やー、懐かしい人たちが訪ねてくれました。
元・副医長のヲタクと中島”監督”医師。
アネさんが独立することを知って、なにをしにきたんだろう・・・・・・わからないけど、訪ねてくれた。
それも午後1で。
木曜日になんで、って、中島”監督”に訊いたら、クリニックは、水曜か木曜に午後休診となるのが常識なんだって。
この病院の外来は毎日午前だけで、午後休診だけど、個人病院も今は午後休診制度があるのか。
中島”監督”は、アネさんに、スタッフは揃ったのかとか、どういう施設になるのかを熱心に聴いていたけど、ヲタクは、スタッフステーションに入ってきて、ウチの彼を見つけると、いきなり、
「やってる、プラスティックモデル!」
おいおい。
「まあ、少しずつですが。 観てくれますか?」
彼はヲタクを倉庫へ案内していった。
「おー、ヨンパチのしんかい推進器改良型! どこで手に入れた! どこにも売ってないのに! ぼくなんか、ハセガワの前期型しか手に入らなかったんだっ!」
JAMSTECの深海調査艇「しんかい6500」。1/48スケール。 ガンプラのバンダイ製。
現在は、話題のメタンハイドレードで、母船の「ちきゅう」とともに活躍中。
「豊岡の! 次の日にか!」
うるさいっ! ここは病棟だっ!。
「手に入るかな! 電話してみるっ! えっ! あっ! 面会棟でしか携帯は使えないんだっ!」
倉庫からダッシュして面会棟へ飛び込んだ。
廊下を走るなっ! ここは・・・・・・撤回。 佐橋看護師は常に走ってるから。
「おいっ! あったっ! 今朝入荷したばかりだっ! 前期型と両方あるっ!」
だから、うるさいっ!
スタッフステーションに顔を出すと、
「ちょっと、急用で出かけてきます。 すぐ戻りますから」
急用?。 いろんな言い方があるねー。 プラスティックモデルを買いに行くのも急用か。
しばらくして、ヲタクは戻ってきた。
手にはプラスティックモデルの入ったレジ袋をぶら下げて。
車の中に置いてこいよー。 子供じゃないんだから。
「くーっ、生きててよかったっ! こんな感動はかってなかったっ!」
さびしい人生だね。
「ところで、夫婦で医師会を除名されたんだって? 志村」
それを一番最初に言うべきだろう。 わたしはプラスティックモデル以下か。
「ウチの親父が言ってた。 悪意を感じるってな。 意見の違う者は認めない、いわゆる反対勢力を合法的に葬ったんだと。 だけど、めげるなよ。 親父も翌日に退会届を出して、辞めたし、リハビリ病院の院長も同時に退会してる。 医師会なんか飲み会組合みたいなものだから。 過去に除名された医師も全員医師を続けてるぞ。 自分の信念を曲げるな」
「ヲタク、誰か忘れてないか、うん?」
アネさんも部下の失態の責任を取らされて除名されたからね。
順序が逆なんだよ。
「あー、そうでした。 独立開業とは最良の選択ですよ。 忙しくて大変かもしれないけど、厚労省のご機嫌伺いもないし、縛りが違いますから、国立病院とは。 いっそクリニックにすればいいのに。 楽ですよ」
「現在入院中の患者さんが全員着いていくって言うから、袖にするわけにも行かないだろう」
「求心力がありすぎるっていうのも問題だな。 男気に惚れられたか」
ヲタクは言ってはいけないことを口にした。
爆発の臨界まで、3・2・1.
「誰が男気だって、おい。 私は女だっ!」
「そうでしたっ!申し訳ない」
謝って済むかね。
「ところで、厚生病院の近くですって?」
話を刷りかえるか。
「リハビリ病院の射抜きに、病棟を改築しただけなんだ。 あそこは医大の向かいにリハビリ病院を集中させるって言うから。 地主がこの病棟に入院してて、借地料も裏手のマンションの看護師寮も賃料はいらないって言ってくれてな。 迷惑をかけたけど助けられたよ」
「あの院長は決断が早いから。 ビジネスセンスがピカイチだし。 この街に点在するほとんどの訪問看護ステーションもすべてあの院長の持ち物で、テニスクラブの経営に、コンサドーレにも莫大な出資をしてる。 あの院長が医師会をいまだにまとめていたら、3人とも除名なんかされなかったのに。 隠居の理由が、趣味のラジコンとプラスティックモデルをする時間がほしいから。 いい御身分ですねー。 整形外科としての腕は超一流なのに、もったいない」
人生いろいろ、会社もいろいろ、だからね。
「本人は体調不良だと言ってたけどな」
「アネさんもだまされたんですか。 ピンピンしてますよ。 毎日必ずどこかの模型店に入り浸ってる」
「そんなにいいのかねー、プラモデルが」
ヲタクの顔色が変わった。
くるよー。
「プラモデルは、日本で初めてプラスティック製の模型を発売したマルサン商会の商標登録なんで、プラモデルと言っちゃいけないんですよ。 お金を取られるんです」
「ああ、そう。 そんなのどうでもいい」
「ちなみに、電子レンジのターンテーブル型はシャープの特許で、他のメーカーはターンテーブル式を作るごとにシャープに特許使用料を支払わなければならなかったんですが、特許が期限を過ぎてオープンになって、シャープは莫大な減収になって、地上デジタル需要も一息ついたために、身売りしたんですよ」
「そんなの、私に関係ない。 シャープの株主でもなんでもないからな」
この病棟には、ヲタクよりも家電に詳しい人間がいるから、何かと言えば聴かされてるから。
「おい、ところで、孤高のストライカーはどうしてる?」
「午前中に検査に来て行きましたよ。 今のところ再発の兆候が見られないので、本格的にサッカーに復帰することをOKしました。 サッカーで体温を上げていれば、再発を防げるかもしれないですから」
ウチの彼は答えた。
最初のうちは、わたし、記事には「夫」って書けてたんだよね。 過去記事を見て、自分でもびっくりしたけど。
夫婦から心友関係になったのかもしれないね。
彼の友人はみんな、彼を「サコちゃん」「サコっち」って呼ぶから、自然にわたしも「サコちゃん」になったけど。
関係なんかどうでもいいじゃない。
仲はいいんだから。
でも、わたしが怒るようなことを、つい言ってしまうと、目が泳いでるけど。
デンジャラス・ノッチさんみたいに。
「忙しくてもてあましたら、ぼくらに連絡をください。 すぐに駆けつけますから。 それと、ウチのが新たにお世話になりますが、使い物になるかどうかは別として、よろしくお願いします」
ナベちゃんがいたら、絶対に言えないよ。
目が泳いで怯えるから。
しどろもどろ。
ところで、きょうはホワイトデイですよね
ナベちゃんには何をお返しするんですか?
ゴディバのチョコをもらったそうじゃないですか、バレンタインに
最高級クラスなんですってね、ゴディバのチョコって
大変だなー、お返しは
「ホワイトデイ? きょうって3月14日だっけ? あーまあ、見合うものを考えてるさ。 まずいよなー、「しんかい」買っちゃったし。 見合うものを返せばいいんだろ」
目が泳いでる。
「ところで、この病棟、総合診療医が1人増えたとか?」
「厚生病院からレンタルしてたんだけど、本人がここを気に入って、正式に採用したんだ。 あって邪魔になるものじゃないし」
アネさんのいう通りです、ねっ、よーし、ちゅうもーく。
「それで、きょう出向いたのは、ハンチョウをウチの病院にもらうためだったんですが。 1人いればいいでしょう。 ウチなんか1人もいないんですから」
禁句。
その言葉を口にした、製薬会社のMR(営業マン)はことごとく出入り禁止にされてるからね。
「さっき、クリニックは楽だって言ったよな。 楽なら医師はいらないだろうが。 その話を続けるなら、今すぐ帰れ!」
「そうだ、そろそろ帰らないとウチの彼女、準夜か。 それまでにお返ししないと。 しかし、誰が考えたんだ、ホワイトデイなんか」
「いい質問ですねー。 それはですね」
あー、始まった。 サコちゃん得意の池上さん解説。
「福岡の洋菓子店なんですよ。 森永製菓がバレンタインにチョコを贈ることを始めて、莫大な利益を得た。 でも、女性が一方的にチョコを贈るだけじゃ、かわいそうだから見返りを、ということで、店の一番の売りだったクッキーを男性が返すことを始めたのが、全国的に広がったんです」
「そうか、クッキーでいいのか。 じゃあ、ドンキで詰め合わせを買ってこう。 298円は妥当だ」
完全に女性をバカにしてるね。
きょうび、298円のクッキーを返して済むと思うな。
国連では、日本の女性の地位の向上がなされていないのが悪いと問題視されてるんだ。
ゴディバだよ。 ゴディバ。
298円じゃ包装紙も買えないんだよ。
わかってるのか、このプラスティックモデルヲタク。
「何だよ、志村、その目は。 あっみんなも同じ目をしてる、言いたいことがあるならハッキリと言えよ!」
「あの、ゴディバのチョコって、夏目漱石さんが数枚出さないと買えないんですよ。 明らかに298円のクッキーじゃ、バランスが悪いんです。 今は義理には倍返し、本命には3倍返しが暗黙の了解ですから」
サコちゃん、偉いっ!。
「そうなの。 普通のチョコだったよ。 3倍返しってことは福沢諭吉さんってことか。 「しんかい」を2つ買っても、福沢さん1枚で数百円のお釣りがあるのに。 じゃあ、何を返すのよ」
「まあ、ありがちなのは、ヴィトン、グッチ、ティファニーってとこですか」
行け! サコちゃん。
「無理だよ。 旭川にはショップがないし」
「フィールにあります。 ヴィトンは西武A館1F」
「フィール?」
「元・丸井今井。 ジュンク堂書店と同じビルですが」
「ところで、贈ったの、ヴィトンとかグッチを?」
「いや、彼女はボーイッシュなファッションが好みで、ヴィトンやグッチは喜ばないので、それに適当するものを。 もちろん、看護師たちや、女医さんたちにはクッキーじゃないものをお返ししてます。 彼女には、夕食後に」
「おいおい」
「ヴィトンやグッチといってもバッグだけではなく、いろいろな小物がありますからね。 携帯のケースとか、ポーチ、財布なんかも」
「携帯のケースなんていいかもな。 うん。 バッグでも、リサイクルショップで買えば」
「残念ながら、99%は偽物です。 この街には直売店を除いて、まともな鑑定家がいない。 リサイクルショップだと必ず偽物を掴まされます」
「偽物だって」
「犯罪ですよ。 売った方も買った方も。 たとえば、今はシャネルのスーパーコピーが大量に出回っています。 ギャランティーカードというものが必ずついてますが、番号が書いてあって、箱のナンバーと一致してる。 ヴィトンなら番号が重複していたり、ギャランティーカードと箱のナンバーが違うものがあるのですが、シャネルのスーパーコピーはきれいに一致してるから、時には鑑定家でも騙される場合があります」
へえー、詳しいね。
わたしには何のことだか。
「シャネルの9395451、10218184、10501946。 日本で流通している超スーパーコピーです。 本物と同じ素材を使って作られているんですよ。 ギャランティーカードを蛍光灯にかざすと、本物は隠し文字CHANELが浮き上がるんですが、それまで完璧にコピーされているし、偽物を見破る初歩のプラスねじも使っていない。 本物と違うのは、ボタンの緑の刻印がわずかに浅いだけ。 正しい目を持つ鑑定家はまずボタンを観察します」
「訳がわからなくなってきた。 要するに直営店で携帯ケースを買うくらいが一番安全だってことか。 そうするよ」
元・副医長はとぼとぼと帰っていった。
中島”監督”は、日勤の終わる午後6時を待って、父から預かってきたという手紙らしきものを、アネさんに渡して帰っていった。
それがなんと、粒子線治療器を贈呈するというもので、スタッフ全員、押し黙ってしまった。
三菱製のリニアは、億だからね。
現在、放射線科に据え付けられている、フィンランドの病院から、わたしと彼が贈呈されたものと同じもの。
今までは、マニュアルがフィンランド語で、彼が訳したもののために技師にストレートに伝わりにくく、思うような使い方ができないでいたけど、この病棟とともに移る技師も、日本語は読めるだろう。
リニアに全身温熱療法。
肺癌と真正面からぶつかるには完璧な武器が揃った。
ところで、ホワイトデイ。
サコちゃんは包装紙の上に大きなリボンのついた薄い箱を贈ってくれた。
箱の中身は
「なんでーすかー」
おまえはナンですかマンだな!
「そういうおまえはタケちゃんマンだな!」
などとバカげたジョークを飛ばしてから開けたところ、なんと、ジョルジュ・アルマーニのデニム!
わたしはハリウッド・セレブじゃないから似合わないって!
「いや、彼女たちはすべてオリジナルデザインを発注してるんだ。 これはレディー・ガガお気に入りのデザインで、市場に出回ってるものだから」
レディー・ガガだって、今やセレブだって
「まさか、彼女はニューヨークでぼくの隣人の、背の高いモデル体型のおませな12才の女の子だよ。 セレブじゃない」
時間をさかのぼれば、の話で、なんていったところで彼は自分の想い出を書き換えることはしないだろう。
履きこなせるように努力するからね
ありがとう!
おかげで今夜も一睡もできないだろう。 興奮で。
アルマーニのデニムには、普段のエドウィンとはまた違った憧れがあったのだから。
まあ、病棟勤務医の条件は、眠りの浅いことだから、医師としては合格だけど・・・・・・。
元・副医長のヲタクと中島”監督”医師。
アネさんが独立することを知って、なにをしにきたんだろう・・・・・・わからないけど、訪ねてくれた。
それも午後1で。
木曜日になんで、って、中島”監督”に訊いたら、クリニックは、水曜か木曜に午後休診となるのが常識なんだって。
この病院の外来は毎日午前だけで、午後休診だけど、個人病院も今は午後休診制度があるのか。
中島”監督”は、アネさんに、スタッフは揃ったのかとか、どういう施設になるのかを熱心に聴いていたけど、ヲタクは、スタッフステーションに入ってきて、ウチの彼を見つけると、いきなり、
「やってる、プラスティックモデル!」
おいおい。
「まあ、少しずつですが。 観てくれますか?」
彼はヲタクを倉庫へ案内していった。
「おー、ヨンパチのしんかい推進器改良型! どこで手に入れた! どこにも売ってないのに! ぼくなんか、ハセガワの前期型しか手に入らなかったんだっ!」
JAMSTECの深海調査艇「しんかい6500」。1/48スケール。 ガンプラのバンダイ製。
現在は、話題のメタンハイドレードで、母船の「ちきゅう」とともに活躍中。
「豊岡の! 次の日にか!」
うるさいっ! ここは病棟だっ!。
「手に入るかな! 電話してみるっ! えっ! あっ! 面会棟でしか携帯は使えないんだっ!」
倉庫からダッシュして面会棟へ飛び込んだ。
廊下を走るなっ! ここは・・・・・・撤回。 佐橋看護師は常に走ってるから。
「おいっ! あったっ! 今朝入荷したばかりだっ! 前期型と両方あるっ!」
だから、うるさいっ!
スタッフステーションに顔を出すと、
「ちょっと、急用で出かけてきます。 すぐ戻りますから」
急用?。 いろんな言い方があるねー。 プラスティックモデルを買いに行くのも急用か。
しばらくして、ヲタクは戻ってきた。
手にはプラスティックモデルの入ったレジ袋をぶら下げて。
車の中に置いてこいよー。 子供じゃないんだから。
「くーっ、生きててよかったっ! こんな感動はかってなかったっ!」
さびしい人生だね。
「ところで、夫婦で医師会を除名されたんだって? 志村」
それを一番最初に言うべきだろう。 わたしはプラスティックモデル以下か。
「ウチの親父が言ってた。 悪意を感じるってな。 意見の違う者は認めない、いわゆる反対勢力を合法的に葬ったんだと。 だけど、めげるなよ。 親父も翌日に退会届を出して、辞めたし、リハビリ病院の院長も同時に退会してる。 医師会なんか飲み会組合みたいなものだから。 過去に除名された医師も全員医師を続けてるぞ。 自分の信念を曲げるな」
「ヲタク、誰か忘れてないか、うん?」
アネさんも部下の失態の責任を取らされて除名されたからね。
順序が逆なんだよ。
「あー、そうでした。 独立開業とは最良の選択ですよ。 忙しくて大変かもしれないけど、厚労省のご機嫌伺いもないし、縛りが違いますから、国立病院とは。 いっそクリニックにすればいいのに。 楽ですよ」
「現在入院中の患者さんが全員着いていくって言うから、袖にするわけにも行かないだろう」
「求心力がありすぎるっていうのも問題だな。 男気に惚れられたか」
ヲタクは言ってはいけないことを口にした。
爆発の臨界まで、3・2・1.
「誰が男気だって、おい。 私は女だっ!」
「そうでしたっ!申し訳ない」
謝って済むかね。
「ところで、厚生病院の近くですって?」
話を刷りかえるか。
「リハビリ病院の射抜きに、病棟を改築しただけなんだ。 あそこは医大の向かいにリハビリ病院を集中させるって言うから。 地主がこの病棟に入院してて、借地料も裏手のマンションの看護師寮も賃料はいらないって言ってくれてな。 迷惑をかけたけど助けられたよ」
「あの院長は決断が早いから。 ビジネスセンスがピカイチだし。 この街に点在するほとんどの訪問看護ステーションもすべてあの院長の持ち物で、テニスクラブの経営に、コンサドーレにも莫大な出資をしてる。 あの院長が医師会をいまだにまとめていたら、3人とも除名なんかされなかったのに。 隠居の理由が、趣味のラジコンとプラスティックモデルをする時間がほしいから。 いい御身分ですねー。 整形外科としての腕は超一流なのに、もったいない」
人生いろいろ、会社もいろいろ、だからね。
「本人は体調不良だと言ってたけどな」
「アネさんもだまされたんですか。 ピンピンしてますよ。 毎日必ずどこかの模型店に入り浸ってる」
「そんなにいいのかねー、プラモデルが」
ヲタクの顔色が変わった。
くるよー。
「プラモデルは、日本で初めてプラスティック製の模型を発売したマルサン商会の商標登録なんで、プラモデルと言っちゃいけないんですよ。 お金を取られるんです」
「ああ、そう。 そんなのどうでもいい」
「ちなみに、電子レンジのターンテーブル型はシャープの特許で、他のメーカーはターンテーブル式を作るごとにシャープに特許使用料を支払わなければならなかったんですが、特許が期限を過ぎてオープンになって、シャープは莫大な減収になって、地上デジタル需要も一息ついたために、身売りしたんですよ」
「そんなの、私に関係ない。 シャープの株主でもなんでもないからな」
この病棟には、ヲタクよりも家電に詳しい人間がいるから、何かと言えば聴かされてるから。
「おい、ところで、孤高のストライカーはどうしてる?」
「午前中に検査に来て行きましたよ。 今のところ再発の兆候が見られないので、本格的にサッカーに復帰することをOKしました。 サッカーで体温を上げていれば、再発を防げるかもしれないですから」
ウチの彼は答えた。
最初のうちは、わたし、記事には「夫」って書けてたんだよね。 過去記事を見て、自分でもびっくりしたけど。
夫婦から心友関係になったのかもしれないね。
彼の友人はみんな、彼を「サコちゃん」「サコっち」って呼ぶから、自然にわたしも「サコちゃん」になったけど。
関係なんかどうでもいいじゃない。
仲はいいんだから。
でも、わたしが怒るようなことを、つい言ってしまうと、目が泳いでるけど。
デンジャラス・ノッチさんみたいに。
「忙しくてもてあましたら、ぼくらに連絡をください。 すぐに駆けつけますから。 それと、ウチのが新たにお世話になりますが、使い物になるかどうかは別として、よろしくお願いします」
ナベちゃんがいたら、絶対に言えないよ。
目が泳いで怯えるから。
しどろもどろ。
ところで、きょうはホワイトデイですよね
ナベちゃんには何をお返しするんですか?
ゴディバのチョコをもらったそうじゃないですか、バレンタインに
最高級クラスなんですってね、ゴディバのチョコって
大変だなー、お返しは
「ホワイトデイ? きょうって3月14日だっけ? あーまあ、見合うものを考えてるさ。 まずいよなー、「しんかい」買っちゃったし。 見合うものを返せばいいんだろ」
目が泳いでる。
「ところで、この病棟、総合診療医が1人増えたとか?」
「厚生病院からレンタルしてたんだけど、本人がここを気に入って、正式に採用したんだ。 あって邪魔になるものじゃないし」
アネさんのいう通りです、ねっ、よーし、ちゅうもーく。
「それで、きょう出向いたのは、ハンチョウをウチの病院にもらうためだったんですが。 1人いればいいでしょう。 ウチなんか1人もいないんですから」
禁句。
その言葉を口にした、製薬会社のMR(営業マン)はことごとく出入り禁止にされてるからね。
「さっき、クリニックは楽だって言ったよな。 楽なら医師はいらないだろうが。 その話を続けるなら、今すぐ帰れ!」
「そうだ、そろそろ帰らないとウチの彼女、準夜か。 それまでにお返ししないと。 しかし、誰が考えたんだ、ホワイトデイなんか」
「いい質問ですねー。 それはですね」
あー、始まった。 サコちゃん得意の池上さん解説。
「福岡の洋菓子店なんですよ。 森永製菓がバレンタインにチョコを贈ることを始めて、莫大な利益を得た。 でも、女性が一方的にチョコを贈るだけじゃ、かわいそうだから見返りを、ということで、店の一番の売りだったクッキーを男性が返すことを始めたのが、全国的に広がったんです」
「そうか、クッキーでいいのか。 じゃあ、ドンキで詰め合わせを買ってこう。 298円は妥当だ」
完全に女性をバカにしてるね。
きょうび、298円のクッキーを返して済むと思うな。
国連では、日本の女性の地位の向上がなされていないのが悪いと問題視されてるんだ。
ゴディバだよ。 ゴディバ。
298円じゃ包装紙も買えないんだよ。
わかってるのか、このプラスティックモデルヲタク。
「何だよ、志村、その目は。 あっみんなも同じ目をしてる、言いたいことがあるならハッキリと言えよ!」
「あの、ゴディバのチョコって、夏目漱石さんが数枚出さないと買えないんですよ。 明らかに298円のクッキーじゃ、バランスが悪いんです。 今は義理には倍返し、本命には3倍返しが暗黙の了解ですから」
サコちゃん、偉いっ!。
「そうなの。 普通のチョコだったよ。 3倍返しってことは福沢諭吉さんってことか。 「しんかい」を2つ買っても、福沢さん1枚で数百円のお釣りがあるのに。 じゃあ、何を返すのよ」
「まあ、ありがちなのは、ヴィトン、グッチ、ティファニーってとこですか」
行け! サコちゃん。
「無理だよ。 旭川にはショップがないし」
「フィールにあります。 ヴィトンは西武A館1F」
「フィール?」
「元・丸井今井。 ジュンク堂書店と同じビルですが」
「ところで、贈ったの、ヴィトンとかグッチを?」
「いや、彼女はボーイッシュなファッションが好みで、ヴィトンやグッチは喜ばないので、それに適当するものを。 もちろん、看護師たちや、女医さんたちにはクッキーじゃないものをお返ししてます。 彼女には、夕食後に」
「おいおい」
「ヴィトンやグッチといってもバッグだけではなく、いろいろな小物がありますからね。 携帯のケースとか、ポーチ、財布なんかも」
「携帯のケースなんていいかもな。 うん。 バッグでも、リサイクルショップで買えば」
「残念ながら、99%は偽物です。 この街には直売店を除いて、まともな鑑定家がいない。 リサイクルショップだと必ず偽物を掴まされます」
「偽物だって」
「犯罪ですよ。 売った方も買った方も。 たとえば、今はシャネルのスーパーコピーが大量に出回っています。 ギャランティーカードというものが必ずついてますが、番号が書いてあって、箱のナンバーと一致してる。 ヴィトンなら番号が重複していたり、ギャランティーカードと箱のナンバーが違うものがあるのですが、シャネルのスーパーコピーはきれいに一致してるから、時には鑑定家でも騙される場合があります」
へえー、詳しいね。
わたしには何のことだか。
「シャネルの9395451、10218184、10501946。 日本で流通している超スーパーコピーです。 本物と同じ素材を使って作られているんですよ。 ギャランティーカードを蛍光灯にかざすと、本物は隠し文字CHANELが浮き上がるんですが、それまで完璧にコピーされているし、偽物を見破る初歩のプラスねじも使っていない。 本物と違うのは、ボタンの緑の刻印がわずかに浅いだけ。 正しい目を持つ鑑定家はまずボタンを観察します」
「訳がわからなくなってきた。 要するに直営店で携帯ケースを買うくらいが一番安全だってことか。 そうするよ」
元・副医長はとぼとぼと帰っていった。
中島”監督”は、日勤の終わる午後6時を待って、父から預かってきたという手紙らしきものを、アネさんに渡して帰っていった。
それがなんと、粒子線治療器を贈呈するというもので、スタッフ全員、押し黙ってしまった。
三菱製のリニアは、億だからね。
現在、放射線科に据え付けられている、フィンランドの病院から、わたしと彼が贈呈されたものと同じもの。
今までは、マニュアルがフィンランド語で、彼が訳したもののために技師にストレートに伝わりにくく、思うような使い方ができないでいたけど、この病棟とともに移る技師も、日本語は読めるだろう。
リニアに全身温熱療法。
肺癌と真正面からぶつかるには完璧な武器が揃った。
ところで、ホワイトデイ。
サコちゃんは包装紙の上に大きなリボンのついた薄い箱を贈ってくれた。
箱の中身は
「なんでーすかー」
おまえはナンですかマンだな!
「そういうおまえはタケちゃんマンだな!」
などとバカげたジョークを飛ばしてから開けたところ、なんと、ジョルジュ・アルマーニのデニム!
わたしはハリウッド・セレブじゃないから似合わないって!
「いや、彼女たちはすべてオリジナルデザインを発注してるんだ。 これはレディー・ガガお気に入りのデザインで、市場に出回ってるものだから」
レディー・ガガだって、今やセレブだって
「まさか、彼女はニューヨークでぼくの隣人の、背の高いモデル体型のおませな12才の女の子だよ。 セレブじゃない」
時間をさかのぼれば、の話で、なんていったところで彼は自分の想い出を書き換えることはしないだろう。
履きこなせるように努力するからね
ありがとう!
おかげで今夜も一睡もできないだろう。 興奮で。
アルマーニのデニムには、普段のエドウィンとはまた違った憧れがあったのだから。
まあ、病棟勤務医の条件は、眠りの浅いことだから、医師としては合格だけど・・・・・・。