あ、僕、西村っていいます。仕事は、いちおうある
劇団に所属して美術監督をしてるんですけど、もちろん
それだけじゃ食っていけないんで、ずっとアルバイトを
してるんです。でね、今から話すのは、去年1年間
かけてやったバイトのことで。ただ、とうてい信じて
もらえないような内容なんで・・・ あ、ここでは
その手の話は多い? そうですか。まず、話があったのは
劇団のスポンサーの方からなんです。わざわざ僕だけ
会食に招待されまして。そのとき、2人の70代くらいの
男性を紹介されました。どちらもばりっとしたスーツを
着こなした、いかにもお金持ちそうな方々で・・・

そこで、僕を見込んで、やってほしい仕事があると言われて。
このとき、大チャンスかな、と思ったんですよ。僕が
手掛けた舞台美術を見て、大きな劇場からスカウトがきたのか
って。けど、そうじゃなかったんです。僕ね、劇団の中で、
霊感があるって言われてたんです。これね、自分から
吹聴したわけじゃないんですよ。ただ、よく妙なものを見てしまう
ことがあって。例えば、ある地方の会館に行ったとき、
舞台の袖に黒い影みたいな年配の男の人がたたずんでるのを見かけ、
危険ですから降りてください、と言いに近づいたら、
誰もいなかった。後でね、その会館のスタッフで最近に
亡くなった人がいたことがわかったり・・・

そんなことが何度も積み重なって、あいつ「見える人」なんじゃ
ないかって評判が立ったんです。はい、ときおり、他の人には
見えないものが見えてしまうのはたしかなんですが。
それでね、その会食のとき、仕事のくわしい説明はされなかった
んです。ただ、「バブルのときの夢のかけらを集めてほしい」とだけ。
何のことだかわからないですよね。バブルの時代といえば、
1990年代の半ばあたりまででしょ。僕、今27歳ですけど、
そのときは、僕がちょうど生まれたあたりです。とにかく、
言われたことをそのままやってくれれば、年に500万の
収入を保証するって言われました。それって、僕の劇団からの
給料の倍近い・・・ しかも、仕事はせいぜい月に1度、

長くても数日間だけということで、これは断る手はないですよね。
承知すると、さっそく翌日、前金として200万円が
振り込まれました。で、それから半月後くらいに連絡がきて、
僕のアパートの前に黒塗りの大型車が迎えにきました。
車には、無口な運転手と、会食のときにいた年配者の一人。
このときに、もしかして違法の仕事じゃないかって、ちょっと
気になったんですが、もうお金も使ってしまってたし、
言い出すことができなかったんです。でも、結果として、
奇妙ではありましたが、法に触れるようなことは何もありません
でした。車で東京から3時間ほどかけて行ったのは、
北関東のはずれにある廃遊園地で。

午後に出たので、着いたときには4時半を回って、秋口だった
ので、もう薄暗くなりかけてました。そこの遊園地は、あとで
調べたんですが、バブルが終わって3年後くらいに閉鎖されてて、
撤去もできないまま、ほとんどの施設設備が残ってました。
どれもサビサビで、鉄サビって赤黒いんですよね。それが
雨に流されて、血みたいに見えて不気味でしたよ。
僕は高性能のビデオカメラを渡され、入り口から順に、
遊具なんかを撮って歩いたんです。運転手は車に残り、老人が
僕を監視するように後についてきて。「全部をカメラ越しに
見てくれ。何か感じたものがあったら、そこを念入りに
撮って」そう言われました。難しいことではないので、

そのとおりにしてると、ずっと何もなかったんですが、
もう6時近くになった出口前のメリーゴーランド、その白い
馬の一頭に、男の子の姿があったんです。3、4歳くらいで
しょうか。僕は子どもがいないので、歳はよくわからなかったん
ですが、黒いシルエットのような姿で乗ってる。老人は、
「お、何か見えたんだね。じゃあこの周囲をくるっと回って
撮影して」こう言われ、ゆっくり歩いて撮影してるうちに
男の子の姿はふっと消えて・・・これでその日の仕事は終わり。
その動画はそのときに見直したんですが、男の子の姿は
写ってませんでした。けれども、老人は「これでいいんだよ、
ごくろうさんでした」そう言って、またアパートの前まで

送ってもらったんです。だいたいこんな感じで、月に2度、   
3度のときもあったかな。そのくらいの割合で、同じような形で
廃遊園地やテーマパークを回ったんです。これ、やってみて
はじめてわかったんですけど、そういう施設の廃墟ってすごく
多いんです。関東だけで10ヶ所以上あったんです。これね、
すでに撤去されたものも多いんでしょうから、たいへんな数ですよね。
どこも、バブルが弾けてから数年後に休止した。
それで、すべての施設で何かが・・・幽霊が見えたわけじゃ
ないんです。そもそも、僕が見たのは幽霊じゃないと思いました。
あれは、そこで楽しく遊んだ子どもの記憶、あるいは残像の
ようなものじゃないかって・・・だから、怖いとは思わなかったです。

はい、ほとんどの施設で、そういうものを感じました。男の子も
女の子もいましたし、年齢もまちまち。大人がいたことも
あったんです、若い女性でしたけど。それらの場所はすべて同じ
カメラで撮影し、データを老人に渡しました。結局、1年間で
25ヶ所ほどを回り、中にはプールのような施設もありました。
でね、残りの300万をいただき、老人から、「さぞ変な依頼だと
思ったことでしょう。別に秘密のことをしているわけでは
ないんです。もう少しで完成ですから、あなたもちょっとだけ
ご招待しましょう」そう言われたんですが、どういうことなのか
よくわかりませんでした。でね、2週間後くらいに、最初に会った
老人のうちのもう一人の方が僕のアパートを訪ねてこられて。

そのときもスーツ姿でしたが、いただいた名刺を見て驚きました。
ここで名前を出すのは控えますが、さる有名な神社の宮司さん
だったんです。宮司さんは「あんな奇妙な仕事をしたわけを
お知りになりたいでしょう。じつはですね、あの方、さる会社の
会長職をしておられて。でも、バブルのときに事業はダメに
なってしまい・・・まあでも、大損をしたわけではないんです。
もっとお気の毒だったのが、一人息子の家族が交通事故に
遭われて、そのとき息子さん夫婦と、孫の5歳の女の子が
亡くなってしまわれましてね」こう言い、「それでね、私の
ほうにご依頼が来て、もう一度だけ、息子さんの家族に会いたいと。
まあね、そういう方法はいくつかあるんですが、

このたびはバブルの夢を使わせてもらおうと思いつきまして。
お孫さんは遊園地がたいへんにお好きだったようですし」
そう続けて、一枚の切符・・・入場券のような、神社の護符が
混ざったようなものを渡されたんです。「これを枕の下に敷いて
寝てください」言われたとおり、その日は酒を飲まず、
12時過ぎに布団に入り、すぐにリアルな夢を見たんです。真新しい
遊園地に立っていました。遊具はどれもピカピカで、ただ、
みなアルバイトのときに僕が撮影したもののようでした。大観覧車
があり、それを見ていると、あの老人と若い夫婦、そして女の子が
一人乗り込むところでしたが、ドアが開いたときに僕のほうを見て、
ゆっくりとおじぎをされたんです。そこで・・・夢は終わりでしたね。

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