諸君、吾輩はDr. 104、
仕事はいたって好調な者だ。

そりゃそうである。
プライベートを犠牲にして月の1/3も出張に行っていたら、
好調じゃなかったら天罰が下るというものである。

そもそも、さほど仕事が忙しくもなく一日の睡眠時間も十分で、
週末も家でゴロゴロしてるか酒でも呑んでる状況では、
当然ながら好調に研究者としての業績を伸ばせるはずがない。
んなもんタダのプチセミリタイア状態だ。
(セミにプチまでついてわけわかんなくなってしまっている)

吾輩のポリシーとして、土日は仕事をしないことにしている。
また、午後7時以降は研究室で仕事をしないと決めている。ごく稀な例外を除いて。

とはいえ、チンタラポンタラしていた学生時代も同様の生活だった。

だが、職業研究者になって大きく変わった事の一つが、
「いつも研究の事を考えている」ようになったことである。
新聞やニュースで情報収集する際も、他人の論文を読むにしても、
己の研究のバックグラウンドやグラント(研究助成)にどう関連するかを考察するようになったし、
トイレで踏ん張ってるときも焼酎かっくらって布団にもぐり込むときも、
今後の研究の改善策、方向性や成果を出す戦略をどうするかということが
常に頭の片隅にあるようになったわけである。

これは、科学者として、むしろ社会人として当然のことではあるわけだが、
ただノルマを消化するためだけに研究していた学生時代とは大きく異なる点である。

勤務時間や拘束時間は決して長くないが、
己を仕事に捧げている、または少しでも仕事に思考を割いている時間は
それとは比べ物にならないぐらい長いわけである。

…というのがここ最近学生と接していて感じる部分である。

当学にも「職場の人間関係に悩んでいる」人間や「上司とそりが合わない」人間が少なからずいるようだが、
正直、そんなことを考えてる暇があることがうらやましい。
少なくとも吾輩の人生の中の限られた時間の中に、
そのようなあまりに自分の研究の発展から乖離した事柄を考える時間などない。

やる事も考えなきゃいけない事も基本的に山積みである。
これは研究者にとって、「科学」と「発展」という至上の命題がなくならない限り、
いわば宿命のようなものなのである。

とかダラダラとブログを更新している暇があるのは、
出張先で丸2日間かけて行った実験がいい成果を収めたからである。
クソ勘違い忙しい日々をも充実しているととらえられるのは、
この「成果」というご褒美があってこそのものなのだ。

だからなんだっちゅう話である。
最近、官僚が事業仕分けでボコられているニュースを見るのが楽しくて仕方ない。
焼酎のツマミには官僚の一夜干しか天下り職員のタタキが絶妙に合うものだ。

それでは、ごきげんよう。