青く澄んだ、生命の星。
今日も新たな生命が生まれ、生き、死に、そして死後も霊体となり、世を楽しみ、新たなステージを目指し、時には生きている者と干渉し合う。
人間社会は、そんな自然の摂理相手に、ふてぶてしい様子を見せていた。
「…っ!」
その声が、あの戦いが、確かに存在していた事を示す、最後の証拠だった。
「やーっと起きた、お姉ちゃん。もう昼だよ?時間無駄にして楽しいか?」
れなは、目覚めていた。
妹の声が、耳を通じて、現実を突きつける。
極めて生命体のそれに近しい人工知能が、何かの記憶を慌てて隠そうとしているような、凄まじい違和感がまとわりついている。
上体を起こし、意味もなく頭を撫でる。
「おはよう、れな。よく眠っていたみたいだね」
博士が、ドアを開けて部屋に入ってきた。
いつもの朝。
日常を過ごし、世の為に戦い続ける、慣れた日常。
「れな、何か浮かねえ顔してるな?」
ラオンが覗き込んでくる。
事務所にて。
れなは、俯いたまま、意味もなく指先でティーカップを叩いていた。
ソファーに座っているのは、れな、ラオン。
向かいには新聞を広げた粉砕男と、銃を磨き続けてる葵。
リビングの隅にはドクロとテリーが世間話、そして時々テリーの重すぎる愛情にドクロが目を細め、頭をしばき回してる。
れみは箒で床を掃き、掃除に勤しんでいるようだ。
「そんな時は、一勝負しようぜ?」
拳を握るラオンを、れなは横目で見つめる。
変わらぬ顔だ。
いつもなら何も気にならないはずの顔なのに、何かが、無理にでも違和感を感じさせようとしてくる。
「おーいー、無視すんなよー」
れなの肩を掴んで揺さぶるラオン。尚も、れなの目は虚ろだった。
その時…インターホンが鳴り響いた。
「ん?誰かしら」
兄を叩き散らした右手を軽く振りながら、ドクロが扉へ向かっていく。
見渡したところ、誰も心当たりはない様子。
敵かもしれない…と、密かに期待しているラオン。その姿も、やはり日常的。
何故こうまで、当たり前の様子が深く染み込んでくるのだろうか。
ドクロが玄関の扉を開けると…。
「ぎゃっ!!!や、闇姫!?」
…そこに立っていたのは、あの闇姫だった。
腕を組み、塀に寄りかかり、ぶっきらぼうな様子で。
全員が立ち上がり、それぞれの日常姿勢を解き始め、戦闘体勢へ。
それもまた、ワンダーズの日常だった。
闇姫は親指で外側を示しながら、一人を呼ぶ。
「れな。面貸せ」
ライバルの呼び出しにも、れなは浮かない様子だった。
呼ばれた先は…意外にも、街の公園だった。
子供が走り回り、時々落ち着いて止まり、また走る。隅の方では親と思われる人々がそれを見守っている。
これもまた、日常…。
れなと闇姫は、ベンチに座って並んでいた。
いや、この二人だけではない。
「…Fも呼ばれてたんだ」
Fまでもが、座り込んでいた。
やはり、彼も何とも言えぬ様子だった。
突然闇姫に呼び出され、理由もわからずここに連れてこられた様子。
そして…理由がわからないなりに、何となく、察しているようだ。
彼もまた、つい先程までは思考の隅に巣食う霞に、頭を抱えていたのだから。
「れなも、呼ばれたのか」
オウム返しのような言葉だった。
れなとFが隣り合い、そこから少し離れたベンチの端で、闇姫が足を組んでいる。あくまで私達は敵同士、という意思が見て取れる。
「テメェらも何となく覚えてるだろ。リューガのクソ野郎と戦った時の事」
リューガ、という名に、肩が外れんばかりに、勢いよく全身に力を込めるれな。Fもまた、導狼の証を抑えるような仕草を見せた。
返答はない。だがその動作が、全てを物語っている。
二人は覚えているのだ。
同じ状況にある同志と隣り合わせにされたからだろうか。…あの時の光景が、蘇る。
勿論記憶の節々は曖昧だが、自分達が何か、とてつもない体験をした事だけは分かる。
少なくとも、この地球上にいるどの生物よりも、凄まじい体験を…。
「…クラナも覚えてなさそう?」
「…全く」
そして、三人以外は覚えてないのだ。
それはつまり、〔代表者〕にのみ、この記憶を保持する事が認められている、という事だろうか。
あの時、世界は崩壊した。それどころか、更にその先にさえ、創造と破壊が干渉した。
なのに今、自分達はこの場にいる。
…ここは一体どこなのか、それすら正直分からない。
なのに、漠然とした不安さえこみ上げてこなかった、
それは、この空間が、以前から住み慣れていた〔故郷〕だから、だろうか。
「これは予想に過ぎねえが…」
闇姫は立ち上がり、空を見上げる。
その仕草は…少しでも空に近づこうとする意思さえ感じられるものだった。
「やつらは、私達の時間を戻したんだ。だが、やつらはハッキリ言って何でもありな存在…。記憶だけはそのままにして、それ以外全部を過去へと還したんだろうな」
Fが立ち上がる。
「…リューガも俺らと同じなのか?」
「知らねーよそんな事。少なくとも、やつのあの強力な魔力は地球上のどこからも感じない。今頃は地獄の底で苦しんでるだろう。ざまあねえな」
闇姫の声は、感情が込もっていなかった。
人間の悪意が渦巻き、ついに念願の復活を果たしたリューガ。
あの邪悪さ、あの強さ…何もかもが規格外の強敵だったが、それでも、不思議人の掌の上では玩具の一つに過ぎないのだ。
そう。不思議人。
「…今度はアタシの予想なんだけど」
最後に立ち上がったのはれなだ。
「不思議人達は…きっと、今回の事は忘れろ、って思ってるのかもしれないね」
それを聞いた闇姫が舌打ちした。
「…私も同意見だ」
れなと意見が同じだった事が不満らしい。
「リューガという忌まわれし存在が蘇り、そいつと戦い、結果、恐らく上位の存在であるやつらが関与した。この世界に対して、大した価値観も持ってないようなやつらが、その時の気分一つで、下界の存在であるアタシらに力を貸しちまった事、黒歴史なんだろうな。やつらにとってアタシらは玩具だ。やつらの気分次第で、どんな物語も一瞬で終わらせられる」
リューガの復活と、その原因となった人間達の悪行。
壮大な出来事の数々が、ここまで容易く、片手で終わらせられるとは。
…特に、Fにとっては複雑であった。
(…)
彼が、父親だった。
あの顔。自分とクラナと、よく似ていた。
(…親父)
決して、やつは許されるべき存在ではない。
だが、そもそもやつを誕生させたのは、人間達の悪意だ。
身勝手で穢れた人間達。彼らの悪心が降り積もり、結果、世界を滅ぼす邪悪に至った。
「…リューガは今、この世にいないんだろ。不思議人達は、やつを復活させないように、人間にもう一度チャンスを与えてるのかもしれねえな」
都合の良い考えだとは分かっていた。
だが、今回の件…長く待ち望み続けてきた父親との出会い。それを、理不尽の数々で終わらせたくなかったのだ。
自分達の事を何とも思っていない、あの振る舞い。
そして、敵いようのない存在によって簡単に終わらせられた、あの戦い。
誰かの善意によって、あるべき形へと戻された結果、今がある。
そう考えなければ、耐えられなかった。
…時に世界は、どうしてこうも、ここまでの理不尽をぶつけてくるのだろうか。
「なら。やる事は一つだ。人間がこれ以上やらかさない為にも、俺らが戦い続けるしかない」
いつの間にか俯いていたFの肩に、手が乗せられる。
れなだった。
「…でも、リューガがいたから、Fとクラナにも会えたんだよね」
Fの顔は、変わらない。
「そう考えると、結果的には、リューガも少しは良い事したんだろうね?」
沈黙が、場を曇らせる。
微笑むれなに、闇姫が横槍を入れた。
「良い事した、か。そりゃリューガにとって最悪の罵倒だろうな」
「あー、へへ」
頭を掻くれな。無数の概念を超えた戦いをした事など、既に忘れているようだった。
ようやく、全て戻ってきたような気がした。
「…やる事は、今まで通りだよね」
彼女は、近くに目を向けた。
遊具に群がる子供達がキャッキャと騒ぐ中、一人だけ、ポツンと立っている寂しげな少年。
親はいないのだろうか?
腕や足に所々見える青い痣が、言葉なくとも物語っていた。
闇姫はその場を無言で去り、一方、Fはれなに続く。
絶対的な存在が理不尽に命を奪い、絶対的な存在が理不尽に世界を操作する。
なのに、民の善意も、悪意も、流される事なく、生き生きと世界を満たし、時に坩堝と化す。
世界とは、不思議なものだった。
…と。
これで、おしまいですね。
これで良いのですか?
退屈じゃありませんでした?
まあ、いいだろう。
そうですね。
そんな事言って。
お前らにとっては全部、物語の中の出来事なんだろ?
ワンダーワールドCR 完






