諸君、吾輩はDr. 104、
基本的に打たれ強いタイプな者である。
生来のMな性格が幸いしてであろうか、逆境に強いと自負している。

今まで誰も成し遂げられなかったことをやる際や、
これまで限界とされていたものを超えようとチャレンジする場合、
どうしても越えられない壁に直面したり己の能力では如何ともしがたい状況に遭遇し、
いわゆるスランプのような状況に陥るのは研究者にとって逃れられない宿命のようなものである。

吾輩の場合も多分にもれず、年に最低1度はスランプに陥るのが常である。

だが、研究者人生も学部4年の頃から数えて7年目ともなれば慣れたもので、
このスランプに陥ったからといって焦ることもなくなってしまうから不思議なものだ。

各個人によってスランプ脱出法は当然ながら異なるであろうが、
吾輩の場合は「気にしない」ことである。

研究者として、また教員として大学に勤務しているからには、
吾輩の研究者としての存在意義は現在の研究を迅速かつ効率良く推進することのみではないはずで、
当然ながら他にできる事、やられなばらぬ事は山ほどあるわけである。

さらにそれらの事柄が吾輩にしかできない事であるならば、
それを遂行することは即ち吾輩の存在意義を証明することに他ならない。

むしろ己の目の前の一つの問題に集中しすぎるあまり執着し
他の事柄が全く目に入らない状況の方が、現代の研究者としては危険であるように感じるだ。

したがってスランプに陥った際には、
「あまり気にせず他のやれる事を今のうちにやっておく」
というのが経験上の最良の解決手法となっているわけである。

といってもあまりに気にしなさ過ぎると忘れてしまうので、心の片隅に常にとどめておき、
一日に最低1時間程度は解決法を模索する時間をとるのがいいだろう。

とゆうような内容の投稿を例年この時期にしている気がする。
やはりスランプに陥る時期というものに何らかの一貫性があるように思えて仕方無い。

慣れてくればスランプすらも論理的考察を巡らせる一事象に過ぎなくなるといういい例であろう。

それでは、ごきげんよう。