生きてましたよ。
 凍傷寸前で無事、病棟へ帰り着きました。
 お彼岸ですから、ご先祖様が守ってくれたんでしょうね。
 きょうはそのお礼参りに行ってきました。
 病棟を空けることなく、順次、とのことだったんですが、船木・櫻井医師両名は、実家が離れているため出かけないと言ってくれたんですが、外泊から戻ってくる患者さんを迎えなければならないので、そうゆっくりもしてられませんでしたが。
 まずは、アネさんの納骨堂へ。
 本人は、最後の仏様が入ってから、月日が経っているから行かなくてもいいなんてことを言ってたんですが、ウチの彼が、
 「お彼岸に限って新しいも古いも関係ないですよ。 報告しなければならないことがあるでしょう」
 と、ズバッと言いました。
 「独立することを報告しないと、御先祖様は守ってくれませんよ」
 浄土真宗西本願寺の血が言わせたんですね。
 不思議な存在ですから。
 仏教の血でありながら、プロテスタント。
 なんでも、今の仏教は形骸化しているんだとか。
 僧侶は肉を食べてはいけない。
 僧侶は婚姻してはいけない。
 僧侶はつつましくなければいけない。
 どれも守られていない。
 その上、維持費だの、着物や袈裟を作る費用だの、檀家に莫大な寄付を求める。
 そんな仏教は信じるにあたいしない。
 今や、高級外車に乗り回してますからね。
 家族それぞれに一台ずつ。
 しかも、僧侶は自動車税まで免除されるとか。
 彼の言葉が、アネさんを黙らせました。
 「独立を報告しないと」
 が、決め手みたいで。

 アネさん、志村家、最後は彼の納骨堂。
 お彼岸の中日って、みんなが納骨堂に押しかけるでしょう。
 納骨堂というのはマンションみたいなもので、何軒も連なっているんですね。
 金額の安いところは3段積み上げられてるし。
 一軒の幅は、一人でたつと一杯一杯ですから、隣の参拝者が来ると、居場所がない。
 だから、読経禁止なんですよ。
 朝から納骨堂ではその寺の住職が延々と読経してますから、読経が必要であれば、お布施を載せる台に置くと、今日中に個人の納骨堂に読経してくれるんだとか。
 要するに、彼に言わせれば、お布施を置いて、さっさと帰れ、ってことだそうです。
 「本当に個人の納骨堂にお経をあげてくれることはない。 それだけはきっぱりと言える。 第一、自分の納骨堂を参ったら、供物も花も水もすべて片付けて、扉を締めて鍵をかけるよね。 扉の閉まった前で何ができるの」
 一理ある。
 というわけで、全員が一人ひとりお線香を上げ、お香をつまんで香炉にいれて、頭をこくりとするだけ。
 留守番部隊に、彼の住んでいた街の名物である、おいものおまんじゅうをおみやげにして帰ってきました。

 さて、きのうの遭難ですが、始まりは路線バスの運転手のミスからでした。
 彼の通院する耳鼻科と皮膚科が、お彼岸祝日のために重なってしまったんです。
 耳鼻科は午後7時、皮膚科は午後8時。
 朝から暴風が酷くなる一方で、スタッフステーションの窓を何気なく見ると、軽自動車が次々と横転してるんです。
 耳鼻科はすぐ隣ですから、スケートリンクみたいにツルピカ歩道を、風さえ我慢すれば徒歩で行き来できるんですが、皮膚科は街の正反対ですから、距離的には40km弱あるんです。 近道はあるんですが、現在工事中で全面通行止め。
 一度、街の中心部まで出て、そこから、北海道地図でいうと、まっすぐ上に向けて32km国道を走る必要があるんです。
 軽自動車が巻き上げられるのを観たら、怖くてね。
 まず彼が、
 「きょうはバスを乗り継いだほうがいいよ」
 って。
 当たり前のことだって。

 それで、まずJR駅行きのバスで街の中心へ。
 そこで乗り換えて、皮膚科のある停留所まで。
 ダイヤがまずはめちゃくちゃ。
 おまけに風に持ち上げられないように恐る恐るののろのろ運転のドライバーが続いて、バスが前に進まなくって。
 イライラしていたら、乗客がざわつき始めて、何だろうと窓の外を見ると、まったく違う風景なんです。
 ひょっとして、乗り間違い?。
 乗客の話を聴いていると、道が違うと怒鳴ってるんです。
 それからかなりの間があって、バスは停車し、運転手がマイクを取りました。
 「諸事情があり、行き先を間違えてしまいました。 乗客の皆様は、この場で下車して、国道沿いの停留所まで徒歩で戻ってください。
 出たっ!。
 最近、こういうケースが多いんですよね、北海道は。
 JRでは運転手が考え事をしていて、停車場をいくつも通過してしまうとか。
 バスでも茶飯事に起きていたんですが、笑い話にしていたんです。
 まさか自分の身に降りかかるとはね。
 それで、バスを下車した乗客たちはバスを降り、暴風の中、5kmの道を国道へと引き返したんです。
 しっかりと、下車した停留所までの運賃は取られましたけどね。
 560円。
 ただでさえ、この病棟から皮膚科まで行くには、片道1人940円かかるんです。
 JR駅前から皮膚科までは正規で640円。
 なんとか国道までたどり着いて正しい方向のバスに乗り換えると、正規の運賃より高くなるんですよ、200円。
 乗り継ぎ料金という計算法らしいんですが、ICチップつき定期の乗客は1円も払わなくてもいいんですが、現金で乗ると高くなるんです。
 でも、皮膚科まで行くためには他に方法がないから、バスに乗りました。
 やっと皮膚科の停留所で下車、皮膚科に着くと、医師が急用で出かけたので、今日の診察は今週の金曜日以降、彼の場合は来週木曜の午前しか時間が取れないと受付で言われて、ていよく追い払われました。
 運賃が無駄になっただけ。
 彼は、
 「木曜午前なんか無理だからさ。 自分で処方箋を書いて病棟で薬を取り寄せてもらうよ。 皮膚科の知識もいくらかはあるから、処方されていた薬のジェネリックを探すだけでいい。 液体窒素は1ヶ月休んだからどうというものじゃないし、整形外科には同じものがあるから、借りればすむ」

 さあ、帰りのバスを求めて停留所に行くと、バスがないんですよ。 街から来るバスはあるけど、街に出て行くバスはない。
 正確に言うと、仕事終わりの飲み会用に、歓楽街から自宅に戻るためのバスはあるけど、午後8時を回ってから街へ出る人はいないということ。
 当然なんです。
 じゃあ、タクシーは、というと走ってないし、呼んでも、暴風が危険だから運行しないと断られて、選択肢は1つに絞られたってわけです。
 暴風の中を歩くしかない。
 途中で何度か病棟と連絡を取ろうとして、携帯のボタンを押すんですが、圏外で繋がらない。 公衆電話はコンビニやスーパーにはもうない。
 ただ前進あるのみ。
 気温は急激に下がってくるし、途中のコンビニや24時間営業スーパーで暖を取りながら、ひたすらきた道を戻るだけ。
 途中で何度も気弱になるわたしに、彼は歌を歌ってくれました。

 ♪ 波をチャプチャプチャプチャプかきわけて 雲をスイスイスイスイ追い抜いて ひょうたん島はどこへ行く ぼくらを乗せてどこへ行く
    まるい地球の水平線で 何かがきっと待っている うれしいこともあるだろさ 悲しいこともあるだろさ だけどぼくらはくじけない
    泣くのはいやだ 笑っちゃお 進めー ひょっこりひょうたん島 ♪

 笑福亭鶴瓶師匠と世界の北野さんが自動車のCMで歌っているあの歌を。
 飛ばされないように、しっかりと手をつないで。
 もう、死んでもいいと思いました。
 彼が一緒ならどこにでも行ける。

 そして、勤務している病院の建物が見えたのは、今朝3時50分。
 街の中心で、朝4時まで営業している、彼とふたりでよく行くラーメン店でラーメンを食べていたから、1時間弱遅れたんです。
 でも、そうでもしないと体の感覚がなくなってるから、前にいけないんです。
 ラーメンを食べても、温かいのか冷たいのかがわからない。
 チャーシューマヨネーズおにぎりも同じ。
 でもにんにく効果でなんとなく体の感覚が戻ってきて、いけると確信しました。

 病棟に上がっていったら、スタッフ全員がスタッフステーションで待っていてくれました。
 迎えに行こうとしたけどどこにいるかわからない。
 携帯に電話を入れると圏外になる。
 わたしたちを真剣に探してくれていたみたいで、言葉が出ませんでした。
 頭を深く下げただけで。
 部屋の風呂でゆっくりと暖まれ、とか、毛布を追加するか、とか、一言一言が温かいから、言葉だけで暖まりました。
 外泊に出る患者さんの見送りは、紺野ちゃんとナベちゃんがしてくれた、とか。
 
 やっぱり、安定した職場を捨てて、これから右と出るか左と出るかわからないところに移る決断は間違ってませんでした。
 
 きょうは嘘のように暴風がやんで、無事に1日を終われそうです。
 
 患者さんも出迎えることができたし。
 
 今夜の夕食は、患者さんをすべてベッドに収めてから、彼がお彼岸用に特別料理を作ってくれるそうです。
 でも、猪の肉を用意してました。 あれってものすごく臭みがあっておいしくないんですよ。
 どうするつもりなんだか、福島牛のロースになるよ、なんて真剣な顔で言ってますけどね。
 プロのシェフはワインをかけて肉に火をつけるみたいですが、ワインはアルコールだから、プロテスタントは厳禁。
 どう、クリアするのか・・・・・・。