ツレが燃え尽きています。
 うつむいたまま、何も言わない。
 こんなことは初めてなんですよ。
 先週金曜の夜からおかしい。

 先週木曜に、ある入院患者さんの検査を行ったところ、それまでの検査結果と正反対の結果が出てしまったとか。
 本物の肺がんだと確定していた患者さんのがんが見当たらない。
 縮小すること、10の大きさの腫瘍が9になることはまれに起こります。
 ですが、2になるとは・・・・・・。

 これまでにも、MRIやエコーの写真を重ねるとやっとわかる程度の縮小はあったようです。
 半分の大きさになったことも、この病棟で過去に1度だけありました。
 ただし、「がんもどき」です。
 それでも、医者は壊れてしまいました。

 このケースは5分の1ですよ。
 「がんもどき」をがんだと誤診したわけでもない。
 これまでの検査のデータであれば、どんな医師でも本物のがんだと診断したと思います。
 小さくなった理由がわからないから、どう説明していいのかで悩むんです。

 「がんが消えかかっているんです」
 いきなり言われても、患者さんは混乱します。
 理由を説明しないと、誰も信じられなくなります。
 かといって、ウソを言うわけにもね。

 ツレの場合、余命告知をした後ですから。
 本物のがんであれば当然です。
 患者さんは、翌日から始めたようです。
 「終活」を。
 
 「終活」と言ってもわかりにくいですよね。
 自分が死んだときには葬儀をどういうかたちにするか。
 墓に入れないで散骨してくれ。
 などということを家族に書き残すことです。

 「遺書」ではありません。
 「遺書」は書き方が法律で決められています。
 書き方が難しいため、専門家に頼まないと効力がないことも多いようです。
 ですが、「遺書」を書くためだけに弁護士を雇うわけにもいきません。

 そんな中、いつからか出てきたのが「エンディング・ノート」
 法的な効力ではなく、あくまで家族に希望を伝えるだけ。
 希望ですから、家族がかなえてくれるかもしれませんし無視されるかもしれません。
 それでも、「終活」をされる方は増えているようです。

 医者や看護師に預ける方もいます。
 家族のわかりやすいところに置く方もいます。
 ツレの場合、預けられたんです。
 自分が死んだら、家族に渡してくれと。

 ベッドの周りに置いたら紛失しそうだから、預かってほしい。
 希望を伝えたいという想いがわかるから、預かります。
 ご家族も、ご本人の希望を受け入れることが多いようです。
 ご本人もムチャぶりはしませんから。

 ただ、今回のような場合はむずかしいんですよ。
 告知したことで、患者さんは「終活」をされたんです。
 いまさら、がんが消えかかっているから「終活」は必要ないとは言えません。
 患者さんは、絶望の中でノートを書かれたでしょうから。

 わたしが患者さんの立場なら、理由を聴きたい。
 なんだかわからないけど、消えかかってるんです。
 医者はそれでは許されません。
 許せません。

 ツレはとことん説明したようです。
 ご家族にも同席してもらって、わかっていただけたんでしょう。
 それで、安心したんでしょうね。
 立派に燃え尽きた。

 これからは通院で治療を続けるとか。
 昨日の夜、外泊から戻られて、一息ついたら退院。
 きのう説明すればよかったような気もします。
 ご家族が送ってこられたので。

 ツレも、こんなに追い詰められた経験がなかったんでしょうね。
 ベテランの医者でも、このような経験はないと思いますよ。
 どんなにフってもふなっしーが出ないんですよ。
 ボケることもできませんでした。
 
 優秀な技術がある国でも、ミッションを終えた人工衛星は大気圏で燃え尽きます。
 それで成功です。
 わたしは燃え尽きたくない。
 エンディング・ノートは預かっていますけど。