『バキ外伝 花のチハル』全3巻を読みました。
著者は尾松知和先生。監修:板垣恵介先生。
「刃牙」シリーズのスピンオフ作品。
主人公を務めるのは柴千春。
正直に告白すれば、初めてこの企画を目にしたときの感想は、「柴千春でどうやって話を作るんだよ!」でした。
格闘技の猛者がひしめく刃牙ワールドにおいて、柴千春は格闘技の素人である。
素性は、暴走族の特攻隊長。
彼が普通人と懸絶しているのは、気合と根性においてである。
なみはずれた精神力――ド根性で、喧嘩を制してきた。
しかし、いくら喧嘩なれしているとはいえ、根性だけで上位にのぼれるほど、刃牙ワールドは甘くない。
一体、柴千春は誰と闘うのだろうか。
誰と闘えば、刃牙のスピンオフとしてふさわしい、面白い物語になるのだろうか。
マッチメイクは、まったく予想がつきませんでした。
柴千春の対戦相手は――龍書文(ろんしょぶん)。
え、龍書文?
マジ?
いやいやいや、無理ゲーだって。
龍書文は、中国拳法の達人である。
台湾の裏社会のノールール試合で、25年間無敗を誇る。
『バキ』の「大擂台賽」編で、中国拳法の最高位・郭海皇が名指しで招聘した実力者である。
素人がド根性だけで勝てる相手じゃない。
柴千春が瞬殺されて終わり――ふつうに考えれば、こうなるはずである。
ところが。
そうはならなかったのである。
ネタバレは避けるが――「いい勝負」になり、奇蹟ともいえる結末にたどり着いたのであった。
力説したいのは、その結末にいたる過程に、説得力があったことである。
「ご都合主義」だとか「主人公補正」だとか、そんな言葉は微塵も脳裏に浮かばなかった。
何だ、これは。
すごいぞ。
この漫画、スピンオフ作品として、すごいことをやっているのではないか。
そのすごさを説明するには、少し抽象的な書き方をした方がいいように思う。
柴千春 VS. 龍書文――。
このマッチメイクが意味するところは、「読者が解決方法を思いつかない困難な状況の提示」と言えよう。
柴千春が龍書文に勝つ未来が想像できない――。
だからこそ、読者は、興味を掻き立てられてやまない。どうすんの、これ? と。
そこに作者は、読者の想定を超える「解決方法」を提示してみせたのである。
その解決方法が、支離滅裂なものであったなら、読者は落胆したであろう。何だ、これ? と。
しかし、さにあらず。
読者の想定の外にありながら、実際に提示されてみれば、なるほどと膝を打ちたくなるような、理にかなった解決方法だったのである。
ロジックがちゃんとしているんですよ。
柴千春が瞬殺されなかった理由――。
柴千春の攻撃が、超A級の武術家である龍書文に当たる理由――。
そのどれもに、筋(ロジック)が通っている。
だから、その解決方法が紙面で描写されたとき、読者は、「そうきたか!」「その手があったか!」と気持ちよく予想を覆されるカタルシスを味わうことができるのである。
まさに、「予想は裏切り、期待は裏切らない」(←『バキ』連載時のキャッチフレーズ)を実行していると言える。
この作品がスピンオフとして「ちゃんとしている」のは。
正しく本編の影響下にある点である。
キャラクターと設定を借りただけの「番外編」に終始するのではなく、本編との意味のあるつながりを維持している点を評価したい。
本編とのつながりという点で、時系列が明瞭になっているのは、読者として理解しやすく、ありがたいことである。
ストーリー内の描写から、シリーズ第4作『刃牙道』以降の話であることがわかる。
特筆すべきは、単に時系列がはっきりしているだけでなく、キャラクターが本編から経過した時間に応じた成長を遂げている点である。
龍書文の初登場は、シリーズ第2作『バキ』であった。
そのとき彼は、ビスケット・オリバと対戦し、敗北している。
それから時は流れ、本作において柴千春の前に現れた龍書文は、オリバ戦で露呈した弱点を克服した、〝成長を遂げた〟龍書文であった。
この成長した部分が、ストーリー内で意味を持つように構成されているので、「ちゃんとしている」と私は言うのである。
一方の柴千春は――。
シリーズ第3作『範馬刃牙』において、刃牙と闘っている。
そのとき刃牙が見せた技術を、柴千春は模倣し、龍書文にぶつけるのである。
もちろん、柴千春に、刃牙ほどの格闘技の才能はない。
見よう見まねで刃牙の技術を再現できるはずもない。
だが、そこに彼の「桁外れの根性」が加わったとき、意外な化学変化が生じたのである。
このときのロジックが素晴らしい。
そのロジックは、すでに刃牙ワールドに存在しており、読者にとって既知のロジックであったからである。
そのロジックを、この場面に適用するのか!
本編を知っている読者ほど、驚嘆し、喜ぶはずである。
本編のロジックを利用し、読者を納得させるギミックとしてストーリーに組み込む。
スピンオフであること自体に意味があるストーリー展開。
これほど「ちゃんとしている」スピンオフも、そうはあるまい。
もう少し付け加えると。
『範馬刃牙』において、刃牙は、柴千春に対し、〝柴千春の闘い方〟を模倣してみせている。
「範馬刃牙による千春流の闘い方」によって、本家の柴千春に敗北を認めさせたのであった。
本作では逆に、柴千春が、「柴千春による刃牙流の闘い方」によって龍書文に挑んでいる。
いわば、本編へのアンサーになった形である。
こういうファンサービスができるのも、スピンオフの持ち味であろう。
長くなったので、あとは簡単に。
絵柄や、ナレーション――俗に「板垣節」といわれる刃牙っぽい言い回し――も、本編そっくりで、違和感がありませんでした。
本作はかなり完成度の高いスピンオフ作品ですぞ。
面白かったです。


