きのうは、彼の担当患者さんで、オペを行い、現在は2週間に1度の検査に通院している、マツダの営業所長が来院した。
 検査の結果は驚くべきものとしかいいようがない。
 オペをしたとは言っても癌患者さんであることは確かだが、結果ははなまるをいくつもつけなけらければならないほど良好。
 これだけの結果はとても珍しい。

 結果の上がり待ちで、エレキギター談義になった。
 楽器を買った日に即、所属するバンドが決まり、現在はそこで練習中だという。
 ある日、ザ・ベンチャーズのDVDを買って、自宅のテレビで観ていると、奥さんも観ていた。
 終わったあとで、奥さんは、おかしなギターを使っていたという。
 多分、
 ノーキー・エドワーズさんが「京都の恋」で使ったものだろうと思った所長は、あれはエレキギターじゃない、と言った。
 なんなのか問い詰める奥さんに、正直に、あれはインドの民族楽器シタールのエレクトリック版だと説明した。
 練習すれば弾けるよね、という奥さんに、つい頷いてしまった。
 奥さんは、きょうはイオンの売り出しがあるから、食料品を買い出しに行くから付き合えと言って、所長を連れ出した。
 買い物の前に行くところがある。 ソフトクリームも食べたい、と2Fの保険物語という、特定の保険会社に所属しない独立系フィナンシャル・プランナーのいる「保険物語」というコーナーで、営業所長にかけた保険について相談したという。
 結果、無駄なものが多く、再発のためのお守りに、重複しているものを1つに絞るように言われ、ソニーの保険が、掛金が安くて保証は大きく、簡単な手続きで降りるから、これに絞ることを提案された。 ほかの保険の破棄はFPがすべて目の前でやってくれたという。
 所長は、自分にこんなに保険がかけられていたことを知ってゾッとしたと笑った。
 「保険物語」の向かいで、「旬のソフトクリーム」を食べた。
 「もう、栗の季節なんだね。 一年が早いよ」
 残念ながら、わたしはまだ食べてない。
 彼がAKBのシングル「UZA」を予約しているから、すぐにでも行かなければならないのに、なぜか、その機会を失っている。
 奥さんはソフトクリームを食べると、満足そうに、1Fのジャスコで、食料品を買って、イオンを後にした。
 街までバスで戻り、ラーメンに行く前に島村楽器に所長を連れ込んだ。
 ギターを買うときに担当してくれた店員さんに、エレクトリックシタールの話をしたら、多分これだと思うと、売り場に案内した。
 DVDのと同じだったから、これに違いないということで、即、現金買い。 所長にとにかく練習しろと迫った。
 「それでエレキ・シタールも始めたんだ。 これがなかなか厄介でね。 難しい。 でもいい音色で、「京都の恋」や「京都慕情」で使ってる。 「京都慕情」オリジナル・レコーディングはガットギターなんだけど、ステージや新しいレコーディングはエレキ・シタールなんだよね。 琴の音色みたいで京都の感じが出てるから不思議だよ。 ベンチャーズは日本人である我々が見失ったものを投げてきて、日本人は初めてそれに気づく。 どの曲も皆、日本のメロディーなんだ。 聴いていて恥ずかしいよ」
 「京都2部作に、北海道を題材にした、「北国の青い空」。 これは北海道人にとって痛いところをついてますよ。 耳が痛い」
 
 それからラーメン店に足を運んだという。
 「大盛りを食べたけど、差支えはないだろうか」
 所長は彼に訊いた。
 「肺ですから、食べ物には一切関係ありませんよ。 胃や大腸なら問題がありますけど。 それだけ回復してるってことですよ」
 「そのうえにね、おにぎりを・・・・・・」
 「御本人が具合が悪くなければ問題はありません。 おにぎりというとチャーマヨですか?」
 「ああ。ラーメンは美味いけど、チャーマヨおにぎりは悪食だなと思ったけど、ずっと気になるから頼んでみた。 まずはあの大きさに驚いてね。 内心、どうしようかと思ったよ。 でも、美味しいんだな、一口食べると。 だから大盛りラーメンと一緒に食べたよ。 食後、体が重くなったけどね。 チャーシューをマヨネーズで和えておにぎりの具にするのは、コンビニでも売っている。 機械で握った三角の小さいやつをね。168円で。具なんかほとんど入ってない奴を。 なのに3倍以上もあって250円だからね。 ラーメンと合うんだな、これが」
 「ぼくも、あまりの大きさと不格好さに、もっと小さくきちんと握れないんですか、って言ったら、調理場から、”握る人間の手がでかいんだから無理だ。 小さいのが食べたいのなら、となりのコンビニへ行ってくれ”って、ぶっきらぼうに言われましたけどね。 最近、斜め向かいにラーメン店を見つけましてね、今まで一度入ろうと考えていたんですが、バーやキャバクラのど真ん中で、飛び込む勇気がなくて。 厚生病院に出張を命じられて、昼間ならと思って入ったんですが、最悪でした。 大盛りをオーダーしたのに普通盛りで、大盛りの代金は取られるは、とにかくまずい。 鶏がらと室アジの半干し開きの混合スープなんですが、カップ麺以下の味でね。 パッと店を見たら、ホタテラーメンだの、かつおだしラーメンだのというポスターがベタベタ貼られているんです。 いわゆる逃げですね。 まともなラーメンじゃ歯が立たないから、ホタテや鰹だしで奇をてらっているように見せかけて実は逃げてる。 最悪のラーメン店です。 若いサラリーマンしかいないんですよ、客が。 2度目は思い切って夜9時を回ってから行ってみました。 ホタテラーメンをオーダーしてみたんですが、ポスターと違って、ベビーホタテというホタテの稚魚をトッピングしているだけで。 客層も若い連中ですよ、ジャンクフードで育った世代ばかりで。 時間的には酔っ払った人たちが入り出す頃なんですが、ひとりもいない。全員、チャーマヨおにぎりの店に逃げてるんですね。 酔っていても美味しいラーメンが食べたいんです。 味覚は酔っても失わないんですね。 あのホタテラーメンの店は、完全にアウトコースのボール球です。 二度と行きたくない」
 「ぼくは、ローソンの地下の店と、チャーマヨおにぎりの、とんとろチャーシュー専門だよ。 あれは大当たりだ。 代わる代わる行ってるんだ。 両方とも観光客がすごいね。おそらくガイドブックにも一番お薦めとでも書いてあるんだろうけど、わかるな。 いや実は、定年後もこの街に住もうかと思ってるんだ。 こうして病院の検査も5年続くし、何よりも、東京に引き上げたら、あのラーメンが食べられない。 家はマンションでも、中古住宅が最近ものすごく価格が暴落している。おまけに数が多い。 ということは不景気なんだよね。 マンションの家賃を考えたら、分譲マンションか中古住宅。 でも、最近のマンションは極端に収納がない。クローゼットばかりで、押入れとか収納がないんだ。 それなら中古住宅のほうがいいかと思ってね」
 検査の結果が上がってきた。
 彼はスタッフステーション内の第一告知室のライトボックスに貼りだした。
 わたしのデスクからは、第一告知室が見渡せる。
 えっ! 嘘でしょ
 「何が。 何も変わったことはないだろう、驚かせるな、志村!」
 いえ、アネさん、検査の結果
 「うん? 何か変なのか」
 臨床検査室で取り違えたかも
 「何!」
 慌ててアネさんは告知室へ。
 わたしもあとを追った。
 「検査の結果がどうとか?」
 「ぼくも臨床検査室で取り違えたのかと思いましたけど、そうじゃないみたいで。 名前がきちんと写ってるし、紙の結果との整合性もあるから、すべてを間違うなんてことは、いくら忙しくともないと思いますけどね」
 「それはそうだ。奴らも素人じゃないからな。 だけど、すごい回復力だよな。 私も長いこと末期肺癌と付き合ってきたけど、こんなにいい結果は見たことがない。ほとんど健康な人と変わりがないよ。 きちんと医者の言うことを守って生活してるんだな。 すごいよ。 酒もがまんして健康に気をつけてるんだ」
 「ぼくは下戸で、そっちはどうも。 できればケーキやシュークリームがありがたいんですが、度を超えれば、新たな、メタボリック・シンドロームや糖尿病を引き起こすんで、たべたいだけとはなかなか・・・・・・。 でも、街に出ると「ジングルベル」が鳴ってる。 あれを聴くと、蛇の生殺しみたいで、辛いですわ」
 「ジングルベル」か。 街はクリスマス商戦突入か。
 まだ夏休みもとってないのに、クリスマスか。
 11月8日で「ジングルベル」なんか鳴らすと、あわてんぼうもサンタクロースがクリスマス前に来ちゃうよ。
 商店としてはとにかく売りたい。 ケーキ屋はクリスマスケーキの予約を取りたい。 別に商売を邪魔したくないけど・・・・・・。
 クリスマスって一番救急搬送が多いんだよね。
 市で、救急搬送の第一選択にこの病院を選んだ。 勝手に。
 総合診療科医がいるから。
 おまけに脳外科科長は腕ではこの街には右に出る者はいない。
 救急車からの無線を断っても、無理やり搬送してくる。
 ってことは、今年もまともなクリスマスなんかできないってこと。
 「ジングルベル」はわたしたち医師にとって、臨戦態勢を促すための曲なんだ。
 それこそ「軍艦マーチ」だよ。