☆☆ あなたのシニアライフは豊かになりますか? ☆☆


■20150531 5月最後のラン

今朝は日差しのまぶしい

いい日になりそう

まずは、スタート前のストレッチだ

そうだ!

今日は梅雨入りを先回りして

アジサイ寺を訪れよう!

有名な三寺巡り  

明月院

長谷寺

成就院

かな

さあ、まずは明月院へ・・・・

01扇川沿い花.jpg
扇川沿い

ここの川で毎年6月上旬に蛍が舞うんだ。

今年も楽しめるかな?

そうそう、近くの畑横

ホタル袋がいっぱい咲いてた

ほんとに、この中に蛍は入るんだろうか(笑)

02ほたるのやかた?.jpg
ホタルブクロ


久しぶりにやってきました

北鎌倉

まだ あさ 早いので静かですね

アジサイも すっかり 観光客の準備ができてる

03明月院通り.jpg
明月院通り

来週あたりがみごろかな

いろとりどりで あざやか

04 明月院通り2.jpg
明月院通り奥



予想通り まだ 開門してない

9時から16時までが開門時間か

奥には 階段の両サイドに

いっぱいのアジサイで覆われる

05明月院山門前.jpg
明月院山門前


山門前に 

ひときわ元気で鮮やかなアジサイを見つけた

06 山門にさくあじさい.jpg
山門前のあじさい


これも いいね

あと少しで 見頃だ

07さんもんまえさく2.jpg
山門奥





さあ、海へ向かおう!

まずは途中 建長寺


これは建長寺 西外門の額

“天下禅林”とは

「人材を広く天下に育成する禅寺」との意味

建長寺を象徴する言葉のようだ

08建長寺 天下.jpg
建長寺


今度は総門

建長寺の山号 「こふくさん」

総門を見上げると 掲げられた「巨福山」の額

大きく威厳のある書体で掲げられている

よく見ると 巨の下に点がある(^0^)

09建長寺 こぶくろやま.jpg
巨福山

10総門案内.jpg
総門案内


こぶくろトンネルをくぐって

八幡様裏手の石碑

二十五坊旧蹟 (にじゅうごぼう)

こんな石碑  鎌倉には89か所もあるようだ

これからのランニング 見かけたら

撮り留めてみよう (⌒~⌒)


二十五坊旧蹟
11二十五坊旧蹟.jpg
二十五坊旧蹟
(碑文説明)
この場所は、源頼朝の時代から、八幡宮の僧侶が住む二十五坊区域と、僧官が住
む別当坊などがありました。あの実朝を殺し、その首を手にした別当公暁(くぎ
ょう)が隠れたという後見人の阿闍利(あじゃり:規範師)の住居もまたこの場所に
ありました。 1400年頃、坊の呼び名を院に変えました。戦国時代に入ってから
は、鎌倉管領(かんれい)のおとろえと共に各院ともしだいに減って、1592年頃に
はわずか7院だけになりました。1600年頃に徳川家康が5院を再興して12院になり
ましたが、 明治維新の後はついに全て無くなりました。




まずは本殿 お参り

八幡宮からの見晴し

いつ眺めてもいいね

晴天だと海まで望める

きょうは、ちょっと見えないけど・・・

12鶴岡八幡本殿前.jpg
八幡様本殿前


今日はイベントあるんだろうか

まだ 人通りの無い 参道の両脇

こんぺいとう

ぎんなん

かき氷 

夏まじか!

13山門出店.jpg
参道出店


左方向へ

源平池前

ひ鯉が近くに見えたので

急いで写真撮ろうとしたら

逃げてった (◞‸◟)

すこしだけ映ってるかな

あと一月あまりで、ハスの大きな花が楽しめそう (^▽^)

14源平池の鯉.jpg
池ひ鯉


八幡様西

畠山重忠邸址 (はたけやましげただていあと)
15畠山石碑.jpg
畠山石碑
(石碑説明)
1199年5月、源頼朝の娘が病気にかかり、
これを治すために、
当時一番の名医といわれた
丹波時長を京都から呼びよせました。
吾妻鑑(あづまかがみ)によると、7日に時長が、
中原親能(ちかよし)の亀が谷(かめがやつ)の家から、
畠山重忠の南御門(みなみみかど)にある宅に移動した、
と書いてあるが、この場所が南御門のその家のあった跡。



これ

勇ましくて りっぱな姿だ

めずらしい

なんて花なだろうか?

16さぽてんかな.jpg
さぼてんかな



となりに びょうやなぎ

この花も今が咲き頃

思わず 足を止めて

眺めてしまった

17これはたしか・・・.jpg
びょうやなぎ


こんどの石碑は

若宮大路幕府旧蹟 (わかみやおおじばくふきゅうせき)
18鎌倉幕府.jpg
若宮大路幕府鎌倉幕府
(石碑説明)
鎌倉幕府は初め大蔵にありましたが、
1225年頼朝の妻の政子が亡くなると、
将軍藤原頼経(よりつね)は
幕府を宇津宮辻(うつのみやつじ)に移動させました。
その11年後の1236年には更にこの場所に移動させました。 
それ以後98年間、頼経(よりつね)以後六代の将軍が
相継いでここで政治を行いました。 
1333年新田義貞(にったよしさだ)が
鎌倉に攻め入ったことにより亡びました。





こんどは

おんめさまに到着

いつものように ここでも まずはお参り

これはおんめさまの境内に咲く

びょうやなぎ

20おんめさま黄色花.jpg
びょうやなぎ




絶妙なスナップ

気に入っている一枚だ

21おんめアジサイ.jpg
ガクアジサイ


かわいい 色と紫の可憐な花

白丁花(はくちょうげ)と言うようだ

22白丁花.jpg
白丁花



もう、こんなにおおきなハスの葉に!

そろそろ ハスが花を着ける時期が近づいてるかな

23ハスの葉.jpg
ハスの葉


これは アジサイの仲間なんだ

柏葉(かしわば)アジサイ

葉っぱが柏の葉と良く似ていて

落ち着きのある重厚なアジサイ

24これはアジサイの仲間.jpg
かしわばアジサイ



今度は

可憐な黄色い 小さな花を咲かせてる

麒麟草(キリンソウ)

最近 常緑キリンソウが開発されて

屋上緑化に活用されているようだ(^0^)

・・・・

でも、これは 冬に枯れてしまうだろう

25麒麟草.jpg
麒麟草



がくアジサイとさつき

いい色合いだ

26あじさいとさつき.jpg
アジサイと皐月

ここまでは おんめさま

いつも 時間を忘れてしまいそう




さあ、進もう

若宮大路を海岸方面へ進むと・・・


畠山重保邸址 (はたけやましげやすていあと)
26畠山あと.jpg
畠山重保
(石碑説明)
畠山重保は重忠の長男
以前、北条時政の婿の平賀朝雅(ともまさ)と争いになった。
朝雅はその恨みを忘れず、重保父子を時政に悪く告げ口をした。
時政も、重忠が頼朝の遺言(ゆいごん)に従って
頼家を保護するの恨んでいたため
なにかあれば殺してしまおうと思っていた所
そこで将軍実朝の命令が出たので兵を出し、重保の邸を囲み
重保もよく闘いましたが殺されてしまった。
時は1205年6月22日で、この場所はその屋敷跡です。
次の日、重忠も同じく、 だまして呼び寄せられ
武蔵(むさし:神奈川東北部)の国の二俣川で討ち死。


ちょっと 重苦しい石碑の後

かわいいショウウインドウ

28ウインドウかわいい.jpg
ウインドウ


ここから西の長谷方面へ

文学館交差点近く

染屋太郎大夫時忠邸址 (そめやたろうだゆうときただていあと)
30染谷2.jpg
染屋太郎大夫時忠邸址
(石碑説明)
染屋時忠は、藤原鎌足(かまたり)の4代目の子孫に当たり、
父親は奈良東大寺の僧の良弁(りょうべん)であります。
文武天皇の時代(697-707)より聖武天皇の時代(724-728)の間、
鎌倉に住み、関東諸国の総司令官でありました。
また東北地方も安定させた。
また由比長者といわれたそうですが、詳しいことは分からない。
ここの南の方に長者久保と言う地名があるのは、
屋敷の跡であるといわれています。
また甘縄神明宮の甘縄院は時忠が建てたものと伝えられている。


鎌倉幕府前の古い歴史だね


続いて

かっこいい看板

行きつけの動物病院だ

いつも お世話になりっぱなし

平日 何か心配なことがあれば

ママさん ワンコバギーで連れてくる o(*′▽`*)o

お泊りも ここだ

31いきつけの動物病院.jpg
長谷動物病院 看板


サマーバザール案内

光則寺にて あるようだ

平日なんで いかれそうもないや ・・・

かわいい ポップだな

32サマーバザール案内.jpg
サマーバザール案内



いよいよ 二番名 アジサイで有名な古刹

人気の長谷寺に到着

お寺の開門は8:00

ちょうど お寺の鐘が鳴ってた

もう受付で 参拝客が 何人も並んでる


さすが、この時期の超人気寺 古刹

たくさんの参拝者が訪れてます

ここの一番のお気に入りは この提灯

境内には 観音様の他にも・・・・いろいろ

33長谷寺門前.jpg
長谷寺門前


境内を覗いてみました(汗)

34長谷寺境内.jpg
長谷寺境内


門前脇のポスター

境内のぎやかなアジサイを

想像させる(去年のアジサイだ)

35長谷案内.jpg
長谷寺ポスター


さてと  あとは最後の

アジサイスポットに向かおう!




かわいらしい観音前バス停

ここから右へ曲がると 御霊神社

ちょっと  寄ってみよ

36バス停長谷観音.jpg
長谷観音バス停


御霊神社 山門前には江ノ電が横切って

有名で写真スポット



実は境内奥に

こんなりっぱな 夫婦銀杏

37夫婦銀杏案内.jpg
ご霊神社夫婦銀杏案内


見上げると

ほんと、なんとなく 

ほんわかした 空気が漂ってる感じ

38めおと銀杏.jpg
夫婦銀杏


御霊神社を後にして

この石碑 ブラタモリ2 で放送してた


はせかんのんへのちかみちだよ

御餅屋さんの前
39長谷寺ちかみちあんない.jpg
はせちかみち石碑


こちらは反対から
40ちかみち反対側.jpg
裏側


かまくらの井戸 十井戸の一つ

星月井 (ほしづきのい)
41星の井戸.jpg
星井戸石碑
(石碑説明)
この井戸は鎌倉十井(じゅっせん)のひとつ。
星月夜(ほしづきよ)の井とか、星の井とも言う。
この地域の名前は坂の下
昔この付近は、木が多く昼でも暗いほどだったので、
星月谷(ほしづくがやつ)と言いましが、
その後、星月夜に変化した。
井戸の名前は、多分ここからきた。
またここの土地の多くの老人は、次のような話を信じている。
昔はこの井戸の中に、昼間でも星の影が見えたので、
この名前が付いていたが、近所の者が誤って包丁を落してからは、
星影がみえなくなったという話。
1600年6月に、徳川家康が京都より帰る途中、
鎌倉を通り、この井戸を見たことがありました。
その時以来世によく知られるようになった。
水質は清く冷やかで、飲むのに最適です。

家康さんは凄いですね。

場所は坂ノ下7付近で,虚空蔵堂へ登る階段口の前の東

42星井戸外観.jpg
星井戸外観


ここから 極楽寺坂を登る手前

最後のアジサイスポット 成就院

さあ 登ってみよう

階段は108段


山門まで登っていく途中

あれれ??

なんと、参道の両脇に

毎年 あふれんばかりのアジサイが

全く見当たりません(泣)

なぜか、伐採してある!!

参道工事中

今年の成就院 アジサイはお預け

43成就院1.jpg
成就院

でも 振り返り 

由比ヶ浜を望む景色は 健在

もう、サーファーが出ているのが見える

ここも、絶景スポットの一つです
44成就院2.jpg
成就院から由比ヶ浜望む


山号は普明山
45山門の額.jpg
山門の額


なでかえる [善心廻幸] 

愛らしい姿に心なごむ

かわいい
46なでかえる.jpg
なでかえる



さてと、あとは折り返し地点まで

進もう

途中、極楽寺前

ここのあじさいも 少しだけど りっぱ

47極楽寺あじさい.jpg
極楽寺あじさい


お寺の右となりのレトロなショップ

ウインドウにかわいらしいアロハシャツ

ちょっぴり お気に入りかな

似合うかな

48ショップ前.jpg
アロハショップウインドウ

極楽寺前

駅は静かだ
49極楽寺駅前.jpg
駅前



白いがくあじさい

稲村ケ崎駅に向かう途中
50江ノ電沿線アジサイ.jpg
江ノ電沿線アジサイ


新田軍の塚

十一人塚 (じゅういちにんづか)
51十一人塚.jpg
十一人塚
(石碑説明)1333年5月19日に、
新田義貞(にったよしさだ)軍は、
大館宗氏を武将として、
極楽寺坂から攻め入ろうと準備している時に、
鎌倉側の武将である本間山城左衛門が大館の本陣に切込んだ。 
その結果、宗氏とその部下11人が戦死した。 
その遺体をここに埋め、十一面観音の像を建ててその魂を祭った。
それゆえ十一人塚と言うと伝えられている。



みずなしかわから海を臨む

52水無し川.jpg
水無し川から海望む


折り返し点まで あと少しだ

七里ヶ浜へ向かう 途中

江ノ電が通り過ぎて

その先に江の島が望め

海が広がる

52水無し川.jpg
江ノ電七里


ダブルドアのすぐ近く

こんなにたくさん すすき?!

まだ 梅雨前なのに

秋が同居しているようだ
54すすきかな.jpg
すすきかな



折り返し地点 行合橋  

到着

55行合橋前.jpg
行合橋



何度来ても ここは いいね

ただ、工事 はやく完成してほしいな
56七里からのぞむ.jpg
七里から望む


帰り道

江ノ電と遭遇

57帰り道江ノ電.jpg
帰り道江ノ電



今日もこれ

見るとなんとなく 嬉しくなれるね

58きれいな海.jpg
帰り道きれいな海


あとすこしで稲村ケ崎

59稲村ケ崎.jpg
稲村ケ崎


ここまでの記録は

どうかな?

60稲村までの記録.png
稲村タイム


言わずと知れた稲村ケ崎

稲村石碑
61稲村石碑.jpg
稲村石碑
(石碑説明)
今から666年前の1333年5月21日に新田義貞が鎌倉に攻め込むには
陸からは難しいので、この稲村ガ崎の岬を回ることを考えた。
そこで、海の神に海水を退けてもらおうと
金製の刀を海に投げて祈ったと伝えられているのはこの場所。

なるほど 勝利の刀かぁ


よし 進もう!

あっ もう食べごろかな

だれも 採らないだろうね

62くわのみ.jpg
くわのみ



由比ヶ浜までやっと

戻りました

63由比ヶ浜.jpg
由比ヶ浜


そうか、鎌人いち場 今日なんだ

もう 準備始まってる

あとで、ママさん愛犬とこよう

63一場.jpg
鎌人いち場準備中


公園の回り中がイベント準備中だ

今日はあとで来ましたが、

スペイン料理(パエリア)とビール頂きました!稲村石碑

暑かった(◞‸◟)

64一場準備中.jpg
海浜公園

ここからは一気に戻りまーーす

ゴールは今日も ここ寿福寺

寿福寺前にある 

源氏山(げんじやま)石碑
65寿福寺前石碑.jpg
寿福寺前石碑
(石碑説明)
源氏山はその前は武庫(むこ)山と言って、亀ヶ谷(かめがやつ)の中央にあって、
形が勝れているため亀谷(かめがやつ)山とも言ってた。
源頼義(ともよし:988-1075)、源義家(よしいえ:1039-1106)の親子が
東北地方に征伐(せいばつ)に行く時、
この山に旗を立てたことにより、旗立山ともいい。 
山の麓(ふもと)の寿福(じゅふく)寺付近は、
昔から代々源氏の邸宅であったと伝えられていた。
源氏山の名前はそこからきたのかも知れません。 
旗竿(はたさお)を建てたと伝えられる跡が今なお残っている。

(跡って どこにあるのかな?)




記録はあまり、改善していないなぁ・・・・
66ゴール記録.png
ゴール記録


67寿福寺.jpg
寿福寺山門


きょうは アジサイ巡りと石碑めぐりのランニング

来週も 石碑めぐりのランニングかな?

フルマラソン挑戦の道  ぐゎんばるのみ・・・・ 

また、続きます・・・・(⌒~⌒)


(石碑出典:鎌倉史跡碑


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