『騎手の人生を変え、運命を大きく動かす馬』。これに出逢うことは全ての騎手にとっての夢であり、一つの到達点であると、私はファンの目線ながら考えています。勿論、騎手一人一人にとって11鞍で騎乗するお馬さんに対しての思い入れは別ですが、多くの人に取ってはその一頭はかけがえのない存在。何せ一頭には馬主を初め多くの人々が関わっており、そしてお馬さんにとっては一戦一戦が自分の馬生を左右しかねない大事な勝負。例えどんなレースであろうとも決して軽んじて良いものではなく、許される行為ではありません。それを差し引いても、大きな影響を及ぼす馬とは出会いから共に時間を過ごし、苦楽を共にした時間さえも人の人生を変えうる。そんな存在です。

 その馬はある1人の競馬に何のつながりも持たなかった若き騎手に『三冠』の称号をもたらすためだけに生まれ、そして早くにターフを去っていった。儚くとも強く、そして固き絆と愛を紡いで伝えた名牝。その名前はスティルインラブ。馬名の意味は『今でも愛している』。


 運命とは形を持たない感覚質である。

 出会いとは鏑矢のように刹那である。

 ーーでは、運命の出会いとは?



プロフィール

Name:スティルインラブ

:サンデーサイレンス

:ブラダマンテ(BMS:Roberto)

馬主:ノースヒルズマネジメント 生産牧場:下河辺牧場

調教師:松元省一(栗東)

主戦騎手:幸英明

兄弟馬:ビッグバイアモン、カペルマイスター、ダイワネバダ

主な勝ち鞍:桜花賞、オークス、秋華賞(牝馬三冠)


写真引用:JRA–VAN 名馬メモリアル『スティルインラブ』 




#1 アイのシナリオ



 さて、このスティルインラブ。父は言わずと知れた大種牡馬サンデーサイレンス。母に中世フランスの女聖騎士の名を冠するブラダマンテ、BMS1972年のイギリスダービー馬にしてあのブライアンズタイムやクリスエスの父であり、『史上最大のヒール』とも称されたRobertoという血統。こん時から競馬におけるヒーローとか悪役とかのお馬さんに対する不毛なレッテル貼りはあったんですね。母の名前の元ネタ、FGOやってる人などには馴染み深い名前ではないのでしょうか。生産は今では『キセキ民の親玉』、『SNS上手いかは置いといて競馬勢から愛されている牧場第一位』、『自分の牧場で生まれたお馬さんたち一の限界オタク』、『牧場箱推し概念の開拓者』でお馴染み日高の名門下河辺牧場。

 しかしこの血統、一見すると文句なしの良血なんですがよくよく見ると大きな課題を抱えているのです。(勿論全ての牧場様の配合の方針を否定したり、揚げ足を取る意図は決してございませんのでご了承のほどよろしくお願いいたします。)それは、『クロスのきつさ』です。

 一般的に競走馬の血統の配合方法は『インブリード』、『アウトブリード』の二つに分けられます。『インブリード』『クロス』とも呼ばれるその手法は、所謂近親配合のこと。5世代前までに同じ祖先がいる馬と馬をかけ合わせることでその祖先の系統を残したり、祖先の特徴を色濃く遺伝させて高い能力を引き継がせる事を目的として行われており、これは競馬の血統配合においては当たり前に行われている手法の一つです。基本的にサラブレッドの血量はその馬の親の血量をそれぞれ母と父で50%とすると、世代を一つ遡るごとに血量は半減し、25%、12,5%、6,25%とパーセンテージで測られています。

 つまり、(『父ディープインパクト、BMSもディープインパクトとかなら最強の馬が産まれるのでは!』という理屈は『実現できなくはないが現実的ではない。できたとしてもそもそも子どもの体質が危ぶまれたり、競走馬として大成できるかは博打になってしまう。』と、リスクとリターンの釣り合わない配合であることが分かります。このように単純に母や父が良血だったり、強い馬だからと言ってその子どもが強いとは限らないというのが血統の奥深い所なんですよね。

 理論上、インブリードは3世代前、もしくは4世代前に同じ祖先がいる→4×318.75%が最も効果を発揮しやすい限界値と言われており、これ以上濃い配合だと体質が弱くなってしまたり競走馬として大成しづらかったり、大成して繁殖になれたとしても将来の血統配合の選択肢が減ってしまったりと課題が多いのも現状です。あと、この黄金比には特にこれといった具体的な理屈や根拠が無く、長年インブリードが続けられた結果この比率が最も効果を発揮しやすいと定義されています。私のブログで血統について『黄金比』や『黄金クロス』と表現しているのは、基本的にこの理論に基づいているのです。

 そういえば最近、シルクレーシングから今年アーモンドアイにイクイノックスを種付けすることが発表されたのですが、血統シミュレーターで試しに配合をしてみたらこれがまたかなり現実的なラインで全然ありそうな配合なんですよね。

 まず何と言ってもサンデーサイレンスの3×418.75%)が黄金比でありますし、それに伴いヘイローの5×5×412.50%)と程よい血量。これは近い将来、大きな話題を掻っ攫うのではないでしょうか!楽しみだセレクトセールに出されるのか、はたまたシルクレーシングが一口を公募するのか馬と共に夢を売るのが、競走馬への出資の

 インブリードが流行りすぎた結果今の血統配合の選択肢が狭まってしまっているのは今後の課題ではありますがジャスタウェイとかあまりにも化石血統すぎて配合難しいらしいし

 アウトブリードはその逆で、クロスを持たせない、完全に別々の系統のお馬さんで産駒を作ること。例をあげるならディープインパクトやステイゴールド、ハーツクライなど後に日本を代表する大種牡馬から、メジロマックイーンやナリタブライアン、ネオユニヴァースやカネヒキリなどの強豪馬たちもアウトブリードによって配合されています。

 さてさて、理屈コネコネタイムはこの辺にして、スティルの話に戻りましょうか。

 スティルインラブの血統表を見ると父系、母系とも3世代目にヘイルトゥリーズンを持っており、それぞれ父サンデーサイレンス、母ロベルトによる3×312.50+12.50%=25.00%)と、父方の四代目と母方の五代目にノーザンダンサーやヘイローの母でもある名牝アルマームードのクロス(6.25%+3.125%=9.375%)があり、限界値を超えた近親配合であることがわかります。これがスティルインラブの三冠達成後の低迷や早逝の原因とされています。濃いインブリードの弊害、元来の体質の弱さこれらが、最悪の形で彼女を襲ってしまったこれに尽きるでしょう。