アメブロやってると「いいね」してくる人の中に、
スピリチュアル関連やら、占い、カウンセラー、○○コーチ、結婚相談所など、無資格でもできるビジネスをやってる人達が、集客の手段として
「いいね」してくる事がほんとに多いですよね。
こちらの投稿も読まずにいいねしてきますしね。

そういう人達のブログは
ブログタイトルや、スピリチュアルっぽい名前を見れば一目瞭然なので
こちらからブログを見に行くことはしません。

美輪明宏さん言うところの
「偽物」だと思いますから。

「本物」でしたら
人のブログに「いいね」をバラまかなくっても
自然に人が集まってくるはず。

本物さんは
自分本来の力がある→口コミで段々と広がる→遠くの人、もっと多くの人が救われたいと集まってくる→ブログを始める(周りに頼まれて半ば仕方なく)→反響がある、励みになる、みんなを幸せにしたい  、と善サイクルに入る

偽物さんは
本物の人達が人を集めて儲かってそう、私も真似してコストのかからないアメブロで集客してひと儲けしたい、本出したり、メディアにも出たい(単純に自分の承認欲求だけのために発信している場合もあり)→ブログを始める→いろんな人のブログに「いいね」を押しまくる→集まらない→また押しまくる、 と不毛なサイクルに入る

と、同じようにブログやってても、動機も目的も違う。

つまり「いいね」を押せば押すほど、
偽物さんは、自分が偽物だと自己申告してるようなものなのです。

あなたが本物であれば、何もせずとも人が集まってくるはずです。

自分の、すぐ近くにいる友人がまずあなたのファンになってくれているか?
まず、そこからではないですか?




昨日は雨も上がったので、葉山・逗子を散歩してきました。
気候が温暖です、風が暖かく体がリラックスします。

神奈川県立美術館葉山は今休業中なので
近くの山口逢春記念館へ。
葉山の御用邸の近くです。

生前のお住まいを保存して記念館にしています。
JR東海関連の財団が、奥様から託されて保存、運営されているそうです。
海を臨む高台にすっきりと建つ和風建築。

画室は天井まである高い窓、和風建築でこんなに大きな窓は見たことがないですね。
四季折々花が楽しめるよう、お庭には沢山の木々が。

山口さんの作品を近くで拝見できます。
最初は西洋画を学ばれて大学時代の途中から、
日本画に転向されたのですね。
常に新しいスタイルを追求されていた姿、
素晴らしいです。
別館のビデオ映像で拝見したのですが、戦時中、従軍画家として描いた絵も、戦争画とは思えぬ美しさでした。

歩いて20分 森戸海岸、森戸神社。
海辺の松の上をトンビが何羽も飛んでいます。



夕方逗子マリーナをぶらりとして

ミサキドーナツで休憩して、ドーナツをお土産にしました。
初めて食べたけれど、甘さがやさしく、見た目も可愛らしいドーナツ🍩
お店に白人のファミリーがいましたが、小さな女の子がドーナツを頬張る笑顔が天使でした💓

夏になったら人出が多くなりますが、
今はまだ静かな葉山・逗子でした。

夕食後、久しぶりに寄った、
世田谷 桜新町の桜神宮。


境内にある2本の早咲きの桜が見事に満開、
ライトアップされており
華やかで素敵でした。
遠回りして良かった爆笑

突然、雨粒が落ちてきました。
久しぶりなので神様が歓迎してくれたのなら嬉しいな。
春一番も吹いて日差しも明るくなってきましたね爆笑
昨日は久しぶりに関内周辺をお散歩。

ハマスタは正面が改装されて階段が付いてました。ここにあったグッズショップは脇の通路に移動してましたよ。


大さん橋ターミナルは好きな場所。
海風はまだ少し寒いけれど、ファミリーやカップルがテイクアウトしたコーヒーを楽しんだり、子供を遊ばせたり。のんびりできて気持ちがいい。海を渡る風には生命を元気にするエキスが入ってますよね。

飛鳥IIが停泊中。
クルーズ会社も今は大変な時だと思うけれど
無くならないでほしい。

中華街に寄ったら人出が少なく、休業している店もちらほら。もうすぐ旧正月なのに、ちょっと寂しい雰囲気。
食事した老舗店の奥さんも、昼も夜もお客さんが少ないわ、2階の宴会も全く無いし。と。
いつまでこの状況が続くのか。お店がどうか続きますように。


展覧会を見てこんなに疲れたのは久しぶりだ。
疲れたと言うより、強いものに当たって心身がショックを受けていると言うべきか?



石岡瑛子展を東京現代美術館にて。
広告のアートディレクション作品は知っていたけれど、
映画、舞台の衣装、ステージデザイン等はよく知らなかったもので初見。

石岡さんの広告は陰影が強いのであまり好きではなかったのだが、こうしてまとめて見ると
日本古来の幽玄が染み渡った世界観と感じた。

会場には、石岡さんから何かヒントを得ようとしているのか、20代の男の子、女の子もちらほら見かけた。

そんな若者たちを見ていると、
「あなたと石岡さんは、同じ日本国籍でも、同じ日本人ではないのだよ…」と可哀想に思ってしまう。

昭和20年前に生まれた日本人と、それ以降に生まれた日本人は全く別物だという。

20年以降の日本はアメリカの植民地状態だから、
日本という母が生んだ子でも、アメリカという継母に育てられている。
20年以降に生まれた私たちは、物心つく前からアメリカに育てられているので、本当の母の事はもう忘れてしまっているのだ。

石岡さんが海外の人々にも評価されたのは、
日本という母が生み、育てたアーティストであったため。三宅一生やKENZOなどもそう。
しかもあの頃の日本はまだまだミステリアスな国だった。

しかし今は?
来日する観光客も増え、文化的にアメリカの植民地化した日本が「身バレ」している状態だ。

今さらオリエンタリズムを押し出したところでチープなだけだろう。

あの会場にいた20代の子たちが、
戦争の焼け野原で、母を探して迷子になって歩いている孤児のように見えて、
何だか可哀想になってしまった。
そういう自分も似たようなもの。

石岡さんの作品を見つつ感じたのは
昆虫、甲虫感。
都会生まれの石岡さんが自然界の幽玄さを
表現できたのも、子供時代の田舎への疎開体験があったせいではないかとも思う。
あの時代、疎開を体験した子供たちは何かしら
それが人生に影響を与えている気がする。

それにしても、広告に始まり、
誰かから発注されるという、予算、依頼主の要望に縛られた世界の中で、自分を発揮した石岡さんの強さ!