3年前まで不動産屋で勤めてたんだが、そんときの話。
この不動産屋の社長というのが、俺の母方の伯父でな。俺は両親とも、
子どもの頃に一緒に事故で死んだんだ。それから伯父に引き取られて、
高校卒業と同時に不動産屋で働き始めたんだよ。でな、
あるとき社長が「ワンルームのマンションがあるんだが、一部屋空いてるから、
1ヶ月くらい住んでみろ」って言ったんだ。俺はアパート暮らしで、
それは難しい話じゃないが、どうしたって訳ありって思うだろ。
それでも黙って聞いてると、向こうから事情を話し始めた。そこは短期間入居者
向けのワンルームの賃貸で、主に単身赴任者が入ってる。学生もいるが
家賃が高いから、いい家のやつだ。2階建てで、下4部屋、上に4部屋ある。
その、1階の向かって右端の部屋に人がいつかねえ、ってことだった。

この手のとこって、あらかじめ契約期間が決まってる場合が多いんだ。
1年なら1年、4ヶ月なら4ヶ月。ところがそこの部屋だけ、満期に
ならないのに入居者が出てしまう。赴任の期間がまだ残ってるのにだよ。
これは変だろ。俺もそこには何度か入ったことがあったが、
建物は新しいし、防音もしっかりしてる。まず不満が出るようなとこじゃ
ないんだよ。だから考えられるとしたら、霊障くらいしかねえ。
今、さらっと霊障って言ったが、そういうのはあるんだよ。
不動産業界にいれば、年に数回はその手のことにかかわることになる。
中には下手を打って寿命を縮めることだってあるくらいだ。ところが、
話がどうも違う。幽霊が出たとかなら、まず入居者が文句を言うだろ。
「家賃は払えない」とか「責任持って他のところを世話してくれ」とか。

そういうことはなかったらしい。これまで3人が入って出たが、
その手の文句はなし。ただ「いい部屋だが自分には向いてない」とか、
この業界ではあまり聞かないことを言って出ていってしまうらしい。
しかも不動産屋まで変えて、別のところに頼んでしまうってんだから
念が入ってる。でな、社長に一つだけ聞いたんだ。「そこは曰くつきか」って。
曰わくつきってのは、ほら、怪談なんかでよくあるだろ。殺人や事故、
入居者の自殺、自殺でなくても孤独死して長い間発見されなかったとか、
そういう物件を専門に晒してるサイトまでネットにあるくらいだ。
ところが「そうじゃない」って言う。まあな、事件・事故なら俺の耳にも入るし、
孤独死は他の部屋の住人がいるからさすがに気がつくだろ。
だからその手のことじゃねえ曰くがあるだろうって意味で聞いた。
そしたら案の状だったんだ。

その地所は元々が旧家のでかい一軒家のあった場所で、庭の隅に
その家独自の神さんを祀ってた。地方じゃそう珍しいことじゃねえよ。
東京だって、古い武家屋敷だったとこには小さいお稲荷さんの社が
残ってる場合もある。そういうのは注意しなくちゃならないんだ。
ずっと祀られて丁寧に扱われてきた神さんだから、急に取り壊されたりしたら、
そりゃ怒る。でな、その地所のちょうど問題の部屋があるあたりに、
やっぱり小さいお堂があったんだそうだ。工事のときに見たら中は空だったんで、
お祓いも何もしなかったらしい。それが障りになってるんじゃないかってことは、
社長も気にしてて、俺に住んでみろってことになったわけだ。
もし何かがあれば、専門のお祓いを頼むことになる。不動産業界に
食いついてる霊能者ってけっこういるんだが、その類のやつに。

で、ほとんど身一つで引っ越した。部屋にはテレビ、冷蔵庫、
エアコンが備え付けで、ネットも引いてある。どうせ1ヶ月だから
大荷物はいらないと思ったんだ。それと、会社に来るには、
俺の部屋よりそこのほうが近いんだよ。入って1日目、2日目と、
特に何事もなかった。俺の汚い部屋よりはっきり快適だった。
他の部屋の住人にもあいさつに行ったが、みな高給取りって感じの人で、
生活保護の老人や外国人とかがいるわけでもない。おかしなことが
起こり始めたのは、1週間くらいたってからだった。といっても、
たいしたことじゃねえ。夜中に決まった時間に目が覚めるだけ。
時計を見るといつも2時過ぎくらいだったな。もちろんそのまま寝直した。
ま、特に気に留めることもなかった。俺は1回寝ると朝まで
起きないタイプだが、環境が変わったせいかもと思ってたんだよ。

ところが、それからまた1週間くらいして、今度は夜中に目が覚めて
天井を見ると、ぼんやり青白く光ってるように感じられたんだ。
天井全体がテレビの液晶画面になったって言えばわかりやすいかな。
ま、それほど明るくはないが。あと光ってると言ってもそれは天井部分だけで、
光に照らされて部屋の物が明るく見えたってわけでもない。
そのあたりはけっこう冷静に観察してたんだよ。だからもしかしたら、
光ってるのは天井じゃなくて、俺の頭の中なのかもしれないと思った、
その現象は10数秒続くんだ。で、ただ光ってるだけじゃなくて、
光の中で何かが動いてた。靄がかかったようで、何なのかはわからない。
何度もダビングして、ものすごく画質が劣化した古いビデオみたいな状態だった。
でな、翌朝目が覚めると強い頭痛がしたんだ。1時間くらいで治まったが。

これが入居者がいつかない原因かと思ったが、これだけなら会社に
文句がきそうなもんだ。自分からそそくさ出て行く原因がわからない。
社長には逐一報告してたよ。俺と同じ考えだったらしく、もう少しいてみろって
言われた。それからさらに3日後、夜中に目が覚めて、天井に光がある。
またこれが十数秒続いて消えるだけだろうと思ってたら、その夜は違った。
耳元で金属を叩いたような「パッキーン」っていうかん高い音がしたんだ。
それと同時に天井の光が一気に鮮明になった。建物の中が写って見えた。
俺の不動産会社の2階の部屋だったよ、倉庫がわりに使ってる。
俺は天井から目が離せなくなった。・・・短い時間だったんだが、
異様に長く感じられたよ。見終わったときには、
全身に汗をかき、心臓がばくばくしてた。頭も痛かった。

で、どうしたと思う。俺は自分の部屋に戻って朝まで過ごし、
そのまま会社には出ないで、貯金を全部引き出してその街から逃げたんだよ。
で、大阪に出て住み込みの職場を見つけ、それからさらに何度か転職して
今に至る。街にはもどってないし、会社にも知り合いにも連絡してない。
だからあの部屋がどうなったかもわからない。もう二度と戻るつもりはないよ。
え? 天井に何が写ったかって? 謝礼もらってるから言わないわけには
いかないだろうな。俺が出てきたんだ。目を血走らせて、手に包丁を持ってた。
視線が下に向いてて、社長がかがみ込んで何かを整理してた。
その首筋に包丁を突き立てたんだ。そんときに、天井を見てたはずの俺が、
いつのまにか社長に包丁を刺した俺に入り込んでた。
実際にその場にいるのと変わりなかったよ。

体にかかった血飛沫も、臭いも、手応えも、そんときの心持ちもはっきり
覚えてる。・・・社長を憎んでたんだよ。両親が亡くなって引き取られてから、
捨て犬のように扱われてきたからな。いろいろ嫌なことがあったし、
金の問題も。とにかく、そういう俺の心の内にあるものが、
あの天井に映し出されたんじゃないかと思うんだ。
どうしてかはわからんが、そんな作用をする部屋になってしまったらしい。
おそらく、出ていった他の入居者も同じじゃないかと思うんだ。
自分の後ろ暗い願望、それはもしかしたら犯罪なのかもしれないが・・・
達成される瞬間を見て、そのときの気持ちを実際に味わった。
まあ推測だが、間違ってないと思うよ。だから詳しいことを話せず、
自分から出て行ったんじゃないかって。・・・これでいいかい。