パラリンピック | 魑魅魍魎 …Rhyme & Reason…

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18日…パラリンピックが閉幕した!

ここ何回かで認知度が上がったパラリンピック…

パラリンピックとは、
国際パラリンピック委員会(International Paralympic Committee、略称IPC)が主催する
身体障害者を対象とした世界最高峰のスポーツ競技大会。


オリンピックと同じ年に同じ場所で開催される。
2004年のアテネ大会から夏季オリンピックと共同の開催組織委員会が運営する。

戦争で負傷した兵士たちのリハビリとして「手術よりスポーツを」の理念で始まった。

もともと、IOCとは全く関係がなく、オリンピックとは開催地が異なっていたが、
ソウルオリンピック以後、オリンピック開催後に同じ場所で
パラリンピックを開催することが義務付けられるようになった。


2008年の北京大会からはオリンピック委員会との関係は強固なものとなる。


「パラリンピック」の名称は、半身の不随(paraplegic)+オリンピック(Olympic)の造語!
だが、半身不随者以外も参加するようになったため、

1985年から、平行(Parallel)+オリンピック(Olympic)で、

「もう一つのオリンピック」と解釈することになった。


パラリンピックの起源とされているのは、1948年7月28日
ロンドンオリンピック開会式と同日に、イギリスのストーク・マンデビル病院で
行われたストーク・マンデビル競技大会とされる。


ストーク・マンデビル病院は、第二次世界大戦で脊髄を損傷した
軍人のリハビリのための科が専門にあり、
ドイツから亡命したユダヤ系医師ルードウィッヒ・グットマンの提唱により、
車椅子の入院患者によるアーチェリー競技会が行われた。


この競技会は当初、純然たる入院患者のみの競技大会であったが、
毎年開催され続け、1952年には国際大会となり、
第1回国際ストーク・マンデビル競技大会が開催された(参加国はイギリスとオランダの2カ国)。


1960年には、グッドマンを会長とした国際ストーク・マンデビル大会委員会が組織され、
この年のオリンピックが開催されたローマで、
国際ストーク・マンデビル競技大会が開催された。
この大会は現在、第1回パラリンピックと呼ばれている。


第2回大会は、1964年にこの年の夏季オリンピックが開催された東京で、
国際ストーク・マンデビル競技大会との2部構成で行われた。


1部が国際ストーク・マンデビル競技大会として、


第2部は国際身体障害者スポーツ大会という名称で行われた。


第1部は車椅子競技者の大会で、第2部はそれ以外の障害を持つ者の大会として行われたが、
実際の第2部は名称に反して、日本の国内大会に近いものとなった。
これらの大会は現在、両者を合わせてパラリンピック東京大会と呼ばれている。


パラリンピックもオリンピック開催同一都市で行うことは、東京大会でいったん中断。
この後の国際大会は車椅子競技者のための
国際ストーク・マンデビル競技大会のみが行われていた。


1972年のハイデルベルク大会は同一国での大会であった。


1976年、モントリオールオリンピックの年、国際ストーク・マンデビル競技連盟と

国際身体障害者スポーツ機構との共催でトロント大会が開催された。


この間、国際オリンピック委員会は、
これらの大会にオリンピック類似の名称を使うことに難色を示していたため、
それぞれの大会で呼ばれていた「パラリンピック」という名称は、
どれも愛称で正式名称ではなかった。


しかし、1985年、国際オリンピック委員会は、パラリンピックという呼称を用いることを正式に認めた。
開催時に既に「パラリンピック」と呼ばれていた大会は、
この次の1988年ソウル大会からであり、この大会はオリンピック組織委員会が
パラリンピックに直接かかわる初めての大会ともなり、
この大会からは再び夏季オリンピック開催都市が夏季パラリンピックも開催されるようになった。


なお、冬季大会が冬季オリンピックと同一都市で開催されるようになるのは
1992年のアルベールビル冬季大会からである。


1989年には国際パラリンピック委員会が設立され、
これ以後、継続した大会運営が行われるようになった。
国際パラリンピック委員会の本部は、ドイツのボンにおかれている。


2000年のシドニーオリンピック時にIOCとIPCとの間で正式に協定が結ばれた


オリンピック開催都市でオリンピックに続いてパラリンピックを行うことと、
IPCからのIOC委員を選出すること。
これらのことが両者間で約束され、オリンピック開催都市での
パラリンピック開催は正式に義務となった。


2001年にはIPCとIOCは、パラリンピックとオリンピックの連携について、
スイスのローザンヌで合意文書に調印


2008年夏季大会、2010年冬季大会から
IOCはパラリンピックについて運営・経済両面においてIPCを支援。


パラリンピックの構成や保護を強化するとともに、
パラリンピック競技大会の組織委員会は
オリンピックの組織委員会に統合されることになった。


とは言うものの…日本での盛り上がりはいま一つ!
選手の練習場も限られてしまっているのが現状のようですね!
(なかなか練習場所を提供してくれるところがないとか…)


選手の方々の殆どが日中に仕事をされている方が多いので…
練習不足は否めないでしょうね!


しかし…今回は…かなり真剣に見入ってしまいました!
バスケットは…直接観に行きたいですね!


ボッチャって競技なんかは…健常者でも難しいだろうに!
って思う競技でしたね!


諸々の問題を抱えているとは思いますが…
今後もどんどん認知度を上げて、
オリンピック同様にTVでも盛り上がってほしいものです!


最後までお読みいただき感謝です!