こんばんは、よろしくお願いします。〇〇神社で神官を務めさせて
いただいてます、高橋と申します。みなさん、咒(しゅ)ってあると
思われますか。よく丑の刻まいりで神域の杜の樹に藁人形が打ちつけ
られていたなんて話を聞きますけど、私は今まで、そんなの効果がないと
考えていたんです。だって、そんな邪悪な願い、神様が聞いてくださる
はずがないじゃないですか。かえって咒った人に罰があたる・・・
そんなふうに考えていたんです。ただ、咒自体はあるみたいで、この間、
そういう事例に関わってしまったんです。今晩はその時のことを
お話したいと思います。私が務めている神社がある町は、人口が2万人
足らずの典型的な地方都市・・・まあ、田舎なんですが、隣の市は人口
40万人ぐらいで、この地方の中核都市なんです。それで、

半年ほど前その市に、ある新興宗教団体の支部ができたんです。
ここで名前を出すのは避けますが、全国的な組織で、教祖はテレビにも
出演する有名な方なんです。で、その宗教団体、隣の市に支部の建物を
建設すると積極的に布教を始めたんです。ええ、まずは繁華街での勧誘です。
その市の駅前に白衣姿の若い信者がたむろするようになり、道行く人に
御守みたいなその宗教団体のシンボルを配り始めたんです。そこで、
脈がありそうな人から連絡先を聞いて、電話などでしつこく勧誘する。
大学生などが主にねらわれているようでした。今の若い人には孤独な
方も多いし、つい勧誘に負けて入信することを狙ってるんですね。
でも、その宗教団体が主祭神として祀っている神って、チベットでは悪神と
されているものだったんです。で、その市である程度布教が進むと

次にターゲットになるのは近隣の地域です。だから私たちの町の
神職の会合で、十分に注意するようにと言われたんです。でも、
注意すると言っても具体的にどうすればいいのかわからなかったんですが、
その会合で、私たち若手の神官はとにかくたくさんの破魔矢を作って
おくように言われたんです。それと梓弓も。どういうことなのか
そのときはわかりませんでしたが、言われたとおりにするしか
なかったんです。そうしてしばらくは、私は来る日も来る日も、
毎日弓と矢を作り続けていたんです。それで、私が務める御社だけでも、
千本近い破魔矢ができあがったんです。同じ神官の仲間と、
「これ、戦争でもするんだろうか」なんて言い合いながら作っていました。
やがて予定数ができると、お清めをするのは〇〇日だ、という宮司さまの

お達しがあり、この町で最も歴史がある〇〇神社に、できあがった
弓と矢を持って集まることになりました。その夜、神社の境内には、
町内に3つある神社の神職が集まっていて、作った弓矢をひとまとめに
して神前に捧げ、その神社の宮司さまが代表して長い祝詞を捧げ
られたんです。20分ほどもかかりましたが、途中で弓と矢が
蛍光塗料でも塗ったみたいにぼうっと光ったのを覚えています。
その後に、その宮司さまがお話されたんですが、そのお話の中に
「あの者どもが舟を流すのは来月18日と決まったようだ」という
内容があったんです。どういう意味かわからなかったんですが、うちの
宮司さまは説明してくださらなかったですし、同輩に聞くことも
できませんでした。ただ、その18日には何かがあるんだろうとは

思っていました。で、翌月に入って、その18日の2週間前から
私たちは精進潔斎に入りました。はい、毎日神泉で沐浴し、食べ物も  
生臭物は避けるんです。そうしていよいよ18日、私たちは午後6時
頃に合流しました。男性の神官は白い狩衣に近い和装。女性は
巫女の装束にたすきを掛けた形でした。その姿で、町の中央を流れる
〇〇側の河川敷に集まったんです。みな手に梓弓を持ち、たくさんの
破魔矢は宮司さまの運転する軽トラの荷台に積まれていました。
蚊などの虫のいない季節だったのが幸いでした。河川敷には篝火が
いくつか焚かれていて明るかったです。私たちは緊張した状態で
息を殺してずっと待っていましたが、やがて時刻が翌日の2時頃に
なったとき、上流のほうから「来たぞ~」という声が上がりました。

そちらのほうに目をこらすと、藁のような枯れた植物で編んだ舟が
6艘、ゆっくりと川の中央を流れてくるのが見えたんです。
「来たぞ、来たぞ、来たぞ。だが、まだだ。十分に引きつけるんだぞ」
うちの宮司様の声が聞こえました。私たちは手に手に破魔矢をとり、
弓につがえて舟が目の前にくるのを待っていました。近くに来ると
舟に何かがのっているのがわかりました。様々な人形です。いろいろな
ものが見て取れました。雛人形とおぼしきもの。西洋のアンテイーク
人形のようなもの。古びたこけし、ヌイグルミ・・・それらに共通して
るのは、みな邪悪な顔をしていることでした。もちろん本来は優しい
顔の人形だったはずですが。どれも激しい怒りをこらえているような
表情をしていたんです。「それ!」という合図で、

私たち総勢10人ほどがそれら人形に向かって破魔矢を射掛けました。
もちろん弓道の心得があるわけではなく、矢のおおかたは外れ
ましたが、それでも矢がうまく人形にあたると、その人形は黄色い
粉をバッとふりまいて倒れたんです。矢は数千本用意されていたので、
人形たちは次々と倒れ、川面は黄色の粉がいっぱいに流れて漂いました。
私が矢を射る合間に「あの黄色い粉は?」と同輩に尋ねると、
「わからないけど、よくない念が込もったものだと思う」という
答えが荒い息の合間から返ってきました。やがて、ほとんどの人形は
舟の床に転がり、舟は目の前を過ぎていきましたが、これで終わりでは
ありません。川にかかる橋の上に男性の神官たちが待ちかまえていて、
橋の上から舟に松明を何本も落としたんです。

そのために燃え上がる舟もありましたし、方向を失って橋桁に衝突し
そのまま沈むものもありました。この間約2時間ほどかかりましたが、
6艘の舟はすべて川の底に沈んだのです。それで、町の守りの第1段階は

終わりでした。ここまでは私たちでできることでしたが、それから
どうなったかというと、私たちが何もしなくても相手は自滅したんです。
隣の市で信者を増やしていた新興宗教団体は、ホームレスなどを相手に
炊き出しをしていたんですが、その中で食中毒者が出て行政からの
注意を受けたんです。さらには食中毒は宗教施設に団体で寝泊まりする
信者にも広がり、最後のトドメとばかりに、嵐の夜に宗教団体の施設に
雷が落ち、全焼してしまったんです。これほどすさまじい力だとは
思いませんでした。私たちがお祀りしている日本の古来からの

神様が勝ったのだと思いました。結局その支部は解散せざるを得ず、
幹部たちはみな逃げていったんです。それを聞いて、ひと仕事終えた
ようにほっとした気持ちになりました。後になって、宮司様にあの
夜に川原で起きたことについて聞きました。そしたら
「あの舟に乗っていたのは、あの教団でやってる人形供養で集められた
ものだ。それに咒を込めて流してよこしたんだろう。そのままにして
おくとこの町の人々の心がすさみ、布教しやすくなるんだよ。
それを防いだんだが、みなよくやってくれた。だが、私たちにできるのは
ここまでで、専守防衛だよ。日本の自衛隊みたいなもんだ。
あとは神様どうしの戦いでこちらが勝った。あやつらの本部が解散する
日もそう遠くないだろう」こうおっしゃったんです。

こんな顛末だったんです。まあ相手は邪教のようなものでしたから、
私たちの神様が勝つのは決まっていたと思います。ですが、それも人間の
努力があってのことです。よく神社に来て、身勝手な大それたお願いを
される方がいますが、わずか10円や100円で、神様が願いを聞いて
くださるることはありません。金銭ではなく、努力があってはじめて、
願いが神様の目に止まるんです。何でも願えば叶うのなら、人間が
努力する意味がないじゃないですか。こんなことがあって、私はますます
神道に帰依する気持ちが強くなりました。もっと力を身につけたい、
そう考えて、これからは滝行や山岳修行にも挑戦してみるつもりで
います。ここまでお聞きいただいてありがとうございました。
・・・これで終わります。

 

人形供養