震災から8ヶ月。

1が6つ並んだ今日。

95歳になる祖母が亡くなりました。

朝方3時、看護士さんが見回りに行ったところ、すでに息がなかったそうです。

眠ったまま行ってしまったんだろうか。


最後は苦しまなかったんだろうか。


心配でなりません。

病院でたったひとりで行ってしまった婆ちゃん。

寂しくなかったかな。


姉と2人で千羽鶴を折っていました。

昨日、姉と母が折り終わった鶴をつなげて、出来上がったばかりだったんです。

ぼけてきちゃってたけれど、私のことも小さい頃に亡くなった自分の子供の名前で呼んだりしたけど。


元気になれ。って願いを込めて折っていました。


届けられなかった。間に合わなかったよ。って、旦那ちゃんに言ったら、


「出来上がるのを待っててくれたんだよ」

って。


ばぁちゃんに会ってないから、なかなか実感がわかない。


遠くにすんでいること、忙しいことを言い訳にろくに会いにも行かず…

ばあちゃん不幸をしてしまった。

中学校・高校と近くにいたのに、なぜもっと会いに行かなかったのか。

くやむことばかりです。


明日か明後日、栃木に帰ります。

すぐ帰れなくてごめんね。


悲しくたって、おチビのお世話、ご飯の準備をする


変わらない日常。
でも、昨日はいたけど今日はいない。


「生(せい)」の塊であるおチビを前に改めて「死」というものを考えさせられた。


いきることはしにむかっていくことなんだな。