんですよ。
それで、ここからちょっと信じがたいような話になるんですが・・・
新宿御苑の脇に慶応大学のキャンパスがありますよね。そのはさまれた
とこがその住所で、道路脇に小さなお堂があったんです。
そうですね、小さい神社みたいな感じでしたが、鳥居はなく、

黒く八角形の形をしてました。扉が開いていたので、入っていくと、
黒い紋付を着た人が出てきたんです。歳はわかりませんね、髪は真っ黒く、
顔にはしわもなかったですが、物腰がすごく老成した感じで。それで、
私を見ると「話はうかがっています。どうぞ」と奥に招き入れ、
ここからが不思議なんですが、小さいお堂のはずなのに、長い廊下が
続いてたんです。廊下は黒光りした木で、傾斜がついて少しずつ下っていく。
かなりの距離を進んだと思います。また扉があり、開けると石室のような
ところだったんです。4m四方くらい。壁はコンクリではなく、天然の石を
切り出して積んだもので、もしかしたら古墳の中だったのかもしれません。
で、真ん中にやはり長方形の石製のものがあり、よくわからないですが、
石棺なのかもしれません。その上に何重にも円になった丸い盤があり、

真ん中は方位磁針でした。え、風水の羅盤? 私にはわかりません。その人が
「山田〇〇への怨毒を晴らしたい?」と聞いてきたので、私があいまいに
うなずくと、「では、言うとおり盤のつまみを回してください」と。
盤には8つ、金属製のつまみがあり、私は言われたとおり、たしか6つの
つまみを右や左に回しました。つまみはまるでスイッチのように、回すと
カチカチ音を立て、その回数も指示されたんです。あっという間、5分も
かかりませんでした。「これで終了です。あなたの怨毒が晴れるかはわかり
 ませんが、山田〇〇は滅しました」滅するって、そのときは死ぬことかと
思いました。無言のまま、また長い廊下を入り口まで来て、その人が中から
扉を閉めようとしたので、「これ、謝礼などはあるんですか」と聞いたら、
「すでに寿命10年をいただいております。あなたのはもう2年しか残って

おらず、残りは最も若いご親族から」 「えっ?」そこで扉が閉められ、
手をかけてももう開かなかったんです。意味がわかりませんでした。
代金は寿命? 最も若い親族・・・ 家に戻りましたが、山田がどうなったか
それも不明で、どういうことかまったく理解ができなかったんです。
その2日後、古いアルバムを出してみました。大学時代の写真や新聞の
スクラップを貼ったもの。それが・・・前に、関東大学の2部で優勝したって
言いましたよね。それなのに、当時の新聞では準優勝になってたんです。
それだけじゃなく、スポーツ新聞のチーム紹介の集合写真に
山田の姿がなかったんです。スタンドオフのポジションは2年生の
後輩に変わってました。そんなはずは・・・でもね、いくら探しても、
切り抜きや写真のどれにも山田の姿はなく、名前もない。

気味が悪くなってきて、当時のチームメイトでまだ連絡を取ってる人に
電話してみたんです。そしたら、山田というチームメイトはいない。
大学3年のとき、チームは1点差の準優勝で、みな悔しがって泣いた。
入れ替え戦で1部に昇格もできなかった・・・こんな話だったんです。
過去が変わってしまった・・・まさかと思いましたが、他に電話した仲間も
言うことは同じでした。それと、私の口座ですが、振り込んだはずのお金が
戻ってたんです。つまり、山田がこの世界で為したことがすべて消えた。
気になるのは、あの人物の最後の言葉です。「寿命を10年」と言ったはずです。
私はもう2年なので、残りは最も若い親族からって・・・これ、もしかして
孫のことなんでしょうか。はい、あの場所にはもう一度行ってみました。
けど、お堂はどうしても見つからなかったんです。

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