「あれ、つながった。笑。」
「んー。なんで。」
「だって、あのリツートのイメージ強いですよ。」
夜遅い時間帯に電話をすると頻繁に聞くフレーズである。
小学生の頃に一番初めに読書をした記憶があるのがシャーロック・ホームズの緋色の研究だった。それがすごく面白いと感じて推理小説を読みだした。「ズッコケ三人組」「オーギュストデュパン」「エルキュールポワロ」「ブラックワイドワーズ」などなど。
そんなこんなでTwitterで偶然みつけた「ホームズBOT」をフォロー。そのBOTが24時少し前に必ずツイートするのが「ワトスン君、おやすみ。」なのだ。このBOTというやつは小説で出てくるセリフを数時間ごとにつぶやく。それがなんというか懐かしい。日課というわけではないが、「ワトスン君、おやすみ。」をみるとなんとなくリツイートしてしまう。実際にそんなに頻繁にしていないはずなのにフォロワーのみなさんからは冒頭のご意見を耳にすることが多い。ためしに直近3ヶ月のリツイート数を勘定すると29回という結果になった。月あたり約10回。そんなに多いかな?しかも、フォロワーがそのリツートを目にするケースとなると多くはないだろう。Twitterというツールはほんとに不思議だと思う。
そういう側面からするとTwitterの日々のつぶやきというやつは着目してみるとその人の行動パータンから引いては人間性までを垣間見ることができるツールなのではと考える。フォローをしている人数が数百数千レベルなら目につきにくいのだけど、十数名とかになるとじっくり人間観察ができてしまう。面白くもあり、怖いツールだ。
しかしながらイメージ作りにはもってこいではなかろうか?そのことを感じたのがこの「ワトスン君、おやすみ。」である。
そんなに頻繁にやらなくても特定のワードを繰り返しつぶやくことによりその言語のイメージとつぶやいた本人のイメージがかさなるのだ。経営者であれば、偉人の名言やエコなど社会的に賛同者が多い特定の単語をつぶやく。タレントであれば明るく元気で前向きな特定の単語をつぶやく。そういうことをやれば自然にイメージ付けができてしまう。なんだか「気軽なTwitter」から「戦略的なTwitter」に変化することになり、良い面もあるけど堅苦しくなる側面もでてくるな。いろいろ考えながら今日も・・・。
「ワトスン君、おやすみ。」
「んー。なんで。」
「だって、あのリツートのイメージ強いですよ。」
夜遅い時間帯に電話をすると頻繁に聞くフレーズである。
小学生の頃に一番初めに読書をした記憶があるのがシャーロック・ホームズの緋色の研究だった。それがすごく面白いと感じて推理小説を読みだした。「ズッコケ三人組」「オーギュストデュパン」「エルキュールポワロ」「ブラックワイドワーズ」などなど。
そんなこんなでTwitterで偶然みつけた「ホームズBOT」をフォロー。そのBOTが24時少し前に必ずツイートするのが「ワトスン君、おやすみ。」なのだ。このBOTというやつは小説で出てくるセリフを数時間ごとにつぶやく。それがなんというか懐かしい。日課というわけではないが、「ワトスン君、おやすみ。」をみるとなんとなくリツイートしてしまう。実際にそんなに頻繁にしていないはずなのにフォロワーのみなさんからは冒頭のご意見を耳にすることが多い。ためしに直近3ヶ月のリツイート数を勘定すると29回という結果になった。月あたり約10回。そんなに多いかな?しかも、フォロワーがそのリツートを目にするケースとなると多くはないだろう。Twitterというツールはほんとに不思議だと思う。
そういう側面からするとTwitterの日々のつぶやきというやつは着目してみるとその人の行動パータンから引いては人間性までを垣間見ることができるツールなのではと考える。フォローをしている人数が数百数千レベルなら目につきにくいのだけど、十数名とかになるとじっくり人間観察ができてしまう。面白くもあり、怖いツールだ。
しかしながらイメージ作りにはもってこいではなかろうか?そのことを感じたのがこの「ワトスン君、おやすみ。」である。
そんなに頻繁にやらなくても特定のワードを繰り返しつぶやくことによりその言語のイメージとつぶやいた本人のイメージがかさなるのだ。経営者であれば、偉人の名言やエコなど社会的に賛同者が多い特定の単語をつぶやく。タレントであれば明るく元気で前向きな特定の単語をつぶやく。そういうことをやれば自然にイメージ付けができてしまう。なんだか「気軽なTwitter」から「戦略的なTwitter」に変化することになり、良い面もあるけど堅苦しくなる側面もでてくるな。いろいろ考えながら今日も・・・。
「ワトスン君、おやすみ。」