『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ(下)』を読みました。
著者は富野由悠季監督。
カバー・本文イラストは美樹本晴彦氏。
最終巻。
オーストラリアで開催される、地球連邦政府の中央閣僚会議へ攻撃を仕掛けるマフティー。
防衛線を敷き迎え撃つケネス・スレッグ准将。
ハサウェイ・ノアの操るΞガンダムと、ペーネロペーの対決。
地味だった前巻は〝溜め〟とばかりに、派手な戦闘シーンが展開します。
戦闘シーンの書き方(描き方、ではない)で気になったのが、各機のパイロットに視点が頻繁に移り変わること。
シームレスな視点人物の変更は読者に混乱をもたらす恐れがあるので、小説的には少し疑問ですが、ここで想起されたのが、アニメの戦闘シーンにおける、パイロットの顔が画面にカットインしてセリフをしゃべる〝富野演出〟。
これ、画面上に、同時にふたつの〝視点カメラ〟が存在することになるわけですよ。モビルスーツ同士の動きや位置関係を〝客観カメラ〟で視聴者に提示しつつ、キャラクターの〝主観カメラ〟でそのキャラの心情を吐露させる。
二つの視点が同時に存在するという、小説では不自然な状態も、映像だと矛盾なくひとつの画面におさまります。
この〝富野演出〟を小説に移植すると、本作のような書き方になるのかな、と思いました。
富野監督、絵コンテを切るような感覚で戦闘シーンを執筆しているのじゃないかしら。
本作の戦闘シーンが村瀬修功監督によってどのような映像に結実するのか。映画第三部を目撃できる日を心待ちにします。
そして訪れる、奈落へ突き落とされるかのような結末。
静謐と悲壮が縒り合わさりながら、ハサウェイを運命の終着点へ運んでいくラスト・シークエンスを描き出す筆力は見事。
これは泣いちゃうね。
喪失の痛み。
傷が癒えるのに長い時を要することを絶望ととるか、長い時の果てに癒しが待っていることを希望ととるか。
面白かったです。
