柱 VS. 上弦の本格バトル!
この展開なら、最高の緊張感が
場にもたらされるはずなのですが……
どうして舌戦になった!?
爆笑必至の悪口の応酬は、
煽りスキルの高い無一郎くんに
軍配が上がりました。
二人のやりとりの面白さは、
ご自身で実際に読んでください、
と言う他ありません。
紙上再現や解説は、するだけ野暮ってもんです。
これで終わると記事にならないので、
ちょっと真面目に考えてみました。
どうして舌戦になった?
あらため、吾峠先生は、なぜ舌戦にしたのか?
互いに本気を出した戦いは、
終わってみれば、無一郎くんの圧勝でした。
これをストレートに描いたのでは、
緊張感も何もあったものじゃない。
緊張感の欠如した戦闘シーンを、
読者が面白がって読むはずがありません。
読者が感情移入する対象人物が、負けるかもしれない。
緊張感を生むのは、この予感です。
しかし、負ける要素がない場合、この予感は生まれません。
演出で負けそうな感じを出せなくもありませんが、
小手先の誤魔化しでは、読者は満足しないでしょう。
丁々発止の攻防で緊張感を出せないなら、
戦闘とは別のところに求めるしかありません。
その答えが〝笑い〟だったのでしょう。
〝笑い〟の原理は、「緊張」と「弛緩」の落差です。
〝笑い〟が成立しているとき、原理的に言って、
その場には「緊張」が存在することになります。
〝笑い〟を持ち込めば、緊張感のない戦闘シーンに、
緊張を持たせることができるのです(弛緩も生まれますが)。
緊張とワンセットになっている弛緩。
一見、戦闘シーンには不要と思えるこれこそが、
読者に対する罠になっています。
〝笑い〟の連続は、すなわち、「緊張」と「弛緩」の連続を
意味します。
読者は、無意識のうちに、「弛緩」の次に「緊張」が来ると
学習してしまっています。
そして、いつしか、こう予感してしまうのです。
この弛緩した進行の次に、
とんでもないシリアス展開が待っているのではないか?
もう少し砕けた言い方をすれば、
上弦との戦いがギャグのまま終わるわけがないじゃないか。
このようにして、気が付けば、
緊張しながら決着のページを待ちわびる
読者が誕生していたのでした。
完全体に変態した玉壺の拳は、
触れたものを鮮魚に変える!
ギャグのようであるが、よく考えれば
恐ろしい能力である。
「どんな凄い攻撃も当たらなかったら意味ないでしょ」
悪者みたいな笑顔で
無一郎くんが煽ったところで
次回へ続く!

