きのうは更新をお休みして申し訳ございません。
 きのう「なう」でつぶやいたことについては、またいつかお知らせします。

 驚いてしまいました。
 きのうの全体回診。
 なにがって。
 ツレとふなっし~が、一緒にいたんです。

 ありえないんですよ。
 今までだったら。
 ふなっし~は、ツレと同じ空間には存在しないはずなんです。
 できないんですよ。

 ショックでしたよ。
 幻覚が見えるようになったのかなと思って。
 でも、その場にいた全員が、ツレとふなっし~が2人とも、2人? 1人と1個を見てるんです。
 ほんとにあった怖い話ですよ。

 ツレがいるときは、ふなっし~はいてはいけないんです。
 「大人の事情なっしな」
 変身ヒーローと同じ理論ですよ。
 ふなっし~とツレは、一心同体ですからね。

 サコちゃん、話してもいいよね?
 ツレとふなっし~は、一緒にいてもいいことにしたんですよ。
 ふなっし~になりたい人がいたんです。
 なりたい?

 「佐橋も、ふなっし~チェンジしたいな!」
 一言でした。
 「いいよ」とツレ。
 いいよって・・・・・・。

 動きもけっこうゆるくないし、声もそれなりでした。
 ですが、活動限界時間がね。
 途中で入れ替わらないと、もたないようです。
 「大人の事情なっしな」

 「シュレティンガーの猫」にしたがえば、ツレとふなっし~は同じ空間にいてはいけないんですよ。
 「てか、粒子は観測された時点ですでに複数の点に存在してるわけですよ。 ったく、いちゃもんつけやがって」
 「シュレティンガーの猫」は物理学上の理論です。
 興味のある方は検索してみてください。

 だから、なによって話ですよね。
 ですが、きょうは発売日ですから。
 「グリコプリッツ・感謝・感激・梨汁ブシャー味!」
 病棟スタッフには、一足先に配って、わたしも食べてみました。

 「グリコプリッツ・感謝・感激・梨汁ブシャー味!!」
 1本や2本食べても、梨の味はしないですね。
 1箱食べてみて、ああ、梨かという感じです。
 「グリコ・プリッツ・感謝・感激・梨汁ブシャー味!!!」
 
 地域によっては、まだ入荷していない、あるいは扱っていないところもあるようです。
 この街でもまだ見かけません。
 「グリコ・プリッツ・感謝・感激・梨汁ブシャー味を食べて、みんな、ふなっし~になるなっし!!!!」
 なりたくは、ないけどね。

 ほんとにあった怖い話なんて、こんなものなんですよ、からくりは。

 これから、ツレと佐橋看護師が同時にいる場合。
 どちらかとふなっし~が同時に存在してもおかしくはないのです。

 さて、準備できた?
 「面会棟にね」
 これから、新任の看護師2名の歓迎会です。
 ツレとわたしのチームだけで、ささやかに。
 やる気、大歓迎です!
 
 結婚というゴールまで。
 それは長いマラソン。
 誰にも話すことのなかったラストスパート。
 35Km地点。

 二度目の再会。
 それは、彼からのヘルプ。
 「肺がんになったみたい」
 勝手に決めるな。

 とにかく、外来の副院長を訪ねて
 すぐに来てください
 「自転車で行く」
 迎えに行きます

 電話を切ったわたしは、すぐに外来にいた副院長に連絡をして、あとをまかせました。
 もし、万が一入院になったとしても、わたしは拒否される。
 彼のたった一人の肉親を殺しているから。
 会うことさえ禁じられるだろうと思っていました。

 彼は前日まで院内ボランティアで、臨床心理士として入院患者さんのカウンセリングをしていました。
 わたしの勤める病棟にも出入りはしていたものの、顔を会わせるのが怖くて、いつも避けてばかりで。

 外来からまわされてきたカルテを、医長(アネさん)は真剣に見つめていました。
 「そろそろくるか」
 やがて、スタッフ・ステーションを訪れた彼は、わたしを見てニコッ。
 少しだけ、救われた気がしました。

 担当は佐橋看護師。
 彼女は彼に笑いながら話しかけていました。
 「きのうまで、佐橋と毎日デートしてたのにね」
 たまたま、昼食の時間が同じだっただけでしょ。

 彼を病室に案内して、佐橋看護師が戻ってくると、医長は言いました。
 「志村、ついておいで」
 彼の病室の前までついていったものの、ずっと震えていました。
 死と向かい合う彼の姿なんか見たくない。

 「ふんふん。 次は? 早く早く」
 聴いてるフリなんて、しなくていいから
 「聴いてるフリはしてないなっしな。 最初から聴いてないなっし」
 でも、話すよ

 「だいたい、ⅡーⅣ(にのよん:がんの進行度で、大きく5段階あり、その一つ一つに4つの段階があります)初期、ですかね?」
 彼はいきなり言いました。
 「だね。 それで、切るから」
 切っても切らなくても、結果は同じですよ。

 「ダメでしょ、それは。 切っていいのはⅡーⅠ(にのいち)までです」
 厚生労働省基準です。
 それ以上進んでいると、
「まず、抗がん剤を使ってみる。 そして、腫瘍が小さくなったことにして、切る」

 「それはそうと、担当医の志村・・・・・・なに、泣きそうな顔をして! わかった。 自宅へ帰れ。 そして、よく考えて、明日、辞表を書いて提出しなさい」
 目の前で、私の名前を書いた担当医カードを破り捨てられて。
 わたしはそのまま部屋を出ました。
 それでも、そこに立ち尽くしていましたが。

 病室からもれてきたのは、ゲフィニチブを使う、という医長の声でした。
 彼のお母さんも同じ抗がん剤で亡くなっています。
 彼は同じ遺伝子を持っているわけですから、結果は。
 そのときに、彼と向き合おうと決めました。

 ゲフィニチブの別名はイレッサ。
 飲む抗がん剤ですが、副作用がひどいんです。
 間質性肺炎。
 治療法はなし。

 「あのうね、使ったフリをするってことだったんだよ。 承諾書と製薬会社の死亡保険の申込書にサインだけして厚生労働省に提出して、実は使わないで切るって。 フェイント」
 なんで今まで言わないの・・・・・・
 「言ったら、フェイントにならないから」
 「大人の事情なっしな」って前置きして言って

 翌日、いつもよりも早く出勤してきて、何事もなかったかのように彼の部屋へ。
 ベッドにはわたしの名前の担当医カードが。
 破られたはずなのに。
 「2枚持ってたんだ。 明日は何事もなかったようにここにくるってさ。 絶対に辞めない。 あなたが好きだから、って」
 そんなこともバレてたの

 それから、彼の自宅へ一緒に行って、入院道具をそろえてこいと医長に言われました。
 外出届の用紙には、すでにわたしと彼の名前が。
 ただ、帰りの時間が記入されてなくて。
 「デートって、どれくらいの時間が必要かわからないし。 何時でもいいよ、帰ってくれば」

 彼のアパートで必要なものをそろえて、すぐに戻りました。
 「早いんだね、いまどきのデートって。 じゃあ、彼の部屋のメイクは佐橋にまかせて、志村は自分の荷物をまとめてこい」
 どういうことですか?
 「きょうから、彼の部屋に泊まりこめ。 他の担当は全部はずしたから」

 同じ部屋で、大人の男女が24時間、ですよ。
 なにかあるでしょう。
 あってもいいと思ってました。
 あってほしかった!

 なかったんですよ、なにも。
 キリスト教も突き詰めるとすごいね。
 触ってもこないし、軽いキスもない。
 ブラはずして待ってたのに。

 でも、楽しかったですよ。
 彼は、わたしの知らない世界の、いろんな話をしてくれて。
 TVも、ポップスを聴くことも禁止されてきたから、すべてに「へぇー」
 「27.4%はうそだったなっしな」

 結婚してから、彼の所属する音楽事務所から、何個もダンボールが送られてきて、彼の書いた音楽や、CD、書いた小説やコラムのすべてを知りました。
 スタッフ・ステーションで思わず口にしたら、看護師たちがサインだ2ショットだと言い出して。
 わたしだけのものだろう。

 無事に手術を終えて、退院まであと数日というとき。
 病室に院長(天国じじい)と医長がやってきて言いました。
 「総合診療科の医者だよね。 この病棟に勤務してくれるなら、治療費をタダにするんだけどな。 断ってもいいんだよ、ここから出さないだけだから」
 勝手に決められてました。

 うれしかったですよ。
 ずっと一緒にいられるんですから。
 彼は、日本の医師国家試験を受けてくれて一発合格。
 医長いわく、医者だってわかってたから切った。

 彼は、お母さんが、彼と一生を過ごす人にと残してくれた指輪でプロポーズ。
 「神戸で会ったときから、好きでした」
 しっかりと瞳を閉じて指輪のケースを開いて。
 自分に向けて。

 「めっちゃびびったなっし~。 指輪がこっちを向いてるから、断られたと思ったなっしな」
 わたしのほうがびびったよ
 笑っていいのか悪いのか
 微妙なボケだった

 リセットしてほしいと頼み込まれて、リセット。
 ゲームじゃないんだけどね。
 迷わず受け取った指輪をはめると、わたしにジャスト・フィット。
 「シンデレラのガラスの靴だったんだよ、きっと」

 わー、おなかが鳴ってる・・・・・・。
 昼食も食べてないんだよね。
 病院内のネット環境すべてがいきなりダウンして。
 ツレと悪友たちが原因を見つけました。

 外線が行き着いた電柱のトランスボックスに雪が入り込んでショートしてた。
 韓国2号機がドライヤーを持って電柱に登って、ツレが後から延長リールを背負って追いかけて、一滴残らず乾かして、サーバーを再起動。
 やっと、復旧しました。

 わたしたちは、神戸があるかぎりずっと離れません。
 死んでもずっと一緒にいます。

 1995・1・17
 あの日がなかったら、今はありません。

 
 
 「夕食、おごるよ。 きょうはラーメンとチャーシューマヨネーズのおにぎり。 先週も、か」
 毎日でもいいよ
 でも、きょうはわたしが
 「払ったと思って、明日教会に置いてきて。 ぼくをイエスの使徒だと思うのなら。 ファティマ第三の予言を阻止したいのなら」
 ゴチになります
 「キルビレ?」
 ?
 
 せっかく素敵なエンドにしたのに・・・・・・。
 

 早ければ春休みにでも神戸に行きます。
 国際救助隊に、レポートを提出しなければならないので。
 復興住宅での高齢者の孤立化。
 絶対に解消しますから。 
 19年がたちました。
 ツレと出会ってから。
 あの時は、今があるとは思ってもいなかった。
 世の中、わからないですね。

 19年前のきょう、午前5時45分。
 阪神・淡路大震災。
 わたしは医大の1回生で、ツレはハーバード医科大の1回生でした。
 震災が起きたからこそ出会えたんです。

 医大の学食でニュースを観て、何かしないといけないと思ったんですが、何をすればいいのかわからなくて。
 帰宅までのバスの中で聴いていたポケットラジオで、DJが教えてくれたんです。
 「自分にできることをすればいいんですよ」

 帰宅して、とりあえず荷物をまとめて、最終便で羽田に向かいました。
 東京から深夜都市間バスで大阪へ。
 でも、そこから先に道がなくて。
 とりあえず、2日間、歩き続けました。

 そこで見かけたのがツレ。
 オフロードバイクの集団に命令を出して送り出していました。
 わたしのほかにもたくさんの人々が道を絶たれて呆然とする中、ツレは片っ端から訊いていきました。

 「ご家族のもとへ行くという方は?」
 数名が手を上げました。
 「ボランティアに来てくれた方は?」
 誰の手も上がらなくて。

 ボランティア、という単語はまだほとんど知られていなかったんですよ、日本では。
 「ラジオを聴いてくれて、ここまできたという方は?」
 若者のほとんどが手を上げました。
 もちろん、わたしも。

 それから巨大なホバークラフトに分乗させられました。
 わたしの乗った船にはツレがいました。
 「この船は神戸港行きです。 神戸でボランティアをお願いできますか?」
 どこでもよかった。

 港のテントに集められて、わたしたちは簡単な履歴書を書かされました。
 履歴が集められるのと引き換えに、ホットレモネードが配られました。
 数分後。
 「医者の方、看護師の方、医大生と看護学校の方、あちらのテントに移動してください」

 移動すると、次々と名前が呼ばれ、わたしはツレの前に。
 「旭川市・・・・・・懐かしいな。 バイコウケン知ってます?」
 ツレはにこっと笑って言いました。
 ラーメン店の屋号です。

 「ぼくが、このチームのリーダーで臨床心理士、わかりやすく言うとカウンセラーです。 名前と1から7までの数字を読み上げますから、プラカードにしたがって分かれてください。 みなさんには、神戸の長田区という場所で行動してもらいます。 それでは、よろしくお願いします」
 そこで初めてツレは言いました。
 「ぼくは、ロンドンにある国際救助隊から派遣されました。 みなさんは、これから国際救助隊の臨時隊員として時間の許す限り、ボランティアとして負傷者のレスキューにあたっていただきます。 たいしたことはできませんが、3食と睡眠時間、場所は保障します」
 国際救助隊。
 「サンダーバード」とか。
 それがなんのことだかまるっきり・・・・・・。
 とりあえず、このリーダーにしたがえばなんとかなる、と。
 
 ぐいぐい引っ張るわ引っ張るわ。
 当時のツレは西田敏行さんのようにふっくらでした。
 完全なひと目ぼれです。
 初恋でした。

 ボランティアはどんどん入れ替わっていきました。
 そして3ヶ月。
 「次の段階に移るため、医療チームは解散します。 もっとも長い方で3ヶ月のおつきあいでしたが、今までありがとうございました。 みなさんはこれから、それぞれの街でそれぞれの道を歩くと思いますが、どうか、神戸のことを忘れないでください」
 忘れないよ。
 初恋の人だから。

 ドクターズプレーンという、空飛ぶ巨大病院で羽田まで送ってもらいました。
 別れ際にわたしは訊きました。
 「バイコウケンってラーメン屋さんですよね?」
 ツレはにこっとして、言いました。
 「高校生の頃、週1で通ってたんです。 ぼくはびえいの出身なんです。 アルバイトで旭川に通っていて、夕食でした。 今はいろいろあってアメリカに住んでますけど」
 えーっ、でしたよ。
 「志村さん、あなたは医者としてなかなかの腕みたいですね。 他のチームからスカウトがあって断るのに大変だった。 素敵な女医さんになってくださいね」
 それが最後の言葉でした。
 好きです、なんて言えませんよ。
 アメリカと北海道ですよ。
 手紙も二週間かかるんですよ、届くのに。
 ウィンドウズ95が発売された年で、携帯もなければLINEもないんですから。
 手紙で何が伝わるの?

 2005年の夏、夏休みを終えて勤務先の病棟に戻ってみると、アネさんはいきなり、
「志村、新患さんの担当についてもらうよ」
 カルテを渡されて名前を確認して、えっ・・・・・・とは思いませんでした。
 絶対になし!
 「梨汁ブシャー味!」
 病室にあいさつにいくと、かなりやせていましたが、見たことがあるような。
 ツレも、「あっ」。
 「梨汁ブシャー味!!」
 わたしはえっ!
 ツレはベッドの女性に言いました。
 この先生なら問題
 「梨汁ブシャー味!!!」
 残念ながら、期待にはこたえられませんでしたが、ツレと治療の打ち合わせをするのが楽しみで。
 でも、これで完璧に嫌われたと思いました。

 その後、ツレが肺がんで入院してきて、今にいたる。
 
 わたしがツレの担当になったのには、いろいろとありました。
 
 それは、また明日。
 だって、ネタがないんですよ。
 長くなるし。