「あの男」を読みました。
芸術家志望の主人公は、現実に押しつぶされ、ニューヨークに来たのはまちがいだったと思うようになった。
芸術家の集まる場所と聞いてグリニッジ・ヴィレッジに移り住んだが、自称芸術家のニセモノばかりだった。
絶望し、古い路地の探索に慰めを見出していたそんなおり、ひとりの男と出会う。
男は主人公を同好の士と見抜き、面白いものを見せてやるからついて来いと誘う。
迷宮のように入り組んだ路地を抜け、男に連れられて到着したのは、塔のある古い屋敷だった。
男は、インディアンから学んだ秘術を使い、塔の窓から、ニューヨークの過去と未来の姿を見せる。
恐ろしい未来の景観に主人公が悲鳴をあげると、屋敷の地下から、虐殺されたインディアンの亡霊がよみがえり、男を連れ去って消えた。
主人公は命からがら逃げ出し、屋敷は倒壊した。
主人公は二度とその場所を訪れることなく、ニューヨークをあとにし、故郷へ帰った。
巻末の作品解題によると、ニューヨークでの結婚生活が破綻し、妻と別居していた時期に書いた作品なのだそうです。
同時期(1925年8月)に書いた「レッド・フックの恐怖」で、結婚はクソだよ! と心の叫びを解放したラヴクラフトは、本作において、ニューヨークはクソだよ! と叫んでいるわけです。
ラヴクラフトの作品では、恐怖体験をした者が発狂するのがひとつの定型となっていますが、本作は例外で、主人公は健常な精神を維持したまま帰郷しています。
そこにラヴクラフトの願望と決意が反映されていると見るのは、おそらく的外れではないでしょう。
本作の恐怖描写は、個人的に好きです。
インディアンの亡霊が、主人公たちのいる部屋のドアを、外からどんどんと叩く。
開かないとわかると、金属製の何かを木造のドアに叩きつけ、内側に割れたドアのすき間から斧の刃が覗く。
破れたドアから、定まった形をもたない漆黒の巨大なものが、油が流れるように入ってきて、男を包み込んでしまう。
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情景が浮かびますなあ。
実にいい感じです。
未来のヴィジョンでは、ニューヨークには、巨大な黒いピラミッドがそびえ、翼をもつ異形のものが空を飛んでいる。
ニューヨークに何があったんや!?
そういえば、菊地秀行センセ(敬愛度:センセ > 先生)には、『魔界都市〈ニューヨーク〉』という構想があるらしい。
いまだ小説として形をなしていない。
そろそろ実現してくれてもいいんですよ。
それとも、そのアイディアは、『妖獣都市 ニューヨーク魔界戦』で消費してしまったのでしょうか。


