更新が遅くなって申し訳ありませんでした。 やっと仕事上がりです。
 緊急オペで、こんな時間になってしまいました。
 他の診療科の患者さんですよ。
 内科です。
 内科の範疇の癌です。 それもすい臓。

 すい臓癌というと、どこの病院も受け入れてくれないんです。
 「沈黙の臓器」の別名を持つ癌で、症状が表面化したら、一切手の施しようがない。
 たらい回しにするからどんどん進行してアウト。
 おもしろいことに、一般的に癌は年齢が若い人ほど進行が早いんですが、すい臓癌は逆なんです。
 だから体力の消耗も激しくて、すい臓癌と診断された頃には、歩くのもやっと。
 
 今日の午後4時ごろかな。 アネさんが珍しく外来に出たんです。 
 それで、1日の診察を終えて、事務室に報告をしに行ったところに、救急搬送があって、患者さんご本人が別の病院ですい臓癌の診断を受けて、お払い箱にされてしまったんですよ。 すい臓癌だと治療もできないし、かといって毎日リンゲル点滴をしても、1週間以内には息を引き取ります。 
 そうすると病院の成績は悪くなるし、悪い評判が立つから、追い出してしまうんです。
 アネさんはそれを知りながら、内科に相談もせずに受け入れてしまった。
 ものすごい形相で内科科長が怒鳴り込んできましたよ、4Fのスタッフステーションに。
 「今すぐ追い出してくれ。 内科に傷がつく。今度の会議で論文を発表することになっているのにどうしてくれるんだ」
 それまではスタッフたちと笑い話に夢中になっていた彼が、いきなりブチッっといって、
 「ぼくがオペに執刀しますよ。 それなら内科には関係ないでしょう。 たまたまERにいて行ったオペってことで」
 「ふざけるな!。 患者さんが持ってきたCTとMRIを見たら、おまえごときにオペなんか無理だ。 17時間はかかるオペだから、その間患者さんの体力はゼロになる。 オペになんか耐えられない状態だ」
 「とにかくCTとMRIを撮り直して、最新の状態を見て判断します。 まあ、どっちにせよ切ります」
 「17時間のオペは患者さんの体力はもちろん、スタッフの体力も限界を超える。 飲まず食わずでできるわけがない」
 「17時間かからなければいいわけですよね。 ぼくなら5時間で終えてみせますけど」
 「バカな、お前ごときに何が。 5時間、5時間でできるくらいなら、どこの外科もお昼寝してるよ。 あせったら失敗だ。 責任はどうする?」
 「責任は、ぼくが医師を辞めましょう。 それなら文句無いでしょう。 それから、ぼくは失敗したことがないんです。だから、絶対に失敗しない」
 「おもしろい。 きっちり5時間測ってやるからな。 失敗したら全部おまえ個人の責任にして、厚労省に報告して免許を剥奪だ。 できもしないくせに」
 「それができるんですよ。 こんなことを言っていても時間の無駄です。 CTとMRIをすぐ。 その間にオペ室の用意を」
 わたしはオペ室に連絡を取り、彼が前立ちを頼んでくるのを待った。
 ところが、ガンバを口説いてる。
 ちょっと、あんたのオペの前立ちはわたしってきまってるでしょ!
 ムカついていた。 わたしの前でガンバを口説くなんて。
 彼は私の両肩を押すようにして、隅っこへ入った。
 「医師であるきみと、デニムのきみが何よりも輝いてる。 その輝きを奪うことはできないよ。 いちかばちかの強行軍だ。 ぼくが失敗したら、病院でのきみの評価にも跳ね返る。 悲しむのはきみじゃない。 ぼくだ。 だから」
 だからどうだっていうの
 頼まないんなら押しかけるから
 5時間で終わらせて、しかも患者さんを助けることができるんでしょう
 だったらおかしなことを考えるのはやめてくれる?
 すっごい侮辱なんですけど
 「わかったよ。 前立ちをお願いします」
 はじめっからそういえばいいでしょう
 「さて、じゃあオペ室を頼むよ。 ぼくはCTとMRIにいく」

 いつものメンバーでオペは始まった。
 腫瘍を摘出し、その痕を補修しながら全員が集中していた。
 危ない。 あと3時間遅れていたら全身に転移していた。
 ずいぶんと長い時間のように感じた。
 多分5時間は無理だろう。
 すい臓癌のオペで5時間なんてありえない。 もし本当に出来たら、スカイツリーを逆立ちで登るよ。 逆立ちはできないけど練習して登る。
 「はいっ、オペは終了です。みなさん、お疲れ様でした」
 あーだめだったな、5時間は。 でも時間なんかどうでもいいんだよ。 患者さんの体力がどうかってことが一番。
 「時間とって!」
 水野オペ室長は叫んだ!
 「4時間52分38秒!」
 麻酔科長が声を上げた。
 みんな額の汗を拭いたり、壁際のパイプ椅子に腰掛けてるのに、1人だけ異常に元気で明るい。 なんとかの100ワットってやつですか。
 「ぼくはすごい歴史の瞬間に立ち会ったんだ。 もう7時間並んで買った宝くじなんてどうでもいい。 歴史の一員になったんだ!」
 5時間切った・・・・・・スカイツリーはなかったことにしようっと。 誰にも言ってないしね。
 わたしはオペで使った手術器具を赤外線消毒に入れ、オペ室の看護師さんは床にこぼれた血痕をモップで拭き取っていた。
 彼は患者さんの親族にオペの仔細を説明してるだろう。
 
 作業を終えてオペ室から出ていくと、彼も親族と一緒に出てきた。
 お疲れ。 ステーションに帰ったらオペ休みでうるさいよ、アネさん。 まあ、事務長がうるさいんだけどね
 「あのさー、5時間以内で終わったら、スカイツリーに逆立ちで登るとか、考えてなかった?」
 読んでる・・・・・・。
 「まあ、80%あるかないかだけどね、当たる確率は」
 考えてないよ
 20%のほうだって
 80%のあたりねー
 「なんだよ」
 臨床心理学も万能じゃないってこと
 「当たり前でしょ。 世の中に万能なんてない」
 明日、いやきょうの朝、やっぱり6時にたたき起こされるかな
 「起こされるだろうね。 容赦ないから。 朝食が済んだら眠ればいいし、映画に行く気力があるならシートの予約をしないと」
 おもしろそうなのある?
 「『スカイフォール』を観て欲しい。 アストンマーチンDBS。憧れだね」
 アネさんの新車だよ、それ
 ボンド・カーを買ったって喜んでた
 「いいなー、トヨタなんか三輪車だよ」
 初日に行きますか、午後か夕方
 で、大雪ラーメン村のどこかで食事をして、スーパーふじでおにぎりかお弁当とお惣菜でも買って帰ってくると
 「これからシートの予約状況を調べるよ」

 12月か。 もう〆飾りがスーパーの店頭に並んでいて、クリスマスケーキの予約を取ってる。
 クリスマスとお正月は商売では同時なんだ。
 セヴンイレヴンでクリスマスケーキの予約をすると、AKBのメンバー1人1人のカードがもらえて、中には着ボイスで、買った人の名前を呼んでくれるおまけつき。 でも彼はカタログを見ながら笑ってるだけで予約しようとはしていない。
 カードなんか数千円のケーキを買わなくても、リサイクルショップに行けば50円で買える。
 問題はケーキなんだよね。 グルメだからちゃんとこの店のを買うと決めているらしい。
 病棟ではスタッフ全員で食べることができる巨大なケーキを特注してあるという。
 でも、彼と2人でクリスマスケーキを囲みたいね。
 12月25日は演芸会。
 今回から、今月はこの病室からこの病室までと区切って、患者さんにもカラオケで歌ってもらうことにした。 これも心理学に乗っとたことだという。
 それまでに、彼はわたしが弾くスイング・ジャズの曲のアレンジをしてくれる。
 そんなに急がなくていいの。 グレンミラーなら初見で弾けるって。
 部屋に鍵をかれば、6時起床にならないかも
 「なるほど。 でも後で恨まれるよー」
 ごめん、こんなときどうすればいいかわからないの
 「笑えばいいと思うよ」
 って、エヴァのヤシマ作戦か!。