将門記
◇ 芦津江の遭難(1)
その日、将門の妻たちを乗せた船は、彼方の岸に寄った。
このとき、例の敵たちは、密告者の手引きによって、その船を捜し当て、捕獲したのである。
七、八艘ばかりの船内には、掠奪されるところとなった雑貨や家財が、三千余点も積んであった。
将門の妻子も同様に奪われてしまった。
そうして二十日(9月27日)には、上総国へ連行された。
妻は連れ去られ、夫である将門はひとり取り残されて、その憤激は並大抵ではなかった。
身体は生きたまま、魂は死んだようなありさまであった。
将門の妻はといえば、家を離れての宿泊には慣れていなかったものの、どうにかして眠ろうとした。しかし、嘆きと憤りのせいで、どうしても眠ることができないのであった。
【解説】
このくだりでは、妻を表す単語として「婦」「妻」「妾」が用いられ、いずれも「メ」と読ませている。
「妻子も同様に奪われてしまった」について。
原文では「妻子同じく共に討ち取られぬ」と記す。
「討ち取られた」を、言葉どおりに「殺害された」と解釈すると、この討ち取られた妻は、すぐ後段で上総国へ連行された妻とは別人ということになる。
別人か同一人物か、議論のわかれるところであるが、テキストにしたがって同一人物とし、上掲のごとく訳した。
【メモ】
個人的には、殺害された妻と、拉致された妻の、別人ふたりが船に乗っていたと解釈しています。
前者は、平真樹の娘である「君の御前」。
後者は、平良兼の娘。
良兼は、親の反対を押し切って将門に嫁いだ娘を、奪い返したかった。戦の動機には、そのような個人的感情も、いくぶん混じっていたような気がします。
そこで、良兼自身は上総国へ帰ったあとも、配下の者に娘を捜索させていた。
配下の者たちは、密告者の力を借りて娘を捜し当て、使命を果たすことができた。
湖上にあった妻たちが、なぜ船を岸に――それも将門のいる陸閑とは別の方へ――寄せたかは不明ですが、このシーンを小説に書くとするなら、敵が将門のふりをして合図を送った、としたいところ。
良兼が欲したのは自分の娘の身柄のみであり、仇敵である平真樹の娘については、配下に確保を命じていなかったので殺害された、とすると、「討ち取られた」という表現があることに、筋が通る気がします。