アネさん、泣かしちゃいました。
 病棟演芸会のことだったんですが、医師バンドで、ウチのサコちゃんが歌った歌が悪かったんです。


 彼は患者さんと約束をしたといって、どうしても歌わなければならないと、「傷だらけの人生」という、やくざ映画のテーマを歌ったんです。
 患者さんが、
 「最近はテレビで俺たちの時代の歌を流さない。 なんかももいろなんとかというおもしろくもない変なグループの下手な歌やジャニーズだかなんだか変なやつの歌ばかり流す。 なんで俺たちの時代のいい歌を流さないんだ。 俺たちの時代の歌はよかった」
と、愚痴ったらしいんです。 で、彼は
「自分の時代の歌を聴くと元気が出ますか?」
と訊きました。 患者さんは、
「それだけで、ガンの痛みを忘れるよ」
と答えたそうです。
 まあ、それならということで、彼が昨日アレンジを15分で書き、ろくなリハーサルもしないで本番を迎えました。
 こんな歌でした。



 言いたいことはわかります。
 彼は、
「極道じゃなくて、ぼくが今のこの国に言いたいメッセージなんだ」
と何度も言っていたとおり、バカと阿呆の絡み合い、とあります。
 なるほど、今の国は議員定数を巡って叩きあいを繰り広げ、できもしないことを次々とぶちあげてます。
 野党も野党らしい覇気がなく、与党に擦り寄ってみたり、離れたり。
 それを極道に隠して、嘆きのメッセージをぶつける。
 彼らしいやり方です。
 
 医師バンドでは主にザ・ベンチャーズの曲を演奏しました。
 57年前から50年前に青春を送った患者さんたちは大喜び。
 「京都の恋」「京都慕情」「長崎暮色」「雨の御堂筋」「二人の銀座」など、日本をテーマにした曲も、日本の歌手たちによって歌われ、大ヒットしてますから、ベンチャーズがどう、じゃなく、時代の歌なんですよね。
 歌詞を口ずさんでいる患者さんがいたりして、本当にありがたがられてね。
 気づいてみると、こんな素敵な歌をテレビは全然流さない。 ももいろクローバーZだの、パフュームだのAKB、EXEILE、ジャニーズ、日本の歌といえないおかしなものばかりが流れてる。
 彼は、よく、日本の音と書いて、匂いと読むんだ、と言います。
 「日本人が日本の歌を表現しないでどうするんだ。 どこの国だって自分の国の音である民謡や古い歌を大切に歌い継いでるのに、この国は破綻している」
 確かに、そうなんですよ。
 黒人音楽を真似たリズムで踊るような馬鹿げた歌が流行るなんて、おかしいんですよ。
 彼はアメリカから日本を見ていたからわかるんですね。 日本の歌をいつも求めていたんでしょう。
 日本の歌が聴きたいけど聴けない日々で悶々としていたんです。
 文字通り黒人音楽を演奏しながら、心はいつも空虚で。
 
 舟木医師が日本に来て、最も心に残っている曲が、「津軽じょんがら節」だと言ってました。
 三味線からはじき出される、津軽の荒れた海の音に惹かれたと言ってくれました。
 じょんから、というのは青森の方言で、抵抗という意味だと彼が言ってました。
 つまり「津軽じょんから節」はしいたげられた農民の、つまりどん底の負け組の抵抗の歌なんです。
 あれは太棹の特殊な三味線に太い弦を張って、まさにバチを弦に叩き付けるようにして弾く三味線の難度が相当高いんです。
 棹に弦を押し付けるうちに、指は切れ、血だらけになって。
 彼は祖母から三味線を習っていて、太棹でじょんからを弾くんですが、ほとんど毎回指を切って、血を流してます。
 日本の偉大なギタリストが、やはり日本のアーティストが日本の音を演奏しないでどうするか、とじょんからをエレキギター用にアレンジして自分のバンドで演奏していました。
 ちょうど、海外からベンチャーズ、ビートルズなどが日本にやってきて日本で大ヒットしていて、PTAが反抗して「エレキギターを持つ者は不良」と決めつけ、若者たちからエレキギターを取り上げ、日本の音を教え込んでいた時代でした。
 PTAがエレキギターを敵視していることが悲しい。 ならば、エレキで日本の音を演奏すればいいじゃないか。 そういう発想でした。
 現在、偉大なギタリストは学校からコンサート鑑賞会に来てくれと頼まれ、かつての敵から請われて演奏活動をしています。
 じゃあ、わたしたちも「津軽じょんから節」を演奏しようということで、プログラムに入れました。

 チャラのリードギター、かっこよかったよ!

 ゲストには、マツダオートの社内バンドを率いた営業所長が出演してくれ、ビートルズや、50年代~60年代の空前のエレキ・ブーム時代の曲から、グループサウンズ、加山雄三さんの曲を演奏してくれました。
 営業所長をはじめ、バンドのメンバーの上手いこと。
 昔とった篠塚、だと彼は言ってましたが、それを言うなら杵柄だと・・・・・・篠塚ってなに?。
 「篠塚は世界一の内野だ。 あらかじめボールの落下点を予測して、見事に落下点に入ってボールを待つ。ジャイアンツ史上最初で最後の本物の天才だった。 引退は惜しい。今のジャイアンツに篠塚がいたら」
 ガンバはため息をつきます。
 なるほど、プロ野球の選手ね。
 音の響きが似てるからギャグのつもりで言ったんだ。
 ごめんね、ウンチには通用しなくて。
 「どうでしょー、昔とった篠塚ですね。 ビュッときてガッと当ててポンポンポン。 どうでしょう、いわゆるひとつのあれはどこの飛行機だ? えっ、全日空ですか。 ANAですね。 いわゆるひとつのアナ、ですね、えー、いわゆるひとつのエイ・エヌ・エーですね」
 それは長島さんの真似でしょ。 関根勉さんがよくやるよね。
 そして、合同で「津軽じょんから節」を演奏すると、涙を見せる患者さんから、なぜか手を合わせておがむ患者さんまで。
 やっぱり、日本の歌に飢えていたんですね。

 
 
 最後に、彼がガットギターに持ち替え、センターにパイプいすを出して座り、
 「きょうは、ぼくが心から尊敬していた人の命日です。 彼は弁護士として、学生運動で警察に不当逮捕される闘士たちを次々と開放することに命をかけて戦っていましたが、肺ガンに倒れました。 彼はタバコを吸わないのに肺ガンであるわけがないと、治療もせずに全学連や全共闘の闘士たちを救うことに奔走して、学生運動が終わると同時に、息絶えました。 そのころは、肺ガン=タバコだったんですよ。 正確に言えば、タバコを吸わない人がかかる肺ガン、肺腺ガンだったんですが、まだ、日本のガン研究はそこまでいってなかった。 彼は自分の二人の子供と、ぼくに、手塚治虫先生の漫画全集を残してくれました。 すべてが初版で、今だと、1冊が数百万円もするそうです。 生活保護を受給していて、全部で数千万円もの資産があることに、ケースワーカーは気がつかなかったんですね。 単に煤けた古本で、買い取る古本店もないと判断したんです。 ぼくの母のいとこの夫で、ちょっと遠い関係でしたが、ぼくのことをものすごくかわいがってくれて・・・・・・。 その彼がいつも口ずさんでいた曲を天に贈りたいと思います。 この曲は加藤登紀子さんも歌われていますが、加藤さんが歌うきっかけは、旦那さんがいつも口ずさんでいた曲だから。 加藤さんの夫も学生運動の闘士で、東大セクトのリーダーでした。 加藤さんの夫とぼくの母のいとこの旦那は闘士とそれを救う弁護士ということで接点があったそうなんです。 ずいぶん後になって、加藤さんに、母のいとこの旦那が、いつも口ずさんでいたんですよ、と話すと、加藤さんはその人の名前を言い当てました。 夫が何十回助けられたかわからない。 警察に捕まると、さっそく札幌から東京まで飛んできて、法を盾に警察から開放して帰っていった。 一銭の弁護料もとらなかったんですよ、あの人がいなかったら、ウチのパートナーは無期刑で一生刑務所暮らしだったんですよ。 不思議な縁ってあるんですね、とんでもないところでつながっていたなんて、と話してくれました。 そのころのぼくは加藤さんの所属事務所で、曲を作ったり、詞を書いたり、伝説的なフォークシンガーたちのバックで演奏したりの毎日でした。
 彼は手塚治虫先生の描く未来が現実のものとなるように願っていたんです。 実現するように、次の世代の子供たちに設計図として漫画全集をを託したんだと思っています。 なのに、ぼくはお礼も言ってなかった。 きょうは彼がいつも口ずさんでいた曲を歌って、お礼に代えさせてもらおうと思います」
 そんな台詞のあと、彼が歌ったのが、



 患者さんたちは一緒に歌いだしました。
 アネさんはメガネをはずし、何度もハンカチで涙を拭きながら、歌っていました。
 加藤登紀子さんのパートナーが東大セクトのリーダーだとすれば、アネさんとの接点どころか、職場で言えば同じ職場の上司と部下の関係だったわけで、おそらくそのころの思い出が心にあふれ出したんでしょうね。

 いつも突っ張っているアネさんよりも、素直でかわいかったよ。
 読まれたらキレられる・・・・・・。

 演芸会が終わり、患者さんがみんな一時退院に出てから、スタッフステーションで休憩していた時に、また「知床旅情」の話になって、アネさんは、
 「是則さんと藤本リーダーが、同じ歌を口ずさんでいたとはな。 本当に不思議な縁だよ。 今はどうしてるんだろう、リーダーは?」
 彼は恐る恐る答えました。
 「亡くなりました、ガンで。 今年でちょうどで十年になります。 成田でオーガニック米と有機野菜を作って直売所を営んでいたんですが、客が増えて、とうとうスーパー形式にして、アルバイトまで雇用してましたけどね。 TVのワイドショーがそれを取材したときに、藤本さんはいい気になって、つい、通販も受け付けます、なんていって、番組で流れた途端に注文が殺到して対応できない状態になって。 加藤さんが一言「あのバカ」と」
 「十年も前にガンで・・・・・・私はなにもできなかった・・・・・・世話になりっぱなしで・・・・・・」
 また涙を見せてしまいました。
 「・・・・・・ごめん、つい。 東大もセント・ジョンズ・ホプキンスもハーバードもイッチャてるから、おかしいんだよ、泣いたりして。 普段はわからないんだけど、時々おかしくなるんだ。 定期的におかしくなる奴もいるだろ、ハーバードの」
 それはちがうなー。
 いつもおかしいんだけどなー。
 「少なくてもセント・ジョンズ・ホプキンズよりはましです」
 あーいわなくてもいいことを言ったな。
 それがおかしいって言ってるんだよ。
 知らないよー。
 「なんっすか。 それってセント・ジョンズ・ホプキンスにけんかを売ってるってことっすか。こういっちゃなんですけどねー、セント・ジョンズは文武両道なんっすよ。 ところがね、デューク大学なんていう文武両道のライバルがいてー、全然目立たなかっただけなんっすよ。 どっかの大学はウンチの集合体じゃないっすか。 わー、くさっ、ハエがたかってる。 サンポールできれいに消毒しないとまずいなー」
 櫻井医師が絡む。
 「おっしゃるとおりです。 ウチはスポーツは・・・・・・ウンチ大学です」
 運動音痴の集合体。 頭でっかちだけど、筋肉がない。
 ほとんどエイリアンだから、ハーバードは。
 「まあ、わかりゃいいんっすけどね。 舟木ちゃん、あなたのお兄様はデューク大だったっけ。 ありがとうね、ずいぶんと邪魔をしてくれて。 デュークがなければ、ウチがスポーツでも優位に立てたのに」
 今度は舟木医師に、あっそうか、ミスKにチャックが絡んだんだ。
 素面だからね、チャックは。
 「デュークのおかげで、ウチは中途半端だ。 ヌードを観られるのは一時の恥、大学で差がつけられるのは一生の恥。 あー私は悲しい」
 彼が夜食のために内容量を調べていたフルーツ缶をチャックに投げつけ、頭に見事にヒット、彼女は応接セットで気絶した。
 チャックは時々、ドラマ『SPEC』の戸田絵梨香のような状態になる。 そうなると手をつけられない。
 まあ、やっぱり優秀すぎる頭脳を持つと、時々ショートするってことだ。
 でも、ショートしっぱなしの奴よりはいい。

 「ところでハンチョウ、耳鼻科の通院日がそろそろじゃないのか?」
 アネさんは言った。
 「明日の午後2時です。 土曜は受付が午後1時30分なので、最終にしてくれたんでしょうね」
 明日は嫌だと言わせないよ。
 言ったら、鼻をへし折ってやる。
 「考えてくれてるんだな、中根君。 よろしく言っておいて」
 「はい」
 「行きにでも医療センターに寄ってみてくれないか」
 「潜入ですね。 いいですよ、得意ですから」
 それがとんでもない恥ずかしい思いをわたしにさせたんだ、くそっ!。

 わたしは私室で、背中がかゆくてどうしようもなくて、上半身のランジェリーをはずして、ポリポリかける部分だけをかいていた。
 すると、屋根裏の点検口がいきなり開いて、黒装束の彼が降りてきた。
 慌ててバストを隠したわたしに、彼は言った。
 「夫婦の間でなに恥ずかしがってるの。 きみのバストなんて見飽きてるよ。 それより、ここ、スタッフステーションじゃなかったみたいだね」
 バカッ!
 スタッフステーションでヌードになったりするかっ!!
 「たしかに。 いや、サーバーを初期化するためにコマンドを入力したけど、受け付けなくてさ、屋根裏の引き込みを調べて回ってたんだ。 患部はわかったんだけど、帰る道に迷ってね。 背中、どうしたの? ブラのストラップの金属部分が原因だな。 金属アレルギーだよ、赤くなって蕁麻疹ができてる。 スタッフステーションから蕁麻疹の塗布薬を買ってきて塗ってあげるからベッドにでも入って待ってて。 うつぶせになってるといい。 でもいいね、いつまでも初々しくて。 惚れ直したよ。 じゃあ」
 ウンチ大学出身者は腕の力だけで点検口に消えた。
 わざわざ点検口に登らなくたっていいのに・・・・・・。
 おまえは『潜入探偵トカゲ』か!。
 あんなにクールじゃないよー。
 それにしても金属アレルギーか。 ってことはいくつかのブラ(きゃっ!恥ずかしい!)を買い換えないと・・・・・・。

 うつぶせになり薬を塗ってもらってから、彼をカーテンの外に追い出し、ノーブラでオーバーサイズのTシャツを着た。 体にフィットしたシャツだと何が見えるかはあえて言わないよ。 ボトムはヴィンテージのデニム。

 これから夜食だ。
 デザートはフルーツコンポート。
 メインディッシュは、かつお節を削っていたから、そばかうどん?。 おそらく、昆布とかつおの混合だしをたれにするつもりだろう。
 北海道ではまだ雪が降って、外はかなり冷えるからね。

 ボストンマラソンの爆破テロの容疑者は、彼がFBIに頼まれてプロファイリングした犯人像とまったく同じであったと、FBIからメールが届いた。
 公式にFBIが発表した犯人はまったく違っていた。
 つまり、発生後まもなく容疑者を追い詰め、悟られないように偽情報を公表していたのだ。
 プロのテロリストではなく、素人の愉快犯。
 マサチューセッツ工科大まで追い詰めて銃撃戦(一方的にFBIと市警が撃ちまくったようだけど)で1人は射殺、もう1人には逃げられた。
 彼は言った。
 「盛んに流れている監視カメラの映像は犯行前の容疑者だ。 つまり、FBIでは犯行前から何があるかを知っていた。 知っていてだまって犯罪を犯させた。 射殺で終わらせることで、テロに対する姿勢を見せ付けたんだ。 バカなことは考えるなとすべてのアメリカ在住者にメッセージを送ったんだ。 ただ、3人の死亡者は計算外だったかもね。 でも3人くらいはいいか。FBIの試算では被害者は折込済みだから。 80点のできってとこか。 アメリカではテロに対しては3人や4人の市民の命など犠牲にしてもいいという考え方なんだ。 それより、テロを押さえこまないと、数千万の命が犠牲になる。 人命よりも地球のほうが重たい。 どこかのへっぴり政治家とは違うんだ」

 事前に防ぐことができても、だまって犯罪を行わせる。 新たなるテロを押さえ込むために、マサチューセッツ工科大での銃撃戦で終わらせる。
 ボストン市内からMRT。
 観光地めぐりか。
 日本の2時間サスペンスみたいだね。
 ボストンの名所名所が出てきて。
 もうひとりは、あそこで射殺するつもりだな。
 同じマサチューセッツ州のもうひとつの観光地。
 ウンチ大学。
 まあ、ケンブリッジだからボストンの隣町だけどね。
 でも、母校のキャンパスで銃撃戦なんかやられたら、さすがの冷酷非情でも取り乱すよ。
 「うん、またFBIからだ。 兄弟の兄を母校で射殺。 弟も同じマサチューセッツ工科大医学部在学中」
 天才!。 過ぎてイッチャッたんだ。 隣のウンチ大学もあぶな、いや、そんな度胸はないか。
 プロテスタントの戒律を破ることさえできないんだから。
 「現在、犯人の自宅を取り囲んで不在確認中? おいおい、住宅街でドンパチか。 周囲の住民は非難させた、か。 よし、いけっ!」
 なんで自宅なの・・・・・・FBIのバカ。
 ウンチ大学のキャンパスでドンパチしなさいよ、寮生しかいないんだから、真夜中は。

 でも、日本の警察では考えられないね。 事前に情報があるなら事前に防止するのが日本風。
 泥棒が愛のために盗みを繰り返す時代だからね。 警察も変わらないと。

 今期のTBSドラマは久しぶりに力が入ってる。
 パナソニック・シアターの『検証』も、『潜入探偵トカゲ』も『TAKE FIVE』も赤丸だ。
 おもしろいっ!