昨日の社長のなうでセイウンプレジャーが引退することを知った。


私も宮本厩舎では好きな馬であったなので悲しい・・・。


けれど競走馬に怪我は付き物。社長も順調に行く事の方が珍しい


と書かれていたので、よく今まで頑張ってくれたと思う。


セイウンプレジャーに「ありがとう」と言いたい。





セイウンプレジャーには思い出がある。


デビュー前から社長に良い馬がいると聞かされた私の期待感は膨れ


上がっていた。しかも西山牧場との黄金コンビである宮本厩舎に入厩。何


かの折に宮本先生と直接お話しをする機会があり、デビュー前のセイウン


プレジャーの事を質問したら先生も絶賛していた。





そして新馬戦も期待の高さからか、武豊騎手。その期待に応えて


新馬戦、500万と連勝。ニュージーランドTで私の期待感ははち切れん


ばかり。でもさすがに重賞、壁に跳ね返された。





その後、1000万を勝った後に休養、明けてからまた連を外さないという


快進撃、1600万をいいレースをしながら上位人気が続いた。


そして忘れもしない伊丹ステークス、鞍上は武豊騎手人気もぐりぐり


の1番人気。


レースでは伸びずに6着。


私はあのレースは本当にがっかりしたのを覚えてる。





それから1600万を一進一退しながら今年1月の山科ステークスでは人気薄


ながら後ろから突っ込んで3着。これからだと思っていたので残念だ。





私はは恥ずかしながら初めて社長からセイウンプレジャーの名前を聞いた時


聞き間違えてセイウントレジャーと思い込んで、活字を見るまで間違いに気付


かなかった。





先日友人のNSさんからニシノハーロックがまだ金沢で走っているよとメールを受けた。


まじ?と私は早速ネットで競走成績を調べてみた。おお確かに走ってるよ。





そしてよく見てみると金沢に行ってから大きな休養も無く走り続けている。


黙々と与えられた仕事をこなして、まるでサラリーマンだ。馬車馬のように働いている。


私は何か親近感のようなものを感じた。


無事是名馬の見本ではないかと・・・。





ニシノハ―ロックは当歳のときから注目していた。


フラワーの仔と言うだけで注目されるが父は短距離王のタイキシャトル。


まさにマイラ―同士の夢の配合。


しかも当歳から馬体は大きく立派だったので絶対オープン馬になる。


いや、重賞も勝てると私は周りに豪語していた。


丁度西山牧場もスカイやエリアが出て活気があった時期でもある。





そしてデビュー戦は中止だった。でもあまり記憶は無い。


結局は中央で1000万円下まで駒を進めたがそこまでだった。


それ以来忘れていたが、NSさんのメールでまた思い出した。





スカイに夢中だった当時のことも思い出し昔の写真も見返した。


あの頃は本場もあり私も若かった。結構当時に比べ私や周りの人々の状況は


大きく変わったが西山牧場の思い入れは変わらないつもりだ。


そしてずっと変わることは無い!








ニシノフラワーにはまだ思い出深いものがある。





ニシノフラワーは海外からお腹に仔を入れたまま4頭繁殖牝馬を海外から買ってきた馬の


お腹に入っている1頭だった。


私は丁度その当時北海道の西山牧場の本場で勤務していた。





当時、牧場の従業員はこの4頭の輸入牝馬に期待しておりどんな仔馬が産まれるのかと期待


していた。


私もその中の一人で、きっと海外の繁殖牝馬だからさぞかし体の大きい立派な馬体をした仔が


産まれるのだろうと期待した。


そして、母デュプリシトが産み落とした仔、後にニシノフラワー。


翌日、見に行った。おお、と思ったが、黒くて結構小さいなぁと同時に思っていた。





私は同じ輸入牝馬のバンブーファンの仔の方が走るのではないかと考えていたが実際バンブー


ファンの産駒は地方で1勝か2勝程度の馬しか産駒として残せなかった。





その後のニシノフラワーの活躍はご存じの通り、大活躍。





私に相馬眼なぞ無いことが良く分かった。





今週はエリザベス女王杯。


エリザベス女王杯と言えばやはりニシノフラワーだ。





当時のエ女王杯は4歳牝馬限定で今の秋華賞に該当していた。


今、当時の事を思い出すとフラワーは前走はローズSで人気になりながら負け、その前はオークスで7着。


エ女王杯は2400mで。フラワーにとって距離に不安が囁かれて6番人気と評価は低かった。





これは私の個人的な見解だがフラワーの父Majestic Lightの産駒にLite Lightがいて距離の長いオークス


を勝っていた。


絶対ニシノフラワーもエ女王杯には勝てると信じ、年も若いためか神奈川から京都競馬場までバイクで勇んで


行ったが、京都は丁度秋の行楽シーズンで渋滞にはまり何と京都競馬場に着いたのはエ女王杯のパドックが


始っていた。





パドックの周りにはもう人だかりで、遠くからフラワーを遠くから拝む程度に、そそくさと馬券を買いに行った。


単勝、複勝ともに1万円と私にとって大勝負を賭けた。





レースは中段にいたフラワーが直線で凄い追い込みをかけたが、更に追い込みをかけた全く人気薄の


タケノベルベットに差されメジロカンムリにも惜しくもハナ差届かず3着であった。


その年はのエ女王杯はレベルが高く勝ったタケノベルベットは勿論、アドラーブル、メジロカンムリ、


サンエイサンキューとその後大活躍する牝馬が出走していた。





私は人気薄ながらも複勝をゲットし帰りは高速でレースが終わったらとんぼ帰りで神奈川へ帰った。


バイクでの道中、フラワーは勝てはしなかったが3着になり配当も入ってきた嬉しさで当時流行っていた


大事MANブラザーズバンドの「それが大事」を長い時間何回も口ずさんでいた。





忘れられない思い出だ。





我がドラゴンズ、昨日の敗戦で終わってしまった。


土曜日、日曜日もよく頑張ったとは思うが勝てなければ何もならないのが勝負事。





7戦目、8戦目にしても中日が勝てる試合だと思った。


ミスから始まって点を取られ、ドラゴンズがチャンスでもあと1本が出ない。


ペナントレースのような最小得失点差で勝つ緊張感が感じられなかった。勿論選手は本気を


出しているとは思うが結果がついてこなかった。





現在の監督が落合監督である以上ファンとしてはすがるしかない。来年までに選手を鍛えて


若手がもっともっとレギュラーを脅かす存在になって欲しい。





でもその中で打たれたとはいえ、浅尾のピッチングは感動した。身体が華奢だけに余計思い入れ


が入る。7戦目、8戦目ともに投球過多であるため悲壮感さえ感じさせたが、3イニング目でも150キロ


の剛速球を投げていた、浅尾には敬服する。





昭和49年に日本シリーズで戦った時も2勝4敗。今年のロッテはあまり強そうには見えないが敵の隙を突


くのがうまいチームだと思った。





おめでとうロッテマリーンズ。来年はドラゴンズが日本一だ!