白龍のブログ 小説とかを描き続ける機械

白龍のブログ 小説とかを描き続ける機械

基本的に描いた小説を載せるブログです。
読みに来てくだされば嬉しいです(^ー^)

闇姫を除いた全員が、絶句していた。


リューガは、自らの娘に拳を叩き込んだ。

殴られたクラナは壁に叩きつけられていた。壁にはヒビが入っているが、壊されてはいない。
本気は出していないようだった。
それでも、クラナの顔は…血まみれだった。
ピンクの服が赤く染まり、普通の人間であれば一撃で命を落としていただろう。

「クラナぁ!!」
Fが彼女に駆け寄る。
右腕に刻まれた導狼の証を青く光らせ、自身の魔力をクラナに分け与える。



クラナは…すぐに目を開いてくれた。
「お兄ちゃん…?」
Fは頷く。
今の一撃で、彼の背後にいる男を「お父さん」と呼ぶ事はなくなっただろう。

リューガは手を軽く、ぞんざいに振り、また一歩近づく。
「お父さん、だ?テメェみてえな良い子ちゃんに、親呼ばわりされる筋合いはないね」
Fは拳を握る。血管が浮き出るほどに。
しかし、怒りに身を任せれば、それこそこの悪魔の思う壺。
落ち着いて、目の前の悪意と向き合う。

「…リューガ。なんでクラナを殴った?」
「簡単だろ。俺のような極悪人になってもらうべく、テメェらを作ったんだ。人を苦しめ、殺す。この世界を少しでも不愉快にする。なのに、何だ?テメェらのその態度は」
人差し指が、Fに差される。

「しばらく見ない内に良い子になりやがって。その純粋な瞳、純粋な態度。何もかもが俺の癪に触りやがる。むしろ俺の方が被害者だ。謝れよ」
口調は乱暴だが、顔は笑ってる。
彼は、怒ってるのではない。息子達を威圧する事に、快楽を覚えてる。
葵がそれを見て、心の中で何かを悟る。
(子供に当たる、毒親…)
リューガは人間の悪意の集合体。
その行動一つ一つに、様々な悪意の側面が見られる。

Fは、あえて強く出た。
「テメェの理想なんざ知るか!!何にせよ、俺の妹と仲間を傷つける事だけは許さん!!」
「なんでテメェらが被害者面してるんだよ?」
リューガが、Fの襟首を掴む。
理不尽の極み。だが、相手は悪意そのもの。
こちらの理屈が通用しない…。
「…っ!」
とうとうFは、恐怖を覚えてしまった。


そんな恐怖心を、一つの轟音が振り払った。

ライフルの発砲音。

リューガの背中から吹き出す血。

リューガは、首をゆっくりと傾け…振り返る。


葵だった。
手を出せば、リューガが何をしでかすか分からない事は承知していた。
しかしこれ以上眺めていれば、それこそ取り返しのつかない事をやらかすだろうと判断したのだ。
続けて、葵の横に粉砕男が歩み出る。ワンダーズ随一の冷静さを誇る二人がこの行動に出たのだ。
ならば…もうやるべき事は決まってる。

戦うのだ。

「やるぞ!!!」
れなの一声。熱気が場に集う。

向かってくるワンダーズに、リューガは無表情になる。
まるで闘気を感じさせない。自分が今、闘いの場にいるとは理解していないような顔だ。
はじめにリューガのもとへ飛来したのは、ドクロだった。魔力で飛行速度を高めている。はじめから本気でかかっているのだ。
が、リューガはドクロの速度にも対応してきた。
「ノロマだな」
彼は軽く体を反らし、ドクロの右腕を掴み…彼女を放り投げる。
空中で回転させられながらも、ドクロは手から電撃を発射する。
電撃はリューガの顔に直撃するが…。

「なっ…」
ドクロの目が見開かれる。
やつは、表情筋の一つも痺れた様子を見せなかった。
続けて飛びだしたのは粉砕男だ。拳を突き出し、真正面からリューガを狙う。
細身なリューガ、筋肉質な粉砕男…だがもはやこの次元の戦いに、体格差など何の意味もなさない。
リューガは指だけで、彼の拳を受け止めた。粉砕男の巨体が、更に大きな壁に阻まれたかのようにピタリと止まってしまう。
しかし、リューガの片手が塞がったこの瞬間を、れみとラオンが見逃さない。ラオンはナイフを突き出し、れみはリューガの背後に回って後頭部を狙う!

「ノロマだっつってんだろ」
リューガの速度が、突然上がった。
リューガは粉砕男を指一本で押しのけ、体勢が乱れたところへ彼の腹筋へ蹴りを打ち込む!
血を吐く粉砕男。すかさずリューガは背後のれみにも拳を突き出し、その動作とほぼ同時に後ろ蹴りを繰り出す。
蹴りはラオンの腕にぶつかり、ナイフを手放させる。空中を舞うナイフは銀の光を眩く放ちながら落ちていき…。
ドクロの顔面を、切りつけた。
「っ!」
顔を押さえながら落ちていくドクロ。
れみは吹き飛ばされて壁に叩き込まれ、粉砕男も落ちていく。
が、こんなものでは負けない。
「くっ…!!皆、怯むな!絶対怯むな!」
粉砕男が、ステージの照明に走っていく。
照明のうち、一つを腕力で引っこ抜き、リューガ目掛けて投げ飛ばす。
リューガはそれを片手で受け止めようとするが、当然、粉砕男がこんな単純な攻撃に出るはずがない。
「ドクロちゃん、今だ!!」
彼の指示に、ドクロは顔の痛みも忘れて再び電撃を放つ。今度は、照明に電撃がぶつかった。
電気が流れて照明が光る。リューガの目に光が直撃し、彼の視界を阻んだ。
…彼の予想外を突いたはずだ。
しかし、念には念を入れていく。葵が照明目掛けて発砲し、わざと破壊する。
砕けた照明はリューガに降りかかり、彼の体にぶつかる。瓦礫に殴打される感触が彼の感覚を一瞬だけ鈍らせた。
ここでテリーが、骨の腕を刃に変え、ラオンの横に並ぶ。瞬時に彼は思案を巡らせた。
(今、やつは視界をくらまされている。ラオンのナイフをカモフラージュしたこの攻撃を仕掛ければ、俺の事をラオンだと思うだろう…。そこで、ラオンとは異なる型の動きをして、確実にやつの首を切る!!)
思案しつつ、体は勝手に動いていた。
刃を横にふるい、リューガにあえて攻撃を予測させる。
効果的な作戦だったはずだ。
相手が悪くなければ。

「…ラオンに模した攻撃?アホみてえな事考えるな」
リューガは、帽子に隠れた目を歪めるように笑い、拳を振り上げた。
彼の一言に、テリーは困惑。
(心が読めるのか!?)
それが、隙を生んでしまう。拳はテリーの顎を殴り上げ、彼を天井へと叩き込む。
それでもテリーは、吹き飛ばされている最中、魔力を集中して空中に骨を生成、せめてもの攻撃としてリューガに放つ。
リューガはそれすら対応して、骨を片手で弾く。弾かれた骨は、ドクロへと飛んでいき、彼女を打ち付けた。
声も出せずに落下するドクロと、天井にめり込むテリー。
リューガはやれやれと言った様子で両手を振る。
「おいおい、骨が当たっちまったなぁ、テリー?可愛い妹になんて事するんだよ?」
どんなに細かい動作にも、相手へ不快感を与える事を忘れない。テリーがドクロを溺愛しているのを知ってる上でのこの攻撃だった。

「いい加減にしろっ!!!」
見ていられなくなったれなが怒鳴り、リューガに向かおうとする。床を蹴り、飛行体勢に移ろうとしたが…。
それまで見守り続けてきた、というより様子見を続けていた闇姫に肩を掴まれる。
忌み嫌う相手の肩への着手。その手には力が込もっており、れなは鈍痛さえ覚えた。
「いっって!?!?何するんだよクソ闇姫!!」
「馬鹿が理解できるか分からねえが、一応警告してやる。行かないほうが身の為だ、クソれな」
闇姫は右手で、空中のリューガを指さした。
リューガは、全く疲れを見せない。むしろワンダーズ一同を痛めつける快感で、ますます身を軽くしているようにさえ見える。

「テメェらでは、やつに勝てない」
「なんで!?」


「単純すぎる。やつは強すぎる」
…強敵揃いの闇の世界ですら百戦錬磨と呼ばれ、恐れられる闇姫。そんな彼女が、具体的な理由もなしに[強すぎる]と発するとは。
れなは言葉が出なかった。だが…目から闘志は消えてない。
しばらく二人は互いを睨み合い…。

「馬鹿は言葉じゃ分からねえか」
闇姫は、れなの肩を更に深く掴み…投げ飛ばす。

空中に放り投げられたれなは、リューガ目掛けて飛んでいく。その時、リューガはラオンのナイフ攻撃を軽くあしらってるところだった。
れなの拳がリューガ目掛けて飛んでいく。
寸前で、リューガは首を軽く動かして回避する。その動作には、余裕に溢れていた。わざと寸前まで引きつけて、わざとギリギリでかわしたようだった。
「惜しいな?馬鹿じゃなきゃ当たってただろうな」
リューガが拳を打ち返す!れなはそれを手の平で受け止め、衝撃を和らげようとしたが…。

「うあっ!?!?」
拳を受け止めたれなの右腕が、火花を散らす。
そして、力が抜けてしまう。
激痛に息を吐くれなの胸に、さらなる拳が打ち込まれる。
これまでにない程の勢いで吹き飛ばされ、れなは壁に衝突。ついに壁が崩壊し、施設の外へ投げ出される。

施設の外。そこは、まさしく瘴気のど真ん中だった。
霧のみが支配する、暗黒の世界。
物という物が一切なく、崩壊しきって小さくなった施設も、霧に半分隠れてしまってる。
あの時、Fが再生成してくれた瘴気バリアのおかげで、瘴気の影響は少なかった。しかし…れなは自身の右腕を確認する。

「やられた…!」
腕は一部が黒ずみ、関節から内部のコードが露出している。自己強化機能もついているれなの腕は、これまで戦いを重ねるごとにその硬さと強さを増していったのだが、それでもこれだ。
重ねてきた経験を一気に否定された。
彼の本気の攻撃には、五発、いや二発も耐えられないだろう。
仲間達を守らないといけない。れなは立ち上がろうとしたが…。

「ぐっ…なに、これ」
体が重く、立ち上がれない。背中から凄まじい重圧がのしかかり、かつ何かに襟首を掴まれているような…。少なくとも、一人では感じる事はない、誰かに体の主導権を握られているような不快感だった。

施設…建物の外壁から、リューガの声が響く。
「へへへ、俺の力で瘴気を操作させてもらってるぜ。これだけ馬鹿な人間どもが悪意を撒き散らした場所なら、基本何でもできるな」
れなの背中に、鋭い痛みが走り始めた。
小さな針で抉られるような、細い苦痛。れなは手を震わせ、地に伏してしまう。
「ゔっ…ぐっ…」
ついに、近づく事すらできなくなった。


(この野郎!!まだ負けてないっ!!)
まっすぐな叫び声が出たと、錯覚した。
心の中での叫びに過ぎないというのに。


…とてつもない勢いで、意識が落ちていく。

まるで、誰かに引っ張られるように。






誰かに。




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「やられてますね」







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ステージでも、同様だった。
リューガが瘴気をコントロールし、ワンダーズを完全に押さえつけている。彼の足元では、瘴気に押しつぶされながらもナイフを離そうとしないラオンが。足だけでも切りつけてやろうと、腕をあげるが…。
「動けねえくせに。無力なゴミはとっとと諦めろ」
彼は、ラオンの手に狙いを定めると…足を振り下ろした。

関節部に叩き込まれた靴の、冷たい感触。それはラオンの腕の表面だけでなく、内部にまで不快感を与えた。
「っ!?」
痛みは、遅れて来た。

…ラオンの右腕が、へし折れていた。
いや、もはや折れているどころではない。完全にちぎれかけている。
紫の火花が飛び散り、オイルが断面から吹き出す。
「ぐあっ…!!!」
悲鳴はあげなかったが、苦痛に滲んだそのうめき声は、悲鳴以上に痛々しい。
千切れた腕はラオンの目の前に転がる。その手は、闘志の残滓とばかりに、尚もナイフを握っている。
リューガはラオンの背中に足を乗せ、その腕を拾い上げる。
「まだ持ってんのか。こんな事して、カッコいいと思われたいのかよ?」
「だ…まれ…!クソ野郎…」
残った左手で必死に立ち上がろうとするラオンだが、リューガは拾った腕をラオンの頭部へ振り下ろす!
彼女自身の刃が、頭を突く。腕、頭、二つの激痛が、ラオンを虐げた。
しかし最も抉られているのは、プライドだ。そしてそのプライドを削られているのは、ラオンだけではない。

「ラオンを…離せえええええ…!!!」
葵が、ステージの隅から飛び出す。
背中を丸め、足を曲げ、表情は歪みきっている。瘴気下ではこの動きが限界だ。それでも、ハンドガンを離さない。
持ち前の銃撃技術で、リューガの手を撃ち抜く。一瞬、リューガの反応が鈍り、こちらに顔を向けてくる。
「アホ面向けんじゃないわよ!」
葵は全ての力を振り絞り、高く飛翔、リューガの眼球目掛けて、弾丸を発射した!
二つの弾が目を潰す。鉄の鉛がめり込み、血が顔を濡らす。
すかさず葵はリューガの額に銃口を突きつけ、発砲、更に風穴を空けたのを確認すると、横から蹴りを炸裂させた!
吹き飛ばされ、壁に衝突するリューガ。葵は更に、事前に用意していた手榴弾をワンピースのポケットから取り出し、投げつける。
手榴弾は瞬時に分解され、爆発。床や壁の破片が飛び散り、葵の足元に転がってくる。
葵は膝をつくが、それでも尚、爆煙の中にいるであろうリューガに発砲。
葵の後ろからは、ドクロとテリーが魔弾を撃ち込んでいく。瘴気に身を削られる中、攻撃に攻撃を重ねる様は、何としてもリューガを倒そうという意思が伝わってくる。

「念入りだな?」
…何て事のないような声が聞こえてきた。


煙の中から、影が飛び出してくる。

リューガは…無傷だった。
いや、確かに傷はつけた。
簡単な事だった。再生されたのだ。
リューガは葵の前に立つと、その腕目掛けて手刀を突き出してきた!
咄嗟に腕をあげてかわし、至近距離から発砲する。リューガは首を傾けて瞬時に回避、足を振って蹴りを狙う。
葵はバク転してその蹴りをも華麗に避けようとしたが、リューガは彼女に指先を向け、何色もの光線を一気に放つ。
魔力の質が異なる光線だった。全く異なる属性の光線が同時に辺り、一瞬にして、身体に大きな負担がかけられる。
葵は、糸を外された操り人形であるかのごとく、重力に引っ張られるままに倒れ込む。
テリーが彼女の名を叫ぶより前に、リューガは彼の前に踏み込んだ。
拳が、テリーに放たれる。間一髪、テリーはそれをかわすが、ネクタイを掠める拳が、プレッシャーを与えてくる。
その圧に、一瞬怯んでしまった。
(しまった…)
拳は、彼の顔面を狙っていた。

直撃。
テリーの頭蓋骨は、ヒビを入れられる間もなく粉々に粉砕される!
「お兄ちゃぁん!!」
愛する妹の悲鳴。
地面に倒れ伏す、首無しのテリー。リューガは更に念入りに彼の体を破壊しようとするが、ドクロがそれを許さない。
怒りに表情を歪めた彼女は、両手に黒い魔力弾を生成し、向かおうとしたが…。

(待て!)

その声は…粉々になったはずのテリーの声だった。

「えっ、お兄ちゃん…!?」
元から骸骨のまま生きている死神テリー。
頭が崩壊する程度では死なないらしい。彼の残留思念、そして残された魔力が語りかけているのだと、彼女は瞬時に理解した。
(やめろ、ドクロ。こいつには絶対に勝てない!)
その声は、思念とは思えぬほどハッキリと聞こえた。相当強い魔力を絞り出し、必死に語りかけているようだ。
ドクロだけではない。他の仲間達にも、それは聞こえていた。
リューガにもそれが聞こえていたのか、彼は一度戦闘態勢を解き、両手を腰に添え、わざとらしいまでの笑みでそれを聞いていた。

(とにかく逃げろ!!俺やラオンを連れて逃げるんだ!!)
撤退…。
ここまで煽られて、撤退。


だが、彼の言う事はあまりに正しすぎた。


「…っ」
ドクロは…テリーの体を抱えこむ。
更に、テリーの声を聞いていたであろうれなも、ラオンと葵を両手に抱え込み、頭上に声をかけた。

「F!!」
れなの声かけに、Fはすぐに反応できなかった。ただ、目を丸めて戦いを見守るだけ…彼らしからぬ、無防備な姿だった。
ハッ、と意識を取り戻し、クラナを抱え込む。
「に、逃げるしかないな…」
彼は二階から飛び降り、れなの元へ。
「だが、どうやって逃げる?」
Fはリューガを横目で睨みながら問う。その目の周りには、皺が寄っていた。
れなは、ボロボロに砕け散った施設をあちこち見渡し、どこかにヒントがないか見渡す。
瘴気界の出口…世界の境目が、どこかにないだろうか。

「私の兵士達がここの出口を突き止めてる。やつらに従え」

そう言って、自ら前へ出ていくのは…それまで大きな動きを見せなかった闇姫だった。
れなが驚きの声を上げる。
「えっ、闇姫だけでこなかったの?テメーの事だから、『アタシ一人で十分だ』とか言って、一人で来たのかと思ってたわ」
「ふん。馬鹿にお似合いの勘違いだ」
闇姫は、ふん、と一つ息を漏らし、リューガへ歩み寄っていく。
「いいから、とっとと行け」


…彼女の言われるがままは悔しいが。

リューガに殺される方が、もっと悔しい。

「…仕方ない!逃げよう!!」
誰あろうれなが叫ぶ。
見えない手に引かれるかのように、彼女らは、このステージの唯一の出口であろう、崩壊しかけた扉へと急ぐ。
恐らく、あの先に闇姫の部下達が待ってくれている。

…今は逃げるしかない。

これも勝利への道。勝つ為には、逃げも肝心。
疲労した頭でその言葉を繰り返し、一同は扉を開く。


リューガは腰に手をやったまま、黙ってそれを見守っていた。
「…いいねえ。全部、俺の思うように動く。長生きしてもらった方が、より苦しめられるしな」

闇姫は…構えをとる。

「勝負だ。殺してやる、リューガ」









信じられない事は起きる。
この世界は不思議なのだから。



かつて、あまりにも多くの悪逆を繰り返した存在…リューガ。
殺生はなるべくして避けるワンダーズですらも手を下さざるを得なくなった程の存在だ。
死闘に死闘を重ねた末、ようやく彼は討たれ、永遠にこの世から追放されたはずだった。

地獄の業火で焼かれていたであろうリューガ。
彼がこの世に再び生を許される日が来るなど、世界の誰もが思わなかったし、望まなかった。

が、その日は来た。
人間の悪意の集合体。
最凶、最悪の存在が…今、ワンダーズの目の前にいる。



これは悪夢か。
それとも幻覚か。

あまりの衝撃に、誰もが口を聞けなくなった。

そんな彼らを見下ろすリューガの顔は…早速、邪悪だった。
「アホ面どもが」


唯一、比較的冷静さを保っていたのは闇姫だ。
とはいえ、彼女も冷や汗を浮かべている。
「…おい、クソリューガ」
「何だ、クソ闇姫」

闇姫は、ステージに登りだす。
一歩一歩歩みを進めていき…そして、リューガの目の前へ。

この顔、この態度。
懐かしい。そして、憎たらしい。
リューガには、見境がない。
[悪]である闇姫にすらも、自分なりの[悪]を見せつけ、彼女とその部下達を苦しめた。

闇姫もまた、リューガを憎む者の一人。彼に殺された部下もいるし、闇姫個人としてもリューガの事は気に食わない。
というより、今すぐにでも殺してやりたい程に、憎たらしい。

「リューガ…殺すぞ」
闇姫は、拳を突き出す。


リューガは…それを右手だけで受け止めた。
軽く押し返し、闇姫の体が浮く。

華麗に着地する闇姫。
リューガを殴った手を軽く振るい、舌打ちを一つ。
「やっぱ、簡単に殺せねえ」
残虐性だけではない。実力も、とてつもない。
これほどまでにタチの悪い存在も珍しい。
リューガは両手をゆっくりとあげ、足を交差させる。さながら、ステージに立つ一大スターのような愉悦さ。だが彼を彩るスポットライトは、不快なる悪意だ。
「また会えて嬉しいぜぇ?お前らも嬉しいんだろ?俺に会えた事が」
「誰が嬉しいか…!この野郎!」
そう叫ぶのはれみ。リューガは目だけを彼女に向け、流れるように言う。

「…姉無しじゃ、何もできねえくせに。イキリ雑魚が」
「うっ」
黙りこむれみ。
そんな彼女を身に寄せるのは、れなだ。
「アタシの妹を侮辱すんな!テメェみたいなクズに、れみの何が分かる!?」
「…なるほど、馬鹿の姉は馬鹿。何も変わらねえな」
リューガは笑みを歪ませる。

「テメェら正義の連中は、皆で力を合わせりゃどんな敵にも勝てる!とか謳うよな?それ、つまり一人じゃ何にもできない、価値のない無能だって言ってるようなもんなんだよ」
拳を震わせるれな。
リューガは一瞬目を細めると…両手を叩いて高笑い。
「ハハハハハ!!!はい、俺の勝ち!」
回りながらステージの中央へと移動すると、彼は改めて話しだした。

「さぁて。そろそろ説明するか。俺、ファン・マリス・リューガがなぜ復活したのか。答えは単純だ」
リューガは人差し指をたてる。

「人間どもの悪意だよ」




人間どもの悪意。

人間という生き物は、理性があるが為に悪意を振りまく。

悪意を撒かずにいられない人間など存在しない。
が、欲望に忠実になりすぎない限り、自制心を持つ限り、悪意というのは最小限に抑え込める。
だが、今の人間は、あまりにも自制心がない。
毎日毎日、世界の何処かで己の欲望のままに行動を起こす者がいる。
盗み、殺人、いわば犯罪の類だけでは留まらない。
罪の意識もない悪戯に、機嫌一つで引き起こされる八つ当たり、針のように鋭い陰口、挙げ句、苛立ちに流されるままに物を軽く蹴飛ばす。
大小問わず、悪意が溢れている。

悪意は、昔と比べて年々増加しつつある。





人間達がツケを払う時が来たのだ。


リューガの復活という形で。

「感動の再会だが、まあ復活の理由は単純だよ。お前らが守り続けてきた人間達がやらかし続けて、俺という忌まわれし存在が蘇った。お前らが、[守り続けてきた]人間達がな」
意味もなく頭を下げるリューガ。
本当に、人を煽るのが上手いやつだった。


ワンダーズ、そして闇姫までもが顔を強張らせている中、二階からそれを見下ろすFとクラナは、また別の驚愕を見せていた。

「…あれが…親父」
リューガの子。

その刻印は、これまで二人を幾度となく苦しめてきた。リューガの子というだけで命を狙われ、リューガの子というだけで人々から唾を吐きつけられた事もあった。
何故こんな目に?何故ここまでの事を?
疑問が絶えなかった。


…ようやく、少し分かった気がする。


「…これが、本当に俺達の親父の…魔力か…?」
邪悪すぎる力が、ウェーブのように一同に覆いかぶさる。中でもFとクラナは、リューガの血を引いている以上、その力をより鮮明に感じられるらしい。

仮面の女だった時の所業。
これほどの邪悪さを持っているならば、あの所業も納得できる。

そう、納得できてしまった。
自分たちを生み出した存在が、そういった存在であると。

「…くそっ」
それだけ。Fは呟いていた。

いつの間にかリューガは、目だけをFの方に向けていた。

「おやぁ」
体はワンダーズに向けたまま、リューガはFとクラナに意識を向けていた。


「そこにいるのは、もしや…俺の可愛い子供達か」
リューガの足が、浮き上がる。二人の方に向かおうとしているのだ。
クラナが息を呑む。
幼い彼女にとって、親とは本来心を寄り添わせる存在のはず。しかし、今の彼女がリューガに対して抱えているのは…紛れもない恐怖そのもの。
あんな惨劇を目の前で展開されたのだから、当然だろう。むしろ、そんな存在が親であるからこそ、恐怖は余計に増幅していた。
もしこれが、何の関係もない赤の他人であれば…少しは和らいでいたのかもしれない。

リューガは、二人のいる高さまで飛んできた。
クラナを庇うように手を伸ばすF…。彼の形相と、リューガの笑みは、真逆の意を感じさせる。


絞り出すように、父の名を言う。
「リューガ…」
「おい」
リューガが、一気に距離を詰めてきた。




…凍りつく。


「『親父』だろうが」




「…リューガっ」
Fは、屈しなかった。
ワンダーズから、リューガは今までにない悪党であると聞いていたが、今、この瞬間でようやくそれを理解できた気がする。
顔を近づけられた瞬間、リューガの邪悪さが一気に突き出されてきた。
その悪意は…物理的に表すならば、剣のように鋭く、壁のように範囲が広い。
それなのに、対象を包み込む、液体のような柔軟性がある。
温度は、全身の身の毛がよだつような低温。不快感が脳を瞬時に支配し、思考の幅を狭め、そして肉体にすら影響を及ぼす。
相手を確実に沈めこむ、悪魔のようなオーラ。いや、悪魔以上かもしれない…。

それでも、Fの心は屈しない。
彼はリューガを、親父と呼ばなかった。


リューガは首を横に振る。
彼は心の中でこう言っただろう。
[可愛くねえ]と。


…だが。


「…お父…さん」

クラナが、呟く。
幼い子供が、親を呼ぶ。当たり前の事なのに、Fにはそれが、何かの引き金になってしまったように感じられた。

「危ないっ!!!!」
下の階から叫んだのは、れなだった。



次の瞬間。


クラナ目掛けて、飛んできた。

リューガの握り拳が。



「ぐぎゃああああああ!!!!!!」
少女とは思えぬ悲鳴が響く。

苦痛により、本能が呼び覚ましたその声。

リューガの子…その本能が。





仮面の女に対し、死の覚悟の下、戦いを挑んだワンダーズ。

その最中、思わぬ加勢に入ったのは…あの闇姫だった。

「闇姫!!何故ここに!?」
れなが眉をひそめて足を踏み込む。

仮面の女を蹴りつけた闇姫…。その行動は、少なくとも女に味方する意図は見当たらない。
しかし、闇姫である事自体が、ワンダーズに希望よりも先に、疑心、不安を持ちかけてきた。
闇姫は後ろの女に振り返る事もなく、れなの前に立つ。

そして…彼女の横頬を、殴りつけた。
「いって!?!?いきなり何すんだよこの野郎!!おバカ!」
殴り返そうとするれなの両足を、れみが掴んで止める。
闇姫はポケットから熊柄のハンカチを取り出すと、れなを殴った拳を念入りに拭く。
そして…深くため息をついた。それは、彼女の意思の、とある起点だったのかもしれない。
闇姫はれな達に背を向ける。
今度は、壁に叩き込まれた仮面の女へと、その鋭い目を向ける。
「テメエらと手を組むなど、控えめに言ってゲロ案件だ。だが我儘を言ってる場合じゃねえ。アタシらの力で、このクソ仮面をぶっ潰すぞ」
闇姫自ら共闘を持ちかけてきた。
昔から敵対し続けてきた彼女が、プライドの高い彼女が、自ら。
「…なんで?」
葵の声は疑心に満ちていたが、その銃口は闇姫ではなく、相変わらず仮面の女に向けられていた。
闇姫は舌打ちを一つして…仮面の女へと飛び込む。
「…わからねえのか、馬鹿どもが。こいつがやばいからだ!!」
再び、黒い影となって女へと直行する!



拳がぶつけられ、施設の壁が丸ごと崩壊した!



ワンダーズが立っていた足場も瞬時にひび割れ、あっという間に崩壊していく。
闇姫についていかなければ、自分達も巻き添えだ。
「仕方ない!闇姫に続け!!」
粉砕男が壁を蹴り、女へと飛び込んでいく。
闇姫と粉砕男、二人の拳が仮面を狙う。
女は両手を構え、それぞれの手で二人の拳を受け止める。左手で粉砕男を押し返し、右手で闇姫の手を捻り折ろうとする。
「甘い、クソめが」
闇姫は逆に女の手を掴み、肘目掛けて膝蹴りを打ち込む!
嫌な音が響き、女の腕が脱力する。骨をへし折ったのだ。
(…あいつにも骨があるって事か。なら、普通の戦法でもギリギリ通じる!)
テリーは、崩れ落ちる足場から飛び上がりつつ、右手を刃に変形させる。
女目掛けて飛び込み、刃を突き出す。単純な動作…女は彼を蹴飛ばして食い止めようとしたが…。
女の蹴りが繰り出されるより前に、彼女の頭上からドクロが踵を叩き込む。
真上からの衝撃で、女の頭部は自然と下へと押し流される。そして今度は、その流れに反発するように、れみが女の顎を殴りあげた!
吹き飛ばされる女に、テリーが再度刃を突き出し、全身を滅多刺しにする。
これでも尚、女は足を振るい、その衝撃で一同を薙ぎ払う。
施設がいよいよ全崩壊を始め、床と床、壁と壁が互いに離れあう。その隙間から、瘴気界の全容がついに姿を現し始める。

そこは…霧に満ちた空間だった。
灰色と白、時々黒。それらの色が淀み、ひしめき合う不穏な空間。その霧の向こうに何があるのか、あるいは何もないのか…未知の世界を分かりやすく表現したような場所。
崩壊した施設…足場は、空中に浮いていた。
あまりの瘴気で、無重力空間と化しているらしい。
流されそうになる人間達を、ドクロとテリーが魔力で空中に固定、一つの足場へと集める。

れなとれみは、闇姫と並んで女に打撃を仕掛け続けていた。
とにかく、休む暇を与えない。
女は両腕を構えて防御に集中。中々効果的なダメージを与えられないが、それは逆にこちらの攻撃もきちんと通じている事を示唆している。
咄嗟に、闇姫は女の胸倉を掴み、引っ張る。
「恥ずかしがってねえで、アホ面ぁ晒しやがれ」
仮面に叩き込まれる闇姫の拳。


…仮面が、ひび割れる。
飛び散った僅かな破片をかわしながら、ドクロは感じた。
女の魔力が、乱れた事に。
(闇姫の拳でも一発で砕けないなんて…。それにこの魔力…)
ドクロの思考が、突然ストップしたような感覚がよぎった。


この魔力…。

感じた事がある。


何か、恐ろしいものが待っている気さえしてきた。
「皆…気をつけて!!」
彼女が叫んだ瞬間、闇姫の拳が更に撃ち込まれ、仮面は半壊。


魔力が、より鮮明になる。
霧に覆われていたその力が…禍々しさ、邪悪さ、陰湿さ、不快感…あらゆる嫌悪を混ぜたような力が、噴き出すように…。

「ぐっ…」
そして、れなの脳裏に、嫌な顔がよぎる。



れな、闇姫。
二人は拳を合わせ、同時に殴りつけた!




ついに、仮面はバラバラになる。







破片が、床に散る。




女は、顔を抑えながら後ずさった。


…。






彼女は、顔を押さえたまま歩き出す。
明確な隙だった。


隙なのに…手が出せない。

何か、強烈な圧が放たれていたのだ。

闇姫ですらも、手を出せなかった。



女は歩き…身を引きずり…。
ステージの中央に立つ。







「久しいな」



顔を上げた。



…長い黒髪。僅かに釣り上がりながらも、不思議な透明感のある瞳。
左目は赤く、右目は青い。





女は、目を細めた。


「反応が悪いな…。ああ、お前らにとってはこっちの姿の方が、馴染み深いか」


女の髪が、少しずつ短くなっていく。

背中を通り、肩を通り、後頭部へ。

短髪になると同時に、着物までもが変化を始めた。

材質の随から変化を始め、色合いまでもが全く異なるものへと変わっていく。
着物に染み込んだ赤い色彩が、左側へ追いやられていき、一方右側には、青い色彩が現れる。
振り袖が埋め込まれるように短くなり、帯も消えていく。
オーラで揺れていた衽は動きが落ち着いていき…滑らかに変形。ズボンの形へと変化。


そして。


声は、男のものとなった。










『………リューガ…?』







サーカスの再来だった。