きょうは2つの、どちらもとても大切なスケジュールが重なってしまった。
 お母さんの命日と、グランブルードリームス・オーケストラの卒業コンサートのリハーサル。
 本来ならば、お母さんが亡くなった午後3時01分に、納骨堂に手を合わせるのが筋なのだが、午後はリハーサル。 それも、病棟の医師で結成したフュージョン・バンドとオーケストラの合同演奏の初回のリハーサルという大事な日。
 お母さんには申し訳ないのだけれど、午前中に納骨堂に手を合わさせてもらった。
 これが不思議なんだよね。
 時間を急にずらしたことを”ファミリー”の麻酔科長がきちんとついてくる。
 アネさんも連絡はしてないというし、どういうことなんだろう。 
 もしかすると早朝から休日出勤してきて、じっと職員駐車場を覗いている、とか・・・・・・。
 そういうのって、ストーカーにあたるのではないだろうか。
 でも、こんな仲間がサコちゃんをしっかりとサポートしてくれるってことをお母さんが知ってくれたら安心してくれるだろう。
 もっとも、数が多すぎて迷惑かもしれないけどね。

 寺にとっては迷惑だった。
 午後12時読経開始、午後1時出棺の葬儀があって、とにかく1分も早く、関係者以外は寺を去ってほしい、とのことだったから。
 亡くなったのは、102才のおばあさん。
 だから、親族も朝から酒盛りをして、呂律が回らないような会話を交わしていた。
 大往生だからね。
 寺は1Fに本堂を、2Fには納骨堂と、葬儀のための遺族控え室があるから、彼が読経をしている間も、大声の笑いと怒鳴るような声での、わけのわからない会話が納骨堂にまでビンビン響いてきた。
 残念だったのは、きょうも阿弥陀経のみだったこと。
 とにかく葬儀関係者以外は1秒でも早く、寺から出てほしいというのが寺の言い分だったから。
 でも、今月の春分の日とお盆、秋分の日と、お母さんの祥月命日の12月1日にはそうはいかないよ。
 浄土真宗西本願寺派門徒のお経すべて、約1時間20分をあげるからね。


 午後からはリハーサル。
 オーケストラを主宰する病院がわたしたち8人分の昼食も用意してくれた。
 正直、心配だったんだよね。
 医師たちとオーケストラの団員は初めて出会うわけで、団員それぞれの抱える問題を理解して接することができるのか。 それができなければ合同演奏なんかできはしない。
 でも、病棟の医師たちは上手く理解してくれた。
 櫻井医師が一番先に団員の中に飛び込んで、それぞれの目線で会話をして、団員の心をほぐした。
 さすがはセントジョン・ホプキンス大医学部。
 
 とにかくきょうは木管パートのリードミスが多かった。
 葦でできているリードは、乾燥が行き過ぎた状態で楽器に取り付けて吹くと簡単に割れる。
 わたしは最初の頃、木管パートの団員がみんな、アイスキャンディーの棒をなめまくるみたいに、リードを半分くらい口に入れているのが何を意味するのかがわからなかった。
 汚いなーと思ってたんだよね。
 でも、自分がアルトサックスを吹くようになってわかった。
 汚いことなんかじゃない。
 充分すぎるくらい口の中に入れ、リードを湿らせないと、簡単に割れてしまう。
 リードは5枚、あるいは10枚入り1箱単位で売られているが、けっこう高い。 それに、まともに音が出るものは1箱に1枚かそれ以下、運が悪いと5箱買っても1枚も当たりがない場合が多い。 5箱で2万円弱だから、親にしてみれば痛い出費だよ。
 セレクトという、1箱全部のリードが使えますという名目で売られているものもあるけど、それも普通のものと大差がない。 1箱の中に2枚程度しか当たりがない。
 耐水サンドペーパーで削ることもできるというが、これも慣れが必要で、PTAは子供を演奏に集中させたいから、はずれたリードは再生しないでも当たりが出るまで買い与えるという。 
 彼自身は当たりのリードも手を入れる主義。
 自分のサウンドを作るためにしていることなのだとか。
 でも、作業を見てると、緻密で繊細なことだから、時間はとられる。
 演奏に集中するなら、当たりが出るまで買い続けるのが最良の選択なんだろう。
 2月の半ばから、リードが割れることが多くなったと木管パートは口をそろえて言う。
 それだけ乾燥が酷いんだね。
 こんなときにもし、火の始末をおこたったらえらいことになる。
 だけど、ところ構わず、街中の至るところでくわえタバコをポイ捨てする人が多い。
 くわえタバコって、軽犯罪なんだけど、構わずにやってるんだ。
 すれ違いざまにぶつかって、相手の服を焼いたり、乳幼児を背負った母親にぶつかって、子供にやけどを負わせたり。
 現行犯が原則だから、警察もなかなか押さえられないという。
 それでも、徒歩でのパトロールを徹底して、くわえタバコの人を捕まえたりしてるという。
 火を見るとムラムラする人間もいるでしょ。
 不審火が2月から急激に増えていて、消防も自警団とともにパトロールをしてるみたいだし。
 
 とにかく、この季節が、木管奏者にとってもっとも嫌いだという。
 ヴァイオリンも音がコロコロ変わって、慌てて、バケツの水にダンピットという、蛇みたいな形の保湿剤をつけて中のスポンジに水を含ませ、ヴァイオリンの音孔から中に入れている。
 最悪のコンディションの中での本番。
 でも彼らはあきらめない。

 TVドラマ『じゃじゃ馬ならし』のサウンドトラックでの、T-スクェアとロンドンフィルハーモニーオーケストラとの共演の再現というプログラムが、できたばかりの医師のバンドと、もはやベテランの域に達するほどいくつものステージをこなしてきたオーケストラの共演はどうなることか。


 練習を終えて、病棟に戻った途端、チャラが言った。
 「やっぱり、音楽はいいわー。 けっこう共通の話題が持てて、すぐ友達になれる。 おかげで、アスペルガーやリストカットを繰り返す子たちに対してぼくがかなり偏見を持っていたことに気がついたよ。 障害者だの登校拒否児だの、世間では奇異な目で見るけど、あれは本当の彼らを知らないゆえの恥ずかしい行為だ。 そういうやつはガツンと言ってやる」
 「そりゃそうでしょ。 国境も宗教も関係ないんだから。 ジョン・レノンだってそう歌ってる」
 チャラの奥さん、美穂ちゃんが続けた。
 「音楽はいいねー。 リリンの産み出した最高の文化だよ」
 カヲル君、そんなことはできないよ、カヲル君、って、エヴァか。
 櫻井医師ってアニメにも詳しいの?・・・・・・。
 「これからは土曜日が一番充実しそうだな。 土曜が楽し」
 ガンバの言葉が終わらないうちに、彼の奥さんの振り上げたファイルの角が彼の頭を襲った。
 ほっとしたよ。
 きょうの収穫はそれだけ。
 本格的な音作りは来週からだ。

 
 きょうの夜食は豚丼だという。
 秘伝のたれに漬け込んだ豚肉を使うんだろう。
 きのう、イオンモールのジャスコで豚肉を買ったのはこのためだったのか。
 豚丼の上にキムチを乗せると最高においしいという。
 わたしたちプロテスタントはキムチも禁止だからね。
 残念だけど。
 サコちゃん独自のキムチの味があるっていうから。
 韓国では各家庭によってまったく違うんだって。
 嫁に行って、何よりも先に教えられるのが、夫の家のキムチのレシピなんだって。
 覚えられなければ、離婚。
 恐ろしい・・・・・・。
 わたし、日本に生まれてよかった。


 そういえば、きのう、イオンモールの韓国料理店の前で、何気なく立ち止まり、ウィンドウのメニューをハングルで読み上げていた彼にハングルで話しかけてきた若い女の子2人組がいた。
 後で彼に訊くと、2人は韓国のOL1年生で、北海道観光に来て、きょうは旭山動物園に行ったという。
 わたしにはまったくわからない会話だ。
 彼のハングルを聴いて、韓国からの観光客だと思ったらしい。
 それで、韓国のどこの街から来たのかと話しかけてきたんだって。
 彼にとっては十四ヶ国語をしゃべるうちの1つでしかないけど、やけに盛り上がって、最後には、わたしたちコリアンとジャパニーズの間には領土問題なんかない。 竹島問題はお互いのことを何も知らない人間の言うことだ。 日本ではK-POPが大人気らしいし、わたしたちも日本人アーティストをよく聴いている。 日本のアニメもたくさん知ってる。 『けいおん!』っておもしろいって。 領土問題はわたしたちが終わらせようとまで意気投合したんだって。
 確かに21世紀になって領土で揉めるなんて陳腐だけどね。
 純国産の探査機が、地球からはまったく見ることのできないラッコの形をした小惑星の土壌の一部をサンプリングして還ってくる時代だよ。
 そんな時代に尖閣だの竹島だのなんてふざけたことだと思うけどね。
 文化力の程度の低い連中が言ってることだよ。
 お互いの文化を知っている若い世代は、領土問題なんか馬鹿げてるという。

 文化力だよ、文化力。

 第二次世界大戦で日本が完全に敗北したのは文化力の違いだからね。
 アメリカの文化がもっと日本に浸透していれば、宣戦布告はなかった。
 ということはヒロシマもナガサキもなかったってことでしょ。
 竹島も尖閣もお互いの国の共同財産でいいじゃない。

 韓国も日本も苦労するよね、おバカな政治家ばかり抱えてしまって。


 さて、明日は女の子の日か。
 どんな1日にしてくれるのかな、サコちゃんは。

 白酒は飲んじゃいけないからいらない。
 アネさんは大杯でいくんだろうけどね。 あの、相撲の優勝力士の祝杯とか、黒田節クラスの。

 きょうからテンションがかなりあがってます。

 明日が怖いよー。