あ、じゃあ話、始めるから。そうだなあ、今から10年くらい前かな。
追い出し屋ってやつをやってたんだよ。俺が始めたわけじゃなくって、
その当時、仕事がなくってブラブラしてたところを、北岡さんって人に誘われてね。
北岡さんはもう死んじまったが、〇〇組に関わりのある人でな、あの頃、

俺とはパチンコ屋の開店で知り合って、いろいろ面倒を見てもらってたんだ。
それが、新しい仕事をやるからって言われて、俺も一枚噛んだわけ。
仲間は、トップが北岡さんで、もう一人、峰浜先生って人がいてな。
60代だったと思うが、背が高くていつも和服を着てた。あとで説明するが、

この人は拝み屋なんだ。ああそう、霊を降ろしたり祓ったりする。
え、宗派? 俺にはわからねえが、たぶん神道じゃないかな。
唱えるのはお経じゃなく、神社でやる祝詞ってやつだと思った。

まあ、この先生も死んで、もうこの世にはいないんだけどな。
あとは俺と、若いやつが2人。それで始めたのが追い出し屋だ。
仕事の内容はわかるだろ。店子を追い出すんだ。例えば、賃貸マンションとかの

住人で、生活態度がよくなくて、大家に嫌われてるやつとか。あとは店舗だな。

飲食店なんかで、すごく条件のいい場所にあって、いつも客がいっぱい。誰でも

そこで商売してえって思うだろうが、繁盛してるんだから出ていくわけがない。
それをな、追い出すのが仕事。ああ、金は後釜にそこに入ったやつから

もらうんだよ。けどな、暴対法ができてからこっち、荒事なんかできねえんだ。
すぐ後ろに手が回っちまう。昔みてえに、毎日その店に行って暴れてりゃいい

ってわけじゃねえ。一番いいのは、そいつが自分から出ていくことだろ。
だから、そうなるように段取りをつけるのが、追い出し屋の仕事だ。

でな、俺らがやってたのは、霊を使って追い出しをかけること。いやいやいや、

そんときまでは、幽霊なんてものがこの世にいるとは思いもしなかったよ。
そういうのは、弱い負け犬野郎が、自分の心の中で作り出すもんだって考えてた。
だから、この話、北岡さんから説明を受けたときも半信半疑だったな。
けど、北岡さんは大真面目だった。じゃあ、仕事のおおまかな説明をしていく。
まず、いわゆる心霊スポットってところに行って、霊をつかまえるんだ。
そしてそれを保管しておいて、ターゲットの店に放してやる。
するとその店じゃいろいろ嫌なことが起き始めるわけ。で、最初は耐えてた店主も、
2ヶ月もしないうちに自分から貸借契約を解消して逃げていく。
ただし、そのままだと新しい借り主が入れないから、峰浜先生が除霊する。
まあこんなパターンだったな。最初の1年半くらいは上手くいって、

けっこうな稼ぎになってたんだよ。けどなあ・・・ え? もっと詳しく話せって?
ああ、まず、霊をつかまえに心霊スポットに行く。けど、世の中にある

心霊スポットの95%はニセモノなんだよ。たんに暗くて雰囲気が悪いだけの

廃墟で、本物じゃねえ。よくほら、ホテルとかの廃墟で、そこでオーナーが

首を吊ったなんて言われてるとこがあるだろ。でも調べてみると、

そんな事実はない。ただの面白半分の噂なんだ。そういう場所に幽霊がいるはずは

ねえよな。本物の心霊スポットってのは、まずそこで人が死んでいること。

これは大昔の戦場跡とかじゃダメだ。古い霊はだんだんに力を失って消えてって

しまうって峰浜先生が言ってた。だからせいぜい30年以内にそこで人が

死んでなくちゃなんない。それから、これも大事なんだが、

その死んだやつが、その場所に強い執着を持ってること。
そういうスポットってのは当然ながら少ない。貴重な情報なんだよ。

そうだな、まず霊を捕獲するやり方から説明する。峰浜先生は鏡を使うんだ。
古い大きな姿見だ。夜にそのスポットに行き、先生が場所を選んで姿見を設置し、
回りに奇妙な形にロウソクを並べる。そして鈴を振りながら祝詞を唱えると、
浮遊していた霊が姿見の中に取り込まれるんだ。ただ、ターゲットの店にでかい

鏡なんか持っていけねえから、俺と若いやつらが業務用の大型掃除機をかまえて

るんだ。コードレスのやつな。で、先生が杖で幽霊の入った鏡を割った瞬間に、
掃除機であたりの空気を吸い込む。それから先生が御札で掃除機を封印する。
これでいっちょうあがりだ。でな、掃除機の中の幽霊は、
空気ごと布団乾燥用の袋に詰め替える。その作業は先生が一人でやってたな。
で、あとは、客を装ってターゲットの店に袋を持っていくんだ。
いやまあ、そんなの持ってくるやつはいねえだろうが、

2人組で客として店に行き、中に入ったらナイフでぶっ刺して、残った袋は

丸めてポケットに入れる。けっこう簡単にできるし、怪しまれることもまずない。
それから、1週間に一度くらい、客になってその店に行って様子を見るわけ。
あるバーでそれをやったときのことを話すよ。1週間目、あまり変化はなし。

2週間目、金曜の夜なのに客が少なくなってる。3週目、カウンター内の女の子が

一人辞めてて、マスターが暗い顔をしてる。4週目、ボーイとかもみな辞めて、

マスターの髪はボサボサ、顔は青くて心なしか痩せてる。5週目、客はゼロで、

マスターはカウンターに突っ伏し、俺らが入っていっても、こっちを見ようとも

しない。6週目、営業終了の貼り紙。まあ、こんな感じだ。どこもこれとほぼ同じ

経過をたどって、長くても2ヶ月で店はつぶれてしまうんだ。それから、

峰浜先生が大家に掛け合ってそこの除霊をきっちりやる。

それから、新しい店子が入るってわけだ。

そう、最初に言ったように、その新しい店子から俺らは金をもらうわけ。
数百万だが、そんなのは立地のいい店に入ったらすぐに元がとれるからな。
で、そうこうしてるうちに2年目に入り、あのことが起きたんだ。
今からその話をするよ。霊を捕獲したのは、郊外にあるラブホテルの廃墟。
そこでは、オーナーが、店の中でガソリンをかぶって焼身自殺してる。
ちゃんと調べてたんだよ。店の中はあちこち焼け焦げててひどい有様だった。
いつものように先生が鏡を使ってオーナーの霊を捕獲したんだが・・・
今思えば、少し様子が変だったんだよな。鏡を割って霊を吸い込んだ掃除機が
急に止まっちゃってな。いや、バッテリーは充電したてだったし、
故障だと思ってあれこれいじくってたら回復したが、あれがフラグだったんだなあ。
でな、霊を袋に詰め替えて行った先が、大きなキャバクラだったんだ。

駅そばで店も広くて女の子の質もいい。ありゃ、月に数千万以上の
儲けがあったはずだ。従業員も10人以上はいたな。すごい繁盛してたんだが、
俺らが霊を開放してから、たった2週間で廃業になっちゃったんだよ。
これは新記録だったよ。よっぽどのことがあったんだろうが、あまり早かったんで
詳細はわからなかった。それで、オーナーは店の設備も食器類とかも
そのままにして逃げちゃったんで、夜に、ガランとした店の中に、先生と北岡さん、
それから俺の3人で除霊をしに行ったんだよ。先生はまず最初、
四方に盛り塩をした結界をつくる。除霊の場合は鏡は使わねんだ。
あれはあくまでも霊を移動させる道具で、幽霊は先生のお祓いによって天国だか
地獄にいっちまうわけだから、もう必要はない。
先生は和服から、神主が着る白装束に着替えててな。

結界の中に入って、あの白いひらひらした紙のついた棒を振りながら祝詞を

唱え始めたが、なんか様子が変なんだよ。すごい脂汗が出て、手がぶるぶる

震えだした。声がとぎれとぎれになり、先生は祝詞を中断して、「あ、あ、これは

おかしい、このわたしが押されている」って言ってな。その場に尻もちをついた。
そしたら、立ててあった10数本のロウソクがみないっせいに消え、
先生とは別の声が聞こえてきたんだよ。「苦しい、苦しい・・・」って。
それ、俺は女の声だと思った。それも一人じゃない。でも変だろ。
霊を仕入れた心霊スポットで自殺したオーナーは男のはずだった。
空中で赤黒い霧のようなものが渦巻きはじめて、ぐるぐるぐるぐる。
俺は頭が痛くなって吐き気がしてきた。その渦巻きは天井近くまで上がり、
そっから急降下して、先生の背中にどかっとあたった。

そしたら、先生が口を押さえ、指の間から血が溢れてきたんだよ。「ヤバイか!?」

北岡さんがそう言ってチャカを出した。赤黒い渦巻きは、倒れ込んだ先生の
頭の天辺から出てきたんで、北岡さんはそれにチャカを突きつけながら、
俺と2人して店から逃げ出したんだよ・・・ 翌朝な、店に行ってみたら、
峰浜先生が倒れて死んでた。病死だよ。どこだかの動脈が破裂したってことだった。
これでこの仕事はおしまいで仲間は解散。俺はずいぶん蓄えができてたから、
それから1年くらい遊び暮らしてたが、その間に、北岡さんが死んだって話を

聞いた。あのラブホテルの廃墟の庭に倒れてた。で、これも病死らしくて

事件性はなかったんだが・・・北岡さんはシャベルを持ってて、土を掘りかけて

たんだな。警察がそこを調べると、女の白骨死体が2つ出てきたんだ。いや、

詳しくはわからねえが、北岡さんが殺したとかじゃなく、

やったのは自殺したオーナーみてえだよ。