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りゅ~ぢがゆく

つまらなき こともなき世に つまらなく

大江健三郎を知ったのは、確か中2のときでした

学校の読書感想文で、『ヒロシマ・ノート』が推薦図書の一冊に挙げられていたのです

学校の先生からは、日本でノーベル文学賞を受賞したのは

川端康成と大江健三郎の二人だけだと教わりました

そのときは、特に気にも留めていなかったのですが

広島市の出身者として、いつか読んでみたいという気持ちもありました

いつか読もうと思いながら、毎年8月6日を迎えていたのでした

いつかではなく今読もうと思い、購読したのが何故か去年の暮れごろでした

たぶん来年(今年)が終戦から70年の節目だったからだと思います

大江の本はこれが初めてでした

読んでみて最初に思ったことは、読みづらい。。。でした

どの辺が読みづらいかというと、彼の文章は、外国語を翻訳した日本語っぽい文章なのです

慣れるまでに多少の時間がかかりました

一度読んで理解できなかったところは、5回は読み返しました

読み終えて、ひとつの疑問が残りました

なぜ、この人は広島の原爆をテーマにした随筆を書こうと思ったのか、でした

大江は愛媛県の出身で、高校まで愛媛で過ごし、大学は東大の出身です

広島とは縁がなさそうなのに。。。

今年の2月に『あいまいな日本の私』という講演を文章化した新書を読みました

大江はそのなかで、井伏鱒二について語っていました

井伏は、『黒い雨』という、ヒロシマで被爆した夫婦とその姪の

物語を書いた作品が有名です

大江は、この井伏鱒二の大ファンだと言います

井伏の書いた本はすべて熟読しているそうです

ああ、それでか。。。と思いました

そして同時に、大江に親近感を持ちました

『黒い雨』には、僕にとって大変なじみ深い、広島の街の

ローカルな地名がたくさん登場します

可部線とか古市町とか、僕のホームタウンの話もたくさん出てきます

グローバルに認識されている悲劇をテーマにした文学の中に

登場するローカルな土地での名もない人々の出来事を読み、感銘を受けた

のちに世界的な文学者となる人が、実際にその足で広島を数年にわたり取材し、随筆にし、

それが初版から50年経った今でも増刷され(僕が持っているのは90刷目です!すごい!!)

読み継がれている

僕はそのことに感慨深いものを感じずにはいられません

この話はまだ続きますが、またの機会に