#4雷帝轟臨、キミはその日轟雷となる



 晴れてマイル王の座に着いたトロットサンダー。年明けて8歳となり春の大目標を秋春マイル統一安田記念に定めて始動戦として2月の東京新聞杯に出走します。単勝2.2倍の1番人気に推され、道中は中団後方からレースを進め、途中ニホンピロプリンスの落馬など波乱を含みながらも最後は直線一気で突き抜け、格の違いを見せつけての勝利。順調な滑り出しを見せます。このレース、鞍上曰く直線でソラを使った(馬が先頭に立った時に走る気を失う、集中力を欠くこと。メイケイエールが良い例)との事で、確かに実際のレース映像を見てみても先頭に立った後加速が鈍っているように見えました。しかしソラを使っても尚勝ち切ったのはこの馬のスペックそのものが突き抜けていたからでしょう。

 次走は3ヶ月明けて距離を短距離1400mに短縮してのG2京王杯スプリングカップに出走。1番人気タイキブリザードと差の無い2番人気に推されるも、結果は3着。このレースは序盤はポツn…最後方でレースを進めて直線で勝負をかけるも進路を確保できずに抜け出しが遅れてしまい、不完全燃焼に終わる結果となりました。(この騎乗を横山典弘ジョッキーは「自身の騎乗ミス」と後に振り返っている。)ここまでの中央での戦績を振り返ってみると13戦走って内訳が(7-1-2-3)、うち6戦が1600mでの勝利。しかも1600mでは負けなしという戦績です。

 このようにトロットサンダーにとっての最適距離は1600mであり、1800mは長すぎる。1400mでは短すぎる。まさに典型的なマイラーという戦績であることが分かります。まさに『パーフェクト・マイラー』。かくしてトロットサンダーは前哨戦2戦を上々の結果で終え、万全の状態で春の大目標安田記念へと向かいます。

 この年の安田記念。G1馬が8頭も出揃い、『グランプリにも引けを取らない豪華メンバー』と称されました。『女傑』ヒシアマゾン、SS第一世代からは皐月賞馬ジェニュインにオークス馬ダンスパートナー、快速乙女フラワーパーク、巨漢馬ヒシアケボノ、昨年の覇者ハートレイク、3歳女王ヤマニンパラダイス、そしてトロットサンダー。

 この他に翌年の安田記念を勝利するタイキブリザードに名脇役ビコーペガサス、海外からの刺客シャンクシーというようにまさにどの馬が勝ってもおかしくないという混戦ぶり。昨年(2023年)の安田記念ではこれ以上の10頭ものG1ホースが集まり超ハイレベルな一戦となりましたが、1996年の安田記念もそれに劣らない強豪たちが出揃いました。これだけのメンバーに囲まれながらも、トロットサンダーはそれまでのマイル戦の戦績を買われて堂々の1番人気に推され、今度はチャレンジャーではなく王者として並いる強豪馬たちを迎え撃つ立場となりました。パドックではカリカリする様子を見せ、季節柄の発汗やテンションの上がり具合があるも何とか落ち着きを取り戻して本馬場入り。鞍上横山典弘ジョッキーは前走の乗り方を反省しており『素直な馬だし、後は自分さえ上手く乗れればこの馬は勝てる』とあたかも己にプレッシャーをかけるような発言をしていたとのこと。

 レースはヒシアケボノがハナを奪って逃げる展開。好スタートを切ったトロットサンダーは中団後ろ、外側に控えます。道中ではヒシアマゾンがかかり気味になり前に出るなど波乱を含みながらも大欅を超えて最後の直線。依然としてヒシアケボノが粘りつつも真ん中からタイキブリザードが追い込み、ハートレイクやフラワーパーク、ジェニュインも位置を上げるも大外から突っ込んでくるは黄色の勝負服に緑の帽子。トロットサンダーが大外から一気の末脚で先頭に並び、最後はタイキブリザードとトロットサンダーの僅差で決着。写真判定となりました。判定を待つ間横山典弘は自分を指差すも微妙な感じを見せるも、結果は外のトロットサンダーに軍配。横山典弘ジョッキーは検量室前で判定を見守った後笑顔でトロットを讃え、タイキブリザードを管理する藤沢調教師と固い握手を交わしました。

 日本調教馬で8歳馬がG1を勝利するのはグレード制導入後史上初の快挙。『老雄』スピードシンボリがグレード制が導入される以前に8歳で有馬記念を勝利してから16年後、今度は浦和からきた遅咲きの雄がG1を勝利。マイルの絶対王者として君臨したのです。

 年齢も、キャリアも、生まれも。勝負という一瞬の世界においては関係ない。今この瞬間の実力なのだと彼らは最高の結果を以て示したのです。この時カンテレでレースの実況を担当したのはまだ若かりし頃の青嶋達也アナウンサー。このレースが初めてのG1実況とのことでした。レース後、少し感極まったような口調で『初めてのG1実況担当なのですが、光栄です。これだけの良いレースになって。』と、まだ若きアナウンサーの心にも、彼の鬼脚は響いたのかもしれません。

 このレースの後、休養を挟んで天皇賞に行くプランがあったのですが橈骨痛や骨膜炎を発症し断念。更に先の名義貸し事件が暴露されて藤本氏は馬主資格を剥奪。トロットサンダーは引退となり、奇しくもこの安田記念がラストランとなりました。

 地方で長い下積みを経て中央入り、その轟雷が如き鬼脚とド根性、極端なまでのマイル適性を武器にターフを沸かせ、マイル界の王へと上り詰めたトロットサンダー。いつしか彼の事を、競馬を愛する者たちは畏怖と敬意を込めてこう呼ぶようになりました。


                                 ーー『雷帝』と。