何がバグなのかは、本人にもよくわからない設定になっています。

 

でも、20年、30年、40年・・・と生きているうちに、 自分の弱点を絶妙に突いてくる課題が次々と現れるので、それをひとつひとつクリアすることがバグを埋めることになります。

 

怒り、悲しみ、嫉妬・・・それらの感情から目をそらさずに味わい、満腹のところまでくると、不思議なことに希望の光が見えてきます。

 

その段階になって初めて、自分にとってゆるぎないポジティブ・シンキングができるようになります。

 

多くの著名人が、前向きに考えることをブログや著書で奨励していますが、彼らもこれ以上食べられないほど、ネガティブな感情で満腹になった経験を持っていることを、念頭に入れておくべきだと思います。

 

それを読んだ人が、その手前の段階でいるにもかかわらず、彼らと同じ行動をとっても、期待するような結果を得られないのは当然のことなのです。 

当時、私は中学生だったが、その頃のNHK全国合唱コンクールの高校の課題曲だったと思う。

 

「排他性」という、初めて耳にする言葉が、合唱の歌詞に使われていたことに軽いカルチャーショックを受けた曲だ。

 

 

 

悩みをほかに打ち明けても 

 

それが軽くなるわけではないと知ったとき

 

人ははじめて 大人になる

 

 

 

このフレーズは、これまでの人生で何度思い出してきたことか。

 

YouTube【走る海】 

思考が実現すれば、だれも苦労はしませんぜ。

 

自分が「成功者」と思っている人、「思ったことが現実になる」と思っている人は、ただ単に今生では運が良かっただけの人。

 

早死にすることもなく、不治の病に倒れることもなく、妻(夫)や子が死ぬという目にも遭わず、仕事(行き詰まりや挫折を含めて)に全力を注いで老人まで生きてこられた恵まれた人です。 

 

そもそも、 

 

 

”思い描くことが具体的であればあるほど実現する可能性が高い”

 

 

とか言ってますが、これってどうでしょう。

 

宝くじを買った日にゃ、何千何万という人たちが、当選金の使い道について、今まさに目の前で展開しているかのようにあれこれ思い描くことができますが、その人たち全員が当たることはありません。

 

まあ、つまり

 

 

”宝くじに当たることは「成功」とは言わない”

 

 

ってことなんでしょう。

 

確かに、自分にやりたいことがあれば、 ”具体的に思い描く”って簡単だと思うんです。

 

目的地を設定すれば、ナビが正しく誘導してくれるということと似てるところがありますから。

 

しかし、その一方、自分でも予期していないことがふと頭の中に浮かんで、それがのちのち実現してビックリするということもあります。

 

私は、良くも悪くもそういう”ふと”思ったことが多く実現しています。

 

高校生のとき、休み時間にぼーっと校庭を眺めていたら

 

 

「あ~、あたしって、中古でも外車に乗るようになる」

 

 

と思ったんです。

 

車なんかほとんど興味もなかったし、もちろん免許も持ってないときです。

 

それが、今、現実になってます。

 

努力もへったくれもありません、外車好きの元夫と結婚することになって、もれなく外車も付いてきたというだけです。

 

で、離婚した時にはその時私が乗っていた外車をもらって、今も乗ってる。

 
ただそれだけなんですが。

 

ほかにもこういうことがいくつもあったので、”思考が現実をつくる”という努力にはいささか懐疑的です。