子供に『子ども』をさせよ@安藤忠雄 | 転石苔を生ぜず☆彡

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『音楽』のテーマが多いですが、「普段の日常」「何でもない1日」の中で《 ふと思うこと 》も書いています。元新聞記者志望で割と長文が多いですが、前向きに終わる様に心掛けています☆彡





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5.1の日経新聞の夕刊の記事

安藤忠雄氏の『子供に子供をさせよ』

が印象に残ったので紹介します

~本文より抜粋~
元気よく走り回る子供を見る事が少なくなった。親は子供を突き放す勇気を持つべきだ。学校が終わると学習塾のはしごでは自分で物事を決める『放課後』という余白の時間が無い。親の決められたルールに従って自分で何をするかを決めずに育った子供が、大人になって急に決断力を持てるはずがない。~中略~

子供の精気のない表情が気になる。敗戦直後に来日した欧米の外交官は子供の目が輝いているのを見て、日本の復活を確信したと聞くからだ。日本は資源・エネルギーが乏しいから、国民の知的探究心と研究レベルを原動力とせねばならない。次代を担う子供たちは想像力と、構想を実現する持続力が要る。想像力の源は好奇心。好奇心は四季の移ろいを感じ取る感性によって育まれる。一流大学を出て一流企業に入るのを良しとする風潮に問題がある。一本道をひた走るエリートも社会に要る。だが、年功序列・終身雇用制が崩れた現在、自分で道を切り開ける子供を育てねばならない。~以下省略~

安藤氏の建築に興味を持ち
追いかけている内に
考え方にも凄く共感を覚えるようになり、年に何度か講演にも足を運んでいる

その中で近年安藤氏が危惧する教(=子ども)

アジア諸国の若者と比べて見劣りする学生 能力ではなく、『好奇心』や『根性』において

要するに素養や気持ちの部分である

出来上がってからでは遅すぎると考えたのか、最近の安藤氏の語る『教育』は低学年以下にある

自分が勤める会社でもそう

就職難が続きとても高学歴化している

比例して幼稚化している新入職員及び若手 『最近の若いもんは・・・』というなかれ
暴力的に言えば自分(35歳 )の世代や、少し上の先輩も含め、その域に含まれると思う

少し裕福になり、少子化も重なり
過保護化された世代~ゆとり世代までだ

自分は割と自由気ままに生きてきた部類で どちかかと言えば社会不適合者だと思う

幼少期~学生を経て、社会人になり
中堅どころとなった今もしかり

そこで思うこと『人間ってそんなに変わらん』ってこと言い換えれば(幼少期を過ぎれば)
『人間って頑張っても変われん』ってこと

回りまわって『教育』からだとなります
特に幼少期から

いま学校で起きる事ってやっぱり、親の責任やと実感します

僕よりはるかに高学歴の子が、80円切手と50円切手の存在を知らない

雨の日に傘をさして水やりをする

すさまじいエピソードの数々があるのですが、それはさておき

『自分で考える
なんてことは土台無理な話なんです

だって教えられて無いんですから

『どうすれば良いんですか
日々その質問攻めに遭います

『一を聞いて十を知る』
なんて事は以ての外

一から百まで細分化されて手取り足取り

『ハンカチ持った
『ティッシュ持った

まるでお母さんになった気分

いまそこにある問題に、対症療法するのでは無く、やっぱり根本の教育から
変えて行かなければならないんだと、実感する日々です

好奇心についてもしかり

『好奇心を持て

なんて言われて持てるもんでは

無いですよね

安藤氏の記事の中に
サミュエル・ウルマンの『青春』の引用がある

『青春とは人生のある期間では無く

心の持ち方を言う・・・

理想を失う時に初めて老いる。』

ウチの会社には必ずこの詩が飾ってある

独身寮にも飾ってある

その真意を読み取らなければただの飾り

『一生青春時代 』突っ走ります

悪いけどまだまだ若いもんやオッサン にも負けへんで~

iPnoneからの暴走