【鬼滅の刃】 原作の8話と9話の感想(アニメの第5話相当) | 物語の面白さを考えるブログ

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「鬼滅」のアニメが 23:30~ なので、

観終わった直後に感想記事を書いても、間に合いません。

ですので、アニメ感想以外の記事をアップすることになります。

一方、アニメ終了後に、アクセスが最も集中するという事実があります。

せっかくお越しいただいたのに、

「鬼滅」と関係ない記事がアップされていたのでは、

肩すかしもいいところでしょう。

ブログ主としても申し訳ない気持ちになります。

打開策として、アニメ放送分に相当する原作の感想を書くことにしました。

すでに「読み返し感想」と題して感想記事を作成していますので、

こちらはコラム的な感じで書いてみようと思います。

ご笑覧いただければ幸いです。

 

まずは、手鬼との決着です。

アニオリで手鬼の過去エピソードが増量されていましたね。

先行上映で視聴済みなので、ここまでは知っているのです。フフフ。

手鬼に手がいっぱい生えている理由 → 手をつないで欲しかったから

過去エピソードの描写で理由が判明する演出が素晴らしい、と担当者が褒めたら、

「あ、確かに」吾峠先生は指摘されて初めて気付いた模様。

計算じゃなかったのかよ、天然かよ、先生! となった担当者。

いえいえ、これは〝無意識の計算〟なのです、と、私は思います。

ミケランジェロが、大理石の中に見た天使を、

石を彫ることによって自由にしたように、

吾峠先生は、無意識で捉えた手鬼のイデアを、

ペンを以て紙上に降臨させたのです。多分。

 

最終選別を終えて、炭治郎が鱗滝さんの家に帰ってくると、

二年ぶりに目覚めた禰豆子が、玄関の戸を蹴飛ばして登場。

なぜ、ふつうに手で開けなかったのか?

話の本筋に関わらない重箱のすみを考察(妄想とも言う)してみます。

鬼になったので人間としての常識を忘れた、

というだけでは、ちょっと弱い。

以降の描写で、幼児のような振る舞いは多々見られるものの、

粗暴なイメージはないからである。

蹴り主体の戦闘スタイルになることを考慮すれば、

蹴ることへの欲求はあるようである。

人間時代、実は足で戸を開けたりしていたかというと、

竈門家は躾はちゃんとしてそうなので、その線は薄いだろう。

そう――ポイントは〝躾〟である。

禰豆子には、もともと、お転婆したい欲求があった。

しかし、躾によって、その欲求は抑圧されていた。

鬼となり、人としての理性が弱まったので、

抑圧されていたものが表面に出てきたのである。

鱗滝さん家の戸を蹴り飛ばしたのは、目が覚めたら兄がいなかったので、

不安と焦燥に駆られ、急いで外へ捜しに行きたかったからであろう。

折よく帰還した炭治郎が声をかけると、

「!!」と劇的な反応を示しているのが、その根拠である。

鬼舞辻無惨を斃し、人間に戻った禰豆子が、

『蹴りたい背中』 という小説を書いて芥川賞を獲るのは、また別の話である。

 

そうそう、手鬼さんがグッズになったみたいですよ。

興味ある方はチェックしてみてね。

(アニメイト オンラインショップにとびます)

https://www.animate-onlineshop.jp/pd/1641146/?utm_source=twitter&utm_medium=social&utm_campaign=animate_teoni1

 

 

月曜 0時にアニメ感想をアップします。

では。

 

 

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