◇第150話◇ 気づき  【鬼滅の刃・感想】 | 物語の面白さを考えるブログ

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第百五十話の扉絵は義勇さん。――を、見ていて気付いたのですけど……。

前に、義勇さんの頭が四角い、という話をしました。(過去記事⇒

この人、胴体も四角いですわ……。

まるで大河原邦男デザインじゃないですか。(何のこっちゃ)

 

さて、本編。

無闇に刀を抜くのが好きではない義勇さん。

そんな彼も、猗窩座ほどの強敵と対峙したことで、閉じていた〝感覚〟が半強制的に

開かれ、ついには痣を発現させます。

「感覚を開く/閉じる」という言い方を吾峠先生はしていますが、初読時は理解しにくくて、

ちょっと引っ掛かりました。

私なりに咀嚼して言い換えると、「仕事勘」のようなものではないかと。

ダラダラとすごした休日明け、仕事に行くと、仕事に対する反応が鈍いこと鈍いこと。

ところが、エンジンがかかると、多忙でも、瞬時にやるべき事の優先順位を定め、

テキパキと対応できるようになる。休日のぐうたらモードとは段違いのスピードで

動けるようになるのです。「仕事勘」が起動し、機能したおかげです。

優先順位を決められるのは、やるべき事の本質を理解できているから。

だから、完了までの手間と時間を概算できるし、無駄な動きもしないで済む。

一朝一夕でこうなったわけではありません。

やるべき事の本質を掴むまでは、試行錯誤の積み重ねです。

失敗と小さな成功をくり返すことで、何が無駄で、何が必要なのか、必要な要素同士でも、

組み合わせ次第で効率化したり、非効率になったりすること、などが、徐々に理解されます。

十分に理解が深まって、初めて、無駄な動きを省くことが可能となるのです。

義勇さんも、剣士としての研鑽と実戦という土壌ができていたからこそ、

猗窩座のような強敵に対応するためには、何が必要で何が無駄かを瞬時に、感覚的に、

判断できたのでしょう。その結果としての痣の発現なのだと思います。

 

痣状態となり高速化した義勇さんの動きにも、猗窩座はすぐに順応します。

それを見て、炭治郎は推理を続けます。羅針盤のように正確な猗窩座の動きの秘密を。

〝絶対に思考を放棄するな〟と自身に言い聞かせるところが、個人的にツボです。

素晴らしい胆力と理性です。実にいい。

ヤケクソになっては、勝てるものも勝てなくなります。

勝ち筋を発見するまで、考え続ける。

頭脳を明晰に保つためには、焦りは禁物。心を落ち着かせるのが肝要。

響凱と戦ったときは、攻撃を回避するので手一杯で、頭を使う余裕がありませんでした。

那田蜘蛛山では、累に奪われた禰豆子を取り返すべく、頭にのぼった血を静めました。

魘夢が汽車と融合した特異な状況には焦りましたが、煉獄さんのアドバイスで、冷静に

急所を見極めることの大切さを学びました。

妓夫太郎と半天狗戦では、敵の特性と勝利条件を看破することが勝負を決する

キーポイントであることを学習しました。

こうして戦歴を概観すると、炭治郎の内部に、戦いに関する十分に深い知見が

蓄積されていることが理解されるでしょう。

その土壌に、伊之助との何気ない会話が種となって落ちたとき、気付きが開花しました。

一見、無関係だと思われた、バラバラだった事柄が、一本の線で結ばれ――

 

(そうか あれだ)

 

何かに思い当たったところで

次回へ続く!

 

 

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