判明! 竈門家の場所(と、ついでの三峯神社)【追記あり】 | 物語の面白さを考えるブログ

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公式ファンブック「鬼滅の刃 鬼殺隊見聞録」により、鬼滅ファンのごく一部で議論の対象となっていた竈門家の場所が判明しました。

 

      

      手を繋いでいるのがいいよね

 

公開された炭治郎のプロフィールに、出生地が記載されていました。

 

・東京府 奥多摩郡 雲取山

 

まさかの東京出身! もっと田舎者かと思っていました。

 

雲取山(くもとりやま)は、東京都、埼玉県、山梨県の境に位置する、標高2017メートルの山。東京都の最高峰・最西端の山です。

 

雲取山という名前におぼえがあったので、記憶を探ると、三峰神社(埼玉県秩父市)に参拝したときに目にした名前だと思い出しました。

画像フォルダから証拠写真を発掘しました。

 

三峰山駐車場近くにある案内板。

 

拡大。「雲取山登山道」の文字が確認できます。

 

このルートだと、雲取山まで、登りで約5時間20分を要するそうです。

他に、主要な登山ルートとして、山梨県丹波山村からのルート、東京都奥多摩町からのルートがあります。

 

写真は、案内板のある道路から、南南東――雲取山方面を撮ったもの。

日時は2016年11月14日午前6時36分。

写っている稜線は雲取山ではありません。

その向こうに竈門一家の暮らす場所があります。聖地巡礼してみる?

 

カメラを右方向――西南西へ向けると――

雲取山のお隣の、和名倉山(わなくらやま)方面の景色。

和名倉山は、別名、白石山(しろいしやま)とも。

何となく、炭治郎と禰豆子の育った山の雰囲気が感じられたのではないでしょうか。

 

竈門家の場所が雲取山だと判明したわけですが、そうなると、「冨岡義勇 外伝」の設定が少々あやしくなってきます。

こちらの舞台は、雲取山の隣の山。

大正時代のここに、マタギがいたかどうか?

私の知識では判定不能です。

また、この場所を、ざっくり「北の宿場」と称していますが、付近の宿場町を調べたところ、青梅街道の氷川宿(東京都西多摩郡奥多摩町)、丹波宿(山梨県北都留郡丹波山村)の二箇所が見つかりました。

青梅街道は、東京・新宿を発し、青梅市を経由して、大菩薩峠を越えて山梨県甲州市に到るルートです。雲取山の南方を通っています。

ただ、これを「北の宿場」と呼ぶなら、どこを基点としての「北」なのか? と疑問が残ります。

まあ、「歴史的事実」でマンガをガチガチに縛る必要もありませんので、深くは追究しませんけれども。

マタギの登場を根拠に、竈門家は秋田県にあったとする考察も見受けられましたが、杜撰な思考と言うほかはありません。マタギ文化は秋田県の専売特許ではないからです。

そもそも、原作者とは別の作者による「外伝」を、「公式設定」として扱っていいのか、そこから議論を始めなくてはならないのに、そこをすっとばして思い込むので、結論がおかしなことになってしまいます。

この件に関する批判記事を一度書いたのですが、あまりに攻撃色が強くなったので、アップするのを自粛しました。

 

炭治郎に言及したついでで明かせば、伊之助と無一郎くんの出身地は同じで、東京府奥多摩郡大岳山。同じ山の中にいたんですね。

無一郎の回想(118話)で、有一郎が「大声出すな 猪が来るぞ」って言ってるんですよ。一種の伏線ととれなくもありません。

童磨教団から逃げ出した琴葉が大岳山に入ったと考えると、教団の場所は、現・あきる野市の西端あたりが有望となるか?

まあ、「現実の地理」でマンガを――(以下省略)。

 

【追記 7/25】

無一郎くんの出身地を大岳山としたのは誤植で、

正しくは景信山だそうです。

重版分では訂正されるとのことです。

 

最後に、せっかくですので、三峰神社の写真を載せておきます。

 

めずらしい「三ツ鳥居」。

 

随身門。

 

拝殿。

 

本殿。

 

龍神さま。

拝殿前の石畳に、辰年の2012年に、突如、お姿が浮かび上がったそうです。

 

赤い眼に、胴体の鱗まで、はっきり見えます。

見えづらいときは、水をかけるとくっきりするそうです。

一種の「水エフェクト」と言えなくもない(←言えない)。

 

以上、竈門家の場所にまつわるアレコレでした。