青森大・吉田、ニンニクパワーで初の全国つかむ…大学野球
大学野球の明治神宮大会(11月23日開幕・神宮球場ほか)出場権を懸けた東北地区代表決定戦が14日、青森県営球場で開幕する。北東北リーグで今秋、7季ぶりに優勝した青森大は16年ぶりの神宮大会出場を目指す。カギを握るのは、最速150キロ右腕・吉田友大(3年・田子)。秋季リーグ戦で7勝無敗、防御率0・57をマークした大黒柱が、自身初の全国大会出場へ向け活躍を誓った。
吉田が投じる球質の重いボールが、捕手のミットに吸い込まれていく。ブルペンで約30球の投げ込みをした青森大の150キロ右腕は、「リーグ戦後、疲れで肩が上がらなかった時期もあったけど、もう大丈夫。万全です」と笑顔を見せた。
今秋、チームを7季ぶりのリーグVに導いた。全10試合中8試合に先発、1試合でリリーフ登板とフル回転。9試合で63回0/3を投げ被安打30、自責点は4、防御率0・57と好投した。リーグの2強である富士大戦と八戸大戦では完封し、岩手大戦では、それまでの最速を4キロ更新する150キロをマーク。今春のリーグ戦で2勝3敗だった男が、秋は7勝無敗と大黒柱に成長した。
出身は青森・田子町。ニンニクの年間生産量約1600トンの「ニンニクの町」だ。約280戸のニンニク農家があり、母方の祖父母も生産に携わっている。「そんなに食べません」と苦笑するが、ニンニクパワーのおかげ!?か、高校時代から140キロ超えの速球は有名で、町の希望の星的存在だ。
大学入学後、けんこう骨を痛めたり、右手首のけんしょう炎など、けがに泣かされてきた。それでもくさらずに努力し続け、今、これまで無縁だった全国大会に手が届く場所にいる。「いいチャンスなので、神宮に行きたい」。北の剛腕が全国舞台でベールを脱ぐべく、勝負のマウンドに上がる。
◆吉田 友大(よしだ・ともひろ)1990年11月28日、青森県田子町生まれ。20歳。田子小4年時に外野手として野球を始め、田子中2年から本格的に投手に。田子高では1年春から背番号をつけ、2年春からはエースで4番。3年夏は3回戦で光星学院に敗れる。青森大では1年春からリーグ戦に登板。184センチ、88キロ。右投右打。家族は両親と兄。血液型O。
(報知)
吉田が投じる球質の重いボールが、捕手のミットに吸い込まれていく。ブルペンで約30球の投げ込みをした青森大の150キロ右腕は、「リーグ戦後、疲れで肩が上がらなかった時期もあったけど、もう大丈夫。万全です」と笑顔を見せた。
今秋、チームを7季ぶりのリーグVに導いた。全10試合中8試合に先発、1試合でリリーフ登板とフル回転。9試合で63回0/3を投げ被安打30、自責点は4、防御率0・57と好投した。リーグの2強である富士大戦と八戸大戦では完封し、岩手大戦では、それまでの最速を4キロ更新する150キロをマーク。今春のリーグ戦で2勝3敗だった男が、秋は7勝無敗と大黒柱に成長した。
出身は青森・田子町。ニンニクの年間生産量約1600トンの「ニンニクの町」だ。約280戸のニンニク農家があり、母方の祖父母も生産に携わっている。「そんなに食べません」と苦笑するが、ニンニクパワーのおかげ!?か、高校時代から140キロ超えの速球は有名で、町の希望の星的存在だ。
大学入学後、けんこう骨を痛めたり、右手首のけんしょう炎など、けがに泣かされてきた。それでもくさらずに努力し続け、今、これまで無縁だった全国大会に手が届く場所にいる。「いいチャンスなので、神宮に行きたい」。北の剛腕が全国舞台でベールを脱ぐべく、勝負のマウンドに上がる。
◆吉田 友大(よしだ・ともひろ)1990年11月28日、青森県田子町生まれ。20歳。田子小4年時に外野手として野球を始め、田子中2年から本格的に投手に。田子高では1年春から背番号をつけ、2年春からはエースで4番。3年夏は3回戦で光星学院に敗れる。青森大では1年春からリーグ戦に登板。184センチ、88キロ。右投右打。家族は両親と兄。血液型O。
(報知)